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ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑
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第54話  商談は騙し合いの香り


「つい10メートル分も買っちゃったけど……、なんつーか……ゴージャスだなぁ。ゴージャス過ぎるよなぁ。かなり高く売れそうではあるけど、売る相手がいないし……。知り合いの金持ちというと市長くらいだけど、こういうゴージャスなの好むタイプでもなさそうだし……。あとはエフタくらいか。へティーさん経由で営業かけるのも手かなぁ……。う~ん」


 俺は金持ち相手用に仕入れた黒い生地を手に唸っていた。

 ゴージャス感のある生地はいろいろとあるが、まあ一般的にもっともゴージャス感があるものといえば、誰もがこいつを連想するであろう。濡れるようにシットリとした光沢を持つ生地、ベルベットである。

 俺はこれを対金持ち用決戦商材として考えていた。


 なんて言うと大袈裟なんだけど、実際はかなり安易な考えに基づくチョイスだったりする。

 ほら、俺らが想像する中世の王様が着てる服の生地ってベルベットじゃん。だから、こっちでもきっと高級な感じがして高く売れるに違いないじゃん! っていう……。

 まあそれ以外にも、ベルベットなら昔からある生地みたいだし、変に詮索されないギリギリのラインかなってのもあるし。

 最新の生地じゃあ、異世界では売りにくいものも多いからな。

 例えば――。


 プリント柄。

 この世界におけるプリント技術は、せいぜい木版がいいところだろう。これはこれで味があって良いし、それなりに普及しているんだけど、日本の正しく均一にプリントされた柄ものとは、やはりなにか違うと言わざるを得ない。だから扱わない。


 防水透湿生地。

 水を通さず、湿気を通す最新の素材。有名なやつでゴアテクスってのがあるが、あれの仲間だ。ただの防水素材であるビニールとは一線を画す性能だけど、わざわざこんな高性能生地を売る必要性もないし、「湿気を通すんです! 蒸れないんです!」とかビニール素材もないところでやっても、売り文句にもなりゃしない。それに値段だって高い。だから扱わない。


 エナメル生地。

 ビニール的なアレだが、異世界人には早すぎる。だから扱わない。てか、ビニールも扱わない。


 まあ、生地屋でも防水透湿生地やエナメル生地はさほど売ってないんで、プリント柄の生地が扱わない商品の筆頭格となるだろうか。


 それと、扱わない生地といえば、革や合皮もそうだ。

 ぶっちゃけ革関係は、さすがの異世界クオリティ、エリシェのほうが日本で買うよりずっと安い。種類も多いし、むしろ日本に輸入したいくらいだっつーの。


 それ以外の生地は、まただんだん扱うようにしていけばいいかと考えている。

 なんでも「ヒトツヅキ」が過ぎれば、すぐ冬が来るとかって話だし、温かい服装の需要が増すかもしれない。毛糸を特売してもいいし、出来合いのマフラーや手袋、レッグウォーマーやニット帽なんか売ってもいいかもな。

 一番良いのはヒート○ックをそのまま持ってきて売っちゃうことかもしれないが。


 さて、とにかく今はこのベルベットである。

 日本語では天鵞絨とか書くらしい。読みはテンガジュウだったかビロードだったか。日本に入ってきたのは江戸の初期くらいだって話だから、天然素材で作れる布なのは間違いない。

 まあ、客がいちいち素材の解明するために検査するわけでもなし、どんな化学繊維――ポリエステルだろうが、ナイロンだろうが、アクリルだろうが、レーヨンだろうが、ポリウレタンだろうが――別に問題はないんだけどな。


 ちなみに、今手元にあるベルベットはキュプラ100%。はい、めっちゃ化学繊維です。素晴らしい手触りだわ。



「……というわけで、この生地を見てくれ、こいつをどう思う?」


「すごく……きれいです……」


 露店での店番中、ディアナに見せてみた。ディアナから見ても綺麗に見えるようだ。価値観の違いはちゃんと確認してみないと、意外とわからんもんだからな。

 ……まあ、ディアナは美的センスがアレだから、当てになんないかもしれないけども。


「これは店に出さないのです? これなら欲しい人たくさんいそうなのよ」


「この生地……ベルベットって生地なんだけどな、普通の生地と同じようには売るにはゴージャスすぎるだろ。値段だって綿無地と同等というわけにはいかんし」


 今、主力商品の無地の生地が1メートル500円で仕入れて、10エル――つまり1500円で販売している。他の商品もだいたい仕入れの3倍程度にして、あんまり儲かり過ぎないように調整したりしてるわけだが――。

