第52話 露店は一反木綿の香り
「こんにちは、今日からここで店やらせてもらうことになりました、ジローといいます。よろしくおねがいします」
早朝、開店準備をする両隣の店主に挨拶を交わし、俺の異世界(っていうか日本でも店なんかやったことないけど)第一号店舗は
今はまだ唯一無二の一店舗だが、売るものはいくらでもあるんだし、状況次第では、第二店舗、第三店舗と増やしていくことも考えている。まあ、露店じゃあ儲けると言っても限度があるだろうし、本気で儲けたかったらこんなことしてる場合じゃないんだけど(問屋業のほうが確実に儲かるしな)、自分の店持つのって、ちょっと憧れてたんだよね。
店自体は、
屋台の内側で売り子をやるってのは普段体験することがないし、なんとも胸躍るものだ。祭気分というか、祭の運営側に回っている気分というか……。
例えるなら学園祭で模擬店出してる気分? 売り物も日本で買ってきたもの転売するだけだし?
市場で売る商品は、昨日の
あえて、蚤の市で売った毛糸よりも、利益率が低そうな品を。
――今みたいな資金が乏しい状態では、本当は多少危険でも、もっとガツンと儲かるものを持ってくるのがいいんだろう……とは、思う。
だけど、それだとおそらく悪目立ちしすぎる。俺の作った素人ナイフでも金貨10枚にもなったんだから、本気で金になりそうなものを日本から持ってくれば、一ヶ月で金貨1000枚ってのも無理じゃないんだろう。だが、そういう一気に儲かる商品を、ホイホイ日本から持ってきて売るってのは、危険というか、目を付けられる可能性が高いんじゃないか。
珍しい、見たこともない素晴らしいアイテムを特価でバラ撒くエルフを連れた青年……と。
そもそも、エルフ連れてる時点で目立ってる(刺青のおかげで奴隷痕が隠れて、誰もディアナが奴隷だとは気付いていないみたいなのが救いだが)んだし、これ以上、変に目立つのはよろしくないのだ。
だから、そういう大口の商売は、信用のできる金持ちの知り合いが出来たら、そういう人とだけやれば良い。
別に焦って大金持ちになる必要は全くないんだからな。もう、欲しいものは半分以上手に入れてるんだしね。
だから市場では、悪目立ちしないが、そこそこ儲かる程度の品をメインにすることにした。
話は昨日へさかのぼる。
意気揚々と蚤の市に出店した俺は、何日か前に100円ショップで大量に買っておいた毛糸を並べていた。
前回は一瞬で完売したし、こういった素材系は出所をはぐらかしやすそうなので、「これは売りやすそうな商材」と思い仕入れてあったのだ。
毛糸と一口に言っても、
市場では、毛糸全般を売る店としてやってみようかと考えている。今回は100円ショップで買った、
価格は一玉30エル(4500円相当)で出すことにした。
前回はアクリルのを10エル、
50玉全部売れたらそれだけで、225,000円相当。一日でそれだけ稼げる(しかも蚤の市で)なら破格の儲けだと言っていい。
ふははは。これで市場で店はじめたらどうなってしまうのか、儲かりすぎて恐ろしいぜ……。
しかし、フタを開けてみれば毛糸はなかなか売れなかった。
いや、売れるは売れるんだが、「飛ぶように売れて午前中だけで完売! うっひょー、昼からうなぎ食べちゃう!」というわけにもいかなかった。ときどき、裕福そうなご婦人が、「ンまー! お安いのね」とか言いながら3玉か4玉買っていく程度。
安いと言ってるし、値段設定がマズイというわけでもないんだろうし、売れない原因がよくわからんな。前回は、最初に来た婦人が全部買い占めて……。
あ、そうか、単純にこれ幅広い需要がないんだわ。生活必需品でもないし、毛糸買っても編む技術がなければどうしようもない。
でも、編み物やってる人からすれば、安い毛糸は是非欲しい。ただそれだけのこと。
でもま、それならそれで、地味に儲けたいという俺の思惑とも合致するわけで、結果オーライだとも言えるだろう。毛糸を買っていくのは裕福そうな婦人が多いし、固定客として掴んでおけば定期的に買ってくれるだろう。
そういった客を、「ロイヤル顧客」として育てていけば、エリシェでの自分の商売も軌道に乗ったと言えるようになる。
――――ロイヤル顧客ってのは、柔らかく言えば「ファン」、キツい言い方をするならブランドの「信者」……みたいな客のことだ。
定期的に買ってくれ、ここのじゃなきゃダメだと言ってくれ、周りに商品を薦めてくれる。ロイヤルは英語のロイヤルティ【loyalty】(ロイヤリティと書くことも多いが、著作権を意味する【royalty】とは別よ)のことで、意味は「忠誠心」……。
まあ、そこに至るまでには、見込み客→顧客→リピーター→ロイヤル顧客――と、まあ段階を踏んでいかなければならないのだが、一度ロイヤル顧客になってくれれば、安定して売り上げに貢献してくれるし、店に対しても好意的になって良いこと尽くめ。
日本式顧客サービスを駆使して、目指せ顧客数1000人だ!
