第55話 騎士の誓いは防具屋の香り
”真実の鏡”
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【種別】
化粧道具
【名称】
例のコンパクト
【解説】
変身の呪文は例のアレ
会ったことがある人物に化けることができる
顔のみ
30分
【魔術特性】
変化 C
【精霊加護】
なし
【所有者】
ジロー・アヤセ
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さっき、古道具屋で買ってきた品物にもう一度「真実の鏡」をかけてみる。
「やっぱ変身できる魔法のアイテムってことだよなぁ、これ」
コンパクトってのは、化粧用の白粉とかファンデーションなんかとパフが入ってて、ふたの裏が鏡になってたりするアレだ。
しかしこいつは中身が完全に空で、価値としてはふた裏の鏡の部分だけ。値段も鏡の値段として300エル程度(これはこれでけっこう高い気がするが)。
中身が空なのは、長い年月の中で失われたのか、さっさと使われて売られたのか出自こそわからないが、それは「変身能力」と関係なさそうなので問題ない。
そう、変身能力である。
ポッチャリにベルベットを金貨6枚で売った次の日、この際あぶく銭と割り切ってパーっと使ってしまおう! と、俺たちはいろんな店を冷やかしていた。
気になった品に「真実の鏡」をかけ鑑定していき、良さそうなものだけ買おうと思っていたのだが、そんな中見つけたのがこのコンパクトだ。
店のおっちゃんも「中に白粉入れりゃあ、十分使えるぜ!」とか言っちゃって、特殊な能力があるアイテムだとは全く認識していない。
俺が持っている魔剣や、マリナのハルバードを買った時と同じように、ここの人らはアイテムの特殊効果に無頓着なんだよな。
それは単に鑑定能力がないからなのかもしれないけど……、いくらなんでも鑑定力なさすぎ。
「真実の鏡」ほどチート性能じゃなくても、もう少しなんかないのかって思うよな。鑑定士の天職持った人とかいないのかね。
だがまあ、だからこそ俺がこういった魔法のアイテムを安く手に入れられるのだ。中古屋で探してもそうそう見つからないんで、(マジックアイテムを)探すのは大変だけど、少しずつ集めて将来は高級マジックアイテム専門店をやりたいと思ってたりするんだ、実は。
そんで、安く買い集めた特殊効果付きの品を金貨100枚とかで売るんだ……。
それはそうとして、コンパクトの変身能力は屋敷に戻ってから試すとしよう。悪用しようと思えばいくらでも悪用できるし、お蔵入りしそうだけどな。
さあ次は防具屋だ!
武器はすでにいくらかあるんだが、防具はまだ前に買ったミスリルガントレットしかない状態だからな。そろそろいくつか買っておきたい。
実際には、屋敷とエリシェを行ったり来たりしてるだけで、危険なんか今まで一度もないんだけど、マリナなんかはもう少し騎士らしい格好させてやりたいしな。主に俺の自己満足のために。
「というわけで、マリナに防具を選んであげてくれませんか? 騎士らしいカッコイイやつ」
店のオッサンに頼んでもよかったが、今日はレベッカさんとヘティーさんというプロがついてきてくれている。頼りにしてまっせ!
「ディアナ様には買われないのですか?」
へティーさんがいきなり突っ込んでくる。いやまあ、確かにマリナばっかり装備面で贔屓にしすぎているからな、確かに。ハルバードもガントレットもマリナに持たせてるし。ディアナには目立たないようにと地味なローブを買ってあげたくらいで、結局武器すら買ってないしな……。
「ディアナのは、僕が別に用意するんで、今日はマリナだけでお願いします」
ネットでもう注文してあるんだよね、実は。
「そうでしたか。差し出がましい事を言いました」
「あ、いえいえ。へティーさんが気になるのもわかります。確かにディアナには武器も防具も持たせてませんしね」
「そうねー。でもそれで問題ないんじゃない? 街中で商売しているだけなら、武器なんかいらないんだし」
俺が魔剣をいつも持ち歩いていたり、マリナが常にハルバードを携えていたりするのは、街中や外での護衛、護身の為だ。
……というのが表の理由。
裏の理由は、剣とかカッコイイだろう! っていう厨2病的な願望から…………。ほら、佩刀とかカッコイイじゃん? 憧れるじゃん?