 ベルベットの仕入れ値は1mで2850円(安売りの店でなくネットの専門店で買ったんで通常より少し高いみたい)。3倍だと8550円だから、エル換算で57エル。

 57エル、つまり白銅貨5枚と青銅貨7枚で買えちゃうわけだ。銀貨一枚出されたら、お釣りを白銅貨4枚と青銅貨3枚渡すわけで――。

 10メートル分通常の原価率だと全部売ってもたった570エル。金貨一枚にすらならない。


 こんなゴージャスなのに、そんな値段じゃあ売る気ないんだよね、ぶっちゃけ。

 せめて、金貨1枚か、欲を言えば金貨2枚程度は欲しいよね。



「ま、もう少しここで商売して、上顧客が出来たら売り出してみるよ。別にあせんなくても腐るもんでもないしな」


 だけど、売る相手はその日のうちに現れたのだった。






 ◇◆◆◆◇







 午後にレベッカさんがヘティーさんを伴って手伝いに来てくれた。

 ヘティーさんは、一応ディアナのバックアップ業務でエリシェにいる……ということになっているはずなんだが、いつもディアナと一緒にいる必要はないからか、わりと自由に行動している。普段なにしてるかは知らないけど、たまにレベッカさんが「今日はヘティーと飲みだから~」とか言ってるし、きっと気ままに過ごしているんだろう。いいな、ソロ家のメイドって自由そうで。


「ああ、お2人共、ちょうど良かった。この生地を見てくれ。こいつをどう思う?」


「……あらあら。すごい生地だわね」


「……こ、この光沢は……すばらしい品ですねジロー様。これほどの品は帝都周辺にはなかったはず。山岳の品か……、それともエリシェ産でしょうか。このあたりの職人も侮れませんね……」


「そうね、帝都でも……あんまり見ない……、いえ、どっかで見たような記憶があるような……?」


 よかった。レベッカさんとヘティーさんから見ても、良い品みたいだ。

 これなら思い切った値段付けてもいいよね。売る相手がいればだけど。


「そういえば、エフタさんってそのうちまたこっちに顔出したりするんですか?」


 その流れでへティーさんに聞いてみる。


「えっ? エ……若は、そろそろ来るころじゃないでしょうか。多分」


「なんか、ずいぶん適当ですね。特に決まってないんですか?」


「そうですね。私にすべて一任されていますから」


 そういうもんなのか。



 その日は午後の2時くらいで店を切り上げて、みんなで飯でも食おう! ということになった。

 ディアナに銀行へのお遣いを頼み(護衛ということもないが、レベッカさんとヘティーさんも同行してもらった)、俺とマリナで片づけをしていると、どこかで見た奴が近づいてくる。



 ジャジャラといくつも身に着けたネックレスに指輪。

 豪華な金糸の刺繍が施されたベスト。

 シルク製のダボダボのパンツ。

 むせかえるようなムスクの香り。

 ひきつれた屈強な奴隷戦士たち。


 あれは前にギルドで見かけた、帝都のポッチャリ商人クンじゃないか。


 奴とは初対面で少しやらかしてるからな……、あんまり市場の片隅でせこく商売してるところを見られたくないが……。


 そう思い、見つからないように背を向けたりしてたんだが、ターク族のマリナの紫髪が目立つのか、最初から見つかってたのかわからないが、ニヤニヤしながら近づいてくる。

 いちいちマリナを一瞥して嫌そうな顔をすることも忘れないポッチャリ。


「おやおやおやおやおやおやおやおや、これはこれは、いつぞやのターク族を連れた商人クンじゃないか。どうしたんだい? こんな道端で、ターク族なんか連れて」


 なんてわざとらしい奴だ。たしかに露天販売だから道端には違いないんだけども!