昼前くらいに、毛糸を8玉買ってくれた婦人に毛糸需要の実際を聞いてみた。
どうやら編み物の技術自体が、基本的に母から子への口伝による継承しかないとかで、昔と比べてもやる人は減ったし(ただ天職「
それで、俺の売っている毛糸は安いは安いんで嬉しいが、質の点ではちょっと劣ると、控えめな表現で言われてしまった。
普段使いにはいいけど、贈り物なんかに使うにはちょっと……とのこと。
うん……。うん?
……安いってそっちの方向だったのか。てっきり地球産のはたとえ100円ショップでも質が良くて、この質でこれなら安い! って意味かと……。
てか、4500円で売ってるのに安いけど、質がちょっとってことはだよ、質が良いこっちの毛糸とやらは、いったいどれだけ高値で売買されてんの……?
ご婦人にそれとなく聞いてみると「150エル程度かしら」との返事が。
TAKEEEEEEEEE!
22500円! 毛糸がたった一玉で!
マフラー作るのでも、4玉は必要になるのに、どんだけだよ。マフラー作るのに10万円弱もかかるなんて、高騰ってレベルじゃねーぞ!
う~ん。あんまり毛糸が高級素材だと、それはそれで改める必要が出てくる……か。
本音を言えば、バンバン売って儲けたいが、儲かりすぎるのは良くない。
これくらいの儲け方ならセーフかな? という気もするけど、日本で言えば、ビクーニャ(繊維の宝石とか言われるラクダ科の動物)の毛糸を、外人の小僧がどっからか持ってきて道端で売ってるような感じだろうか。
これはいけない。
できればもう少しコッソリヒッソリいきたい。一玉4500円でもボリ過ぎだと思ってたくらいなのに……。
例えば、日本から良い毛糸持ってきて相場より安い100エルで50個も売れば、それだけで金貨5枚よ。たった一日で75万円よ。即、強盗に狙われてもおかしくないレベル。現状、強盗や野党に狙われたら対抗できる可能性は低いし、憲兵がいる街中ならともかく、屋敷への道すがらに襲われたらどうにもならん。
儲かりすぎるって理由で、紙売るのやめたし、他にも気を使ってるってのに本末転倒じゃん。
――――という事情があったので、市場での俺の店は「縫製用品専門店」とし、比較的安価に取引されている縫い糸や刺繍糸、綿や麻の毛糸(毛以外の素材でも毛糸と呼ぶため、非常にまぎわらしい)、ボタン、そしてメイン商品として
値段は、現地価格をリサーチして、相場の7割程度に設定。
ウール系の毛糸も置くが、これは相場よりわずかに安い程度の値段設定とし、少量だけ扱う程度とした。その代わり、質の良いものを揃えて良顧客だけは掴んでおきたいと思う。
メイン商品を生地に変えた理由は、毛糸が想定外に高価だったから――以外にもあるにはあるんだが、とにかく生地メインでいこうと思う。少なくともしばらくは。
後、昨日の蚤の市の売り上げであるが、結局毛糸20個程度売れ残ってしまった。
それでも一個30エルのが30個売れて900エル。日本円にして、135,000円にもなったんだから、なにも問題はない。
買ってくれたお客さんには、市場の出店場所を知らせておいたので、上手くすればリピーターになってくれるだろう。
余談だが、こちらでは安く日本では高い素材に「
麻と聞くと、コーヒー豆の詰まった麻袋を連想しがちで、安い素材というイメージが強いんだが、実際に手芸用品店で麻のものを買おうとすると、思いのほか高くて驚くものだ。綿のほうが、ぶっちゃけずっと安い。
そういう事情があって、麻製品を置くかどうか悩んだのだが、全く無いのも不自然だと思い、一応は揃えておいた。
まあ、売れなくてもいいし、一種のカモフラージュだな。
◇◆◆◆◇
市場に露店を
やはり毛糸を求める人は(隅っこに並べてはいたのだが)少なく、生地――要するに布のことだが――は一定以上の需要が常にあるのか、気付けば半分くらいとなっていたのだった。
開店セールと称して、買ってくれたお客さんには、こちらのマチ針セットをプレゼント! とかやったのが良かったかなぁ。
……なんて、本当は理由なんてわかっている。
このへんで売っている布は、すべて手織りである。さらにその織る前の糸も、手紡ぎ。
俺が持ってきたのは、機械紡ぎの糸に、機械織りで作った布。
目の細かさの、手触りの良さも、しなやかさもまるで比べ物にならないのだ。