もちろん、魔獣的なものが襲ってきたらこれで勝つる! なんて風にも考えてたけどさ、ぶっちゃけぜんぜん平和なんだもん。
モンスターが湧いてもシェローさんが一撃で叩き潰しちゃうしさ。
街中はこわ~い憲兵さんがウロついてるから、そうそう悪さする人いなくて治安いいしさ。
外ではファンタジー世界お約束の野盗なんかが出るかとビクついてたけど、そんなの見かけたこともないしさ。
でも他所の街へ行くとなると、ある程度整備された街道でも危険がいっぱいらしいし、そういう商人は奴隷を護衛としてしっかりと整えるっていうしな。ポッチャリんとこの奴隷たちもちょっとした戦士団みたいだったし。
だから、商人の奴隷が武装してる事自体は全く不自然じゃない。俺に限ってはまだ必要ないってだけで。
「僕なんかわりとチャランポランでリスク意識低いほうですし。なんかあってからじゃ遅いですから、せめて守ってもらおうかなぁなんて思惑もあって」
「そのためにその子買ったんだしねー」
「え、えっと、まあそうですね。その通り」
今更、護衛とかどうでもよくてダークエルフだったから買った。後悔はしていない。とか言えないしな。
レベッカさんはそのへんの不純な動機には気付いてるだろうけども。
「主どのは、命に代えてもマリナが守るであります!」
張り切って答えてくれるマリナ。
このやる気はどこから出てくるんだろう。もっと適当でも構わないんだけどな。俺としてはありがたいってのは確かなんだが、正直後ろめたさもあるし、複雑な気分だったりするんだよね。
ディアナの場合は、奴隷だけど奴隷じゃないからそのへん気にしなくていいんだけどな。
あいつはあいつで、距離感取りかねるところあるけども。
例えるなら、ディアナが気ままなネコで、マリナは正面からぶつかってくるイヌってところか。
そして、1時間半後。レベッカさんとヘティーさんの意見と、俺の趣味とを組み合わせた結果、実用性とKAWAIIが混ざり合ったハイブリッドな一品が完成した。
「デヘ、なんだか恥ずかしいであります」
モジモジしながら試着室から出てくるマリナ。
鎧なんかわざわざ試着室で着る必要なかったんだが、完成形で見たいという俺の希望で、全部装備した状態で見せてもらったのだ。
やっぱ改造計画はサプライズ感が大事だぜ。
「………………」
「ど……、どうでありますか? やっぱりマリナみたいなターク族には、こんな格好は似合わないでありま……す?」
そう言って、不安げに上目使いになるマリナ。
フワリと揺れる腰マントが可憐だ。
……見ているか日本の友たちよ……。
騎士ダークエルフちゃんは実在したのだ……。
これ以上ない形で……。
へへっ、柄にもなく感動しちまうぜ!
装備代が10000エル近くいっちゃって「さすがに調子こきすぎたか!? どうすっか」と思ったりもしたけど、もはやそれさえどうでもいいぞ!
金はこういうことに使わなきゃね!
厚手の生地の鎧の下に着る服(ギャンベソンとかいうらしい。一部キルティング加工されていて、着心地も良さそう)にミスリル製のハーフアーマー。
ハーフアーマーとは別にほぼ全身をカバーするフルプレートメイルも売っていたが、可愛くないので却下した。ハーフアーマーは、防御力と動きやすさを両立した軽鎧で、肩、胴体、腰部を保護する。
篭手はそのまま前に購入した中古のミスリルガントレットを装備。中古だけど、十分キレイだし、全く問題ない。
そして一番迷ったのが、兜だった。
下手な兜を被せたら、可愛さが失われちゃうし、でも頭部保護は最重要課題だし。
(兜だったらバイク用のヘルメット買ってきたら、防御力もあるし軽くていいな……)
などと思ったりもしたけど、美意識がなさ過ぎるので当然却下。
結局、ミスリル製のサークレットに決定。可愛さ重視で。まあ、こんなのでもあるとないとじゃ大違いだろうけども。
一応フルフェイスヘルメットでも用意しといて、本当に戦いになったら被らせるようにしよう……。
あとは、なんと言っても腰マントである。パッと見スカートみたいだし、女性らしさと実用性を兼ね備えており、素晴らしいものだ。
これでマリナの装備は90%は完成したと言っても過言ではあるまい。
「よく似合うよマリナ。どこに出しても恥ずかしくない騎士っぷりだ」
「あわわわ、ほ、本当でありますか? マ、マリナ騎士みたい?」
頬を紅潮させ、瞳を輝かせるマリナ。耳もピコピコと動いている。
マリナにとってみたら、今までは自称騎士だったのが、今の格好で馬に乗ってハルバード携えれば、もう本物の騎士そのものだもんな。
「ああ、俺には本物の騎士にしか見えないよ。俺だけの……俺専用の騎士だよ、本当にかわいいよマリナ……」
やべぇ、また調子こいて口走っちゃった。だがこれは仕方がない。これでも十分抑えた表現だと言わざるを得ない。だって、本当にかわいいんだもん。
マリナはまた「あわわわ、すぐ主どのは奴隷をからかうのであります」となるかと思ったが、しかしそうはならず、胸に手を当て一度軽く深呼吸し畏まって言ったのだった。
「――主どのに聞いて欲しい言葉があるであります」
そう言って、俺の真正面に立ち向き合う。
顔を赤くして、瞳を潤ませ、ほとばしるような緊張が伝わってくる。俺まで手に汗かいてきた!