 しかし、こいつはターク族に親でも殺されたのか? 粘着気質だな。


「見ての通りの路上営業ですよ。なんか文句ありますか」


「いや? いやいやいや、文句などあるはずもないよ。君のような人々が経済を回しているのだからね。あ、経済なんて言葉は知らないかな? 帝都ではよく使われる言葉なんだけどね」


「……いや経済くらいわかりますケド」


「お~、さすがは隆盛著しいエリシェの商人どのだねぇ。こんな道端で小銭稼――おっと失礼。君のように若い人でも経済なんて言葉がわかるなんてねぇ」

 大きく身振りを交えて話すポッチャリ。全体的にわざとらしい動きというか、芝居がかってるというか……。異世界ではこんなもんなのかな。服装もシェイクスピア劇から飛び出してきたような感じだしな。

 しかし「道端で小銭稼いでるようなのが」って言いかけたよ、この人。こんなに気持ちよい上から目線の人はなんか久しぶりだわ。ブラック企業時代の幹部にこんな人いたっけなぁ。「アヤセわかるか? 16万の2割引きと32万の6割引きだったらどっちが得かわかるか? 高卒にはこういう計算はできんか? ん?」なんてよくバカにされたっけ……。


「それで帝都の大商人サマは、こんな下々向けのマーケットでなにしてるんです?」


「なに、ちょっとした暇つぶしだよ。エリシェで待ち合わせしていた人の到着が遅れていてね。こういう大規模な市場は帝都にはないからな。なかなか雑多で面白いものじゃないか。見るだけならね。はっはっは」


 いちいち一言多いやつだ。

 まだ出してあったうちの商品も一瞥しただけで、まるで興味なさそうだし、本当に見るだけのようだな。まあ、商人と言ってもポッチャリがなにを扱ってる商人なのか知らないし、単にジャンルが違うだけという可能性もあるんだろうが。


 ……だが、金は持ってそうであるな。

 ……アレを売る相手としは、悪くないかもしれん。地元の人でもないし。


 俺は高笑いで去っていこうとするポッチャリを引き止めた。


「せっかくはるばる帝都からエリシェまで来たんですし、お土産でも買っていかれたらどうです? 今、ちょうど滅多に入らない品が手元にありましてね。市長か貴族サマにでも――と思ってたんですが……、まあ、せっかくですから」


 足は止めたものの、怪訝そうな顔のポッチャリ。常に絶やさなかったニヤニヤ笑いも影を潜めている。


「へえ。君は本当に勇気があるというか、空気が読めないというか……。僕がこんなところで土産なんか買うと思うのかい?」


 少しイラついているようにも見える。まあ、奴からすれば、路上販売の最底辺商人から「お土産買ってってよ!」と言われたようなもんだろうからな。実際その通りなんだけど。


「――物を見る目があれば」


 俺はそう答え、バッグからベルベット生地を取り出した。


 ポッチャリの目の色が瞬間的に変わるのも見逃さない。


「どうです? 素晴らしい品でしょう? これほどのものは帝都にもそうはないはず。手に取って見て貰って構いませんよ」


「へ……へぇ……。これはなかなか驚いたな。これほど滑らかな生地は、確かに帝都でもあまり見ないかもしれないな。――これ、どこで手に入れたんだい?」


「さすがにそこは企業秘密……と言いたいところですが、前にも言ったじゃないですか。エルフの奴隷がいると。そのツテでエルフの里の品を扱えることになりましてね……。あ、エルフの里なんて場所は知らないかな? エリシェでは有名な場所なんだけどね」


 意趣返しも込めて言い放つ。

 エルフ奴隷がいるってのは本当だけど、エルフの里ってのは嘘だ。

 だが、ポッチャリからすれば、エルフ奴隷も嘘で、当然エルフの里もそれに付随した皮肉だと思ったらしく――――顔を赤くして見るからに頭に血が上っている。

 ……前も思ったけど、わりと興奮する性質だなこの人。


「へ、へぇ~……。そっかそっか。私も勉強不足だったな。エルフの里の品なんてものが出回っているとはね。商人としては是非一枚噛ませてもらいたいものだよ」


「残念ですが、エルフの里は僕が専属の契約をしていますからね。あ、僕を通してでしたら卸もさせてもらいますケド。それでどうします? この生地。今ならお安くしておきますョ」


 お安くなんかしないけどね。ボれるだけボらなきゃな!