そして見つめ合う2人。みんな黙って見守っているが、これは恥ずかしい。
一体どうしたというんだ……?
そしてマリナは、意を決したように顔を上げると高らかに宣言した。
「わ、私、マリナはあなたに騎士の誓いを立て、裏切ることなく、欺くことなく、優しく、勇ましく、時にあなたの矛となり、そして……永遠にあなたの盾となり、あなたを守り抜くと誓います」
えええええ、なに急に言い出したの、この子。
俺はどんなリアクション取ればいいんだ! これって、騎士の誓い? こっちの世界ではよくあることなのこれ?
「お……、おう」
おうじゃねーよ。もうちょっと気の利いた返事はないんか俺。
レベッカさんとヘティーさんも小声で
「あれって騎士の誓いなのかしら」
「ジロー様、なかなか奴隷の心掴んでますね」
「普通、ああいう誓いの言葉って普通は主から授かるものじゃないのー?」
「いいじゃないの微笑ましくて、あれ? ベッキーったら妬いてるの?」
「そういうわけじゃ……。でも私も少し憧れたコトあったかな、騎士の誓い」
「今からでも便乗しちゃえばいいじゃない」
「やめてよ、さすがにもうそんな歳でもないわよ」
「じゃあいっそ若返っちゃえば? 石貸そうか?」
「そういう問題じゃないの!」
とかなんとか言い合ってる。
騎士の誓いか。「永遠にあなたの盾となり守る」ちょっと重いけど、それだけ忠誠を誓ってくれるってのは喜んでいいこと……なのかな。
「で……では……」
マリナがさらに顔を赤くして、一歩前に出てくる。もはや赤いというより、もともと褐色なのも合わさって土気色と言っていい。
大丈夫かマリナ。誓いはもう終わったんじゃないのか?
「では、…………あ、新しい騎士となるものに、ちちち、誓いの口付けを」
そうして瞳をギュッと閉じて、キスをしやすいように顔を上げるマリナ。
え、ええええ、マジで!? そういうもんなの!?
キス自体はやぶさかでもないけど、こんな防具屋の一角で?
もうちょっとシチュエーション凝ってもよかったんじゃねーの!?
胸の前でギュッと両手を握り合わせ、ジッと口付けを待つマリナ。
それを、なんとも言えない表情で見守る、ディアナ、レベッカさん、へティーさん、そして防具屋のオヤジ。
今回は、マリナの真剣さに躊躇したからか、俺の腕を捻り上げて中断……という風にはしないらしい。
ま、ここまでされて女の子に恥をかかせるつもりも毛頭ないけどね。
「マリナ、一つだけ。俺の騎士になるからには、常に誇りを持ち胸を張っていてくれ。他の誰かがお前になにかを言ったとしても、俺は絶対にお前の味方だって断言できる。だから、そういうことで卑屈になったりしないでほしい。難しいかもしれないし…………うまく言えないんだけどさ。みんなで幸せになろうよ」
そして、俺はマリナのおでこに触れるだけのキスをした。
「誇りを持って生きて欲しい」だなんて……間違っても奴隷相手に言うようなセリフでもないんだが、他に良いセリフも思い浮かばなかったんで許してほしい。
あと、みんなの視線が痛くて口にキスできなかった俺のヘタレぷりも許してほしい。童貞に多くを望みすぎてはいけない。これでも、かなり限界だったんだ!
今回の件、一瞬マリナが隠してた「もう一つのお導き」なのかなとも思ったけど、そういうわけでもなかったようだ。「主に騎士の誓いを立てよう」なんてありがちかなとも思ったんだけどな。
防具屋を出る時、ディアナに呼び止められた。
「ご主人さま。今夜ちょっと2人で話をしたいのです。私も…………マリナに負けているわけにはいきませんから」