「専属か……。精霊契約を結んでるのかい? エルフと」


「ん? ええ、そうですね。精霊契約」


「そっかそっか。ま、それはそれとして、生地のほうはせっかくだから買わせてもらおうかな。ドレスに仕立てて妻にでも贈るのに良いかもしれない」


 嫁いるんかこいつ。まあ、こっちの世界は結婚早いんだろうし、不思議じゃないか。大商人のボンボンだとすると、政略結婚とかもあるのかもしれんし。


「それで、いくらだい?」


「ええ、最初にも言いましたけど、これはエルフの里でも滅多に作られない品でしてね……。当然金額もお安くはありません。まあ帝都の大商人サマからすれば余裕でしょうけど」


 さて、いくらフンだくろうかなぁ。

 金貨1枚か、それとも2枚か。金貨2枚だと、この生地10メートルで30万円っていうことで十分にボッタクリだけど――。



「6000エルでお譲りしましょう」


 思い切ってブッこんだ。


 金貨6枚。90万円である。

 つい、俺も伺うような顔をしてしまう。こういう時にポーカーフェイスを貫けないのが、素人だなぁ。そのうち慣れると思うけど。


 さすがにこれは帝都の大商人も驚いたのか、一瞬の動揺の後、フゥと息を吐いて言った。


「6000エルか、ギリギリ手持ちで足りるが、こんな場所で扱ってる物の値段じゃないな。本当はもっと安く売るつもりだったんじゃないのかい?」


 値切るつもりか牽制を入れてくるポッチャリ。


「いえいえ、むしろもっと高く売るつもりだったんですよ。帝都の大商人サマとは、これからも付き合いがあるかもしれませんし、これでも勉強してるんです」


「そっかそっか。じゃあ仕方がないかな。ま、これからも付き合いがあるというなら、今回は言い値で買うことにするよ。いやいや、手持ちがあってよかった」


「ありがとうございます! 今後ともよろしく」


 そうして俺は、28500円で仕入れた生地を90万円で売り抜けることに成功したのだった!

 今夜は豪遊だ!!






 ◇◆◆◆◇






 金貨6枚も一気に手に入ってしまった。地道に稼ぐのもいいけど、こうして一気に稼ぐのはやはり気持ちが良いものだ。


 ポッチャリも金貨6枚も出して買ってったけど、大丈夫なんだろうか。パパに怒鳴られたりしないのかな。いくらなんでも、生地10メートルに90万円はないわ。


 金貨6枚の重みを堪能しながら、片付けをして、終わるころにディアナたちが帰ってきた。



「あ、おかえりなさい。聞いてくださいよ、さっきの生地なんですが――」


「ただいま。あ、こっちのさっきの生地のことで話があるのよ。3人で話してて思い出したんだけど、あの生地って――」


「なんと金貨6枚で売れました!」

「夜魔の王上布……なんじゃない? 似てるだけかもしれな…………え?」

「え?」

「ええ?」


「………………」


「ジロー様、早まりましたね。夜魔の王上布ならば安くとも金貨50枚は下りませんのに……。エリシェ市民に売っただけであるなら、探して買い戻せばよいと思いますし、まだ間に合いますが。……夜魔の王上布のことを知っているのは、帝都の貴族や大商人くらいでしょうし」


「…………う、うn」



 夜魔の王上布ってのは、エルフの王族が着てる外套の生地のことで、レベッカさんは一度見たことがあって、へティーさんは名前を知ってて、ディアナは「そう言えば確かに父が着てたかも……。色が違うから気付かなかったのです」だと。


 もっと……もっと早く思い出して欲しかった……!

 こっちの世界にもベルベットが存在してたどころか、そんなレアアイテム的なものだったなんて!


 別に損したわけじゃないのに損した気分だ。生地自体はまだまだなんぼでも仕入れてこれるんだし、なにも痛手ではないはずなんだが。


 どう考えてもその夜魔の王上布のことを知っていて、シレッと買っていったポッチャリが憎たらしい! 

 これから先、「売れよ~、売れよ~、金貨6枚でまた売れよ~」と言って来るに違いないし!


 まあ、次回入荷は来年です! とか言って逃げればいいかもしれないけど、今後ベルベットはちょっと扱いにくくなるかもしれないなぁ……。


 でもま、もう気にしても仕方がないよね。

 気持ちの切り替えの速さで仕事に差が出るってばっちゃも言ってたし。


 予定通り今夜は豪遊だ!



 俺はこの時、せっかくの商品を安く売ってしまったと、安く売ってしまって損した気分だと、そんな程度にしか考えていなかった。

 小者……零細商人が大規模な儲け口を独占している事を大商人が知ったとき、どういう行動に出るのか、――――そんなことまでは全く気が回っていなかったのだ。


 そしてそのツケは――――最悪の形で支払うことになる。






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