正味の話、日本でどちらの布が価値が上かといえば、比べるのがアホらしいほど手織りのもののほうが高い。最近よく聞く「オーガニックコットン」なんかは、この範疇かもしれない。
手織りのものは、織り目も粗く、生地そのものも厚ぼったく粗野。だが、良く言えば「風合い」が良いともいえ、好事家に好まれている物なのだ。
「こんなに良い品をこんな安く売って良いのか」とか、「どこ産? ねぇ、これどこ産?」とか聞いてくる客もいたが、一貫して「ここだけの話、エルフの里の特産品なんですよ……。ちょっとツテがあって特別に契約できましてね……」などと声を低くして説明した。
ディアナはまたなにか言いたげな顔をしていたが、ディアナの存在が説得力の源なので、ご主人様の口八丁を許して欲しい。
価格を抑えたとはいえ、午後2時くらいには、8割がた売れたんで、撤収して食材買って屋敷に帰ってメイドの手料理を食べることにした。
市場は早い時間に閉めるところが多いんで、14時閉店は決して早仕舞いというわけではない。
こんな感じにコンスタントな売り上げが望めそうなら、いっそ午前中だけの営業でもいいかもしれん。そうすれば午後にいろいろ時間作れるし、ネトオク用の商品漁ったり、出品したり、ディアナやマリナとも遊びたいし。馬や剣の練習だってしたいもんね。
初日の売り上げは、1680エル。
日本円に換算して……、252,000円だ。
途中でちょっと儲かりすぎていると気付いた俺は、お客さんに一つ提案を出していた。
「中古の服や生地でも糸でも程度の良いものであれば、下取りも受け付けます」と。
これで、異世界の質の良い品をゲットできるかもしれない。
どっちにしろ、中古の服やら布やらは買うつもりだったので丁度良い。効率の面からすれば、お金たくさん儲けて新品の布でも服でも買えばいいんだけど、流す先がネトオクだと「手織りコットン布、新品」と「ビンテージコットン布、美品(もしくはデッドストック)」とで、落札価格がたいして変わらないってのがあるし。
まあ、下取りはあくまでサービスの一貫(紳士服店でよくやってる、スーツ下取りします! みたいな)だね。実際には、下取り希望者がそんなに殺到することにはなるまいし、殺到したとしても質の低いものの場合は、少し値引きに応じるだけにすればいいし、良いものが来たらラッキーくらいの気持ちでいればいい。
今回の商品の仕入先は、すべて地元の大型手芸用品店で、100円ショップの品は一つもない。
当然、仕入れ値は100円ショップで買うのとは比べ物にならない額となった。例えば、白無地の
だが、仕入れた。
高かったけど「市場でちゃんと商売として売るんだから……」と、奮発した。
エリシェでは、ル・バラカに関係する色、つまり「赤、青、白、緑」が人気のある色ということだったんで、これらを30メートル(一反)ずつ。
本当は、異世界人気が高そうな(あくまでイメージだが)ベルベットなんか入れたかったが……。
単純に高くて(1mで2000円超える)大量に仕入れられなかったってのもあるし、それを売るとなるとよほどの金持ち相手の商売になるので、もう少し市場での立場が確かになってからのほうが良さそうだからな。
布は1メートル単位で売った。
家にあった母親の裁断用ハサミを持参して、「こいつでスカーっと切ればいいな」などと軽く考えていたが、現実にはズブの素人がハサミで幅110センチを上手く真っ直ぐ裁断することなど、できるはずがなかったのだった。
それでも思い切ってやってみたらだんだん斜めになっていき、全然真っ直ぐにならず恥をかいた。
みんなで練習した結果、意外な器用さでマリナが最も上手くやれるようになったんで、マリナを裁断係に任命してみた。しかし「ターク族に触らせないで欲しい」だの言い出すお客さんが案外多くて参った。
結局俺が練習して(そこそこ布無駄にした)、なんとか真っ直ぐ切れるようにして対応した。
値段は迷った挙句、1メートル10エルで出した。
買値が600円で売値が1500円だから、まあ現実的なところだろう。毛糸の儲かり方から考えると、本当に地道だけども。
まあ「損して得取れ」って昔から言うしな……。別に損してないけど。
いや、この値段で市価の7割程度だから、市民目線では損してる店なのかもしれないけれどね。
まあ、とにかくそんなこんなの紆余曲折はあったわけだが、とにかく布は8割がた売れた。白と赤が人気で緑不人気なのは、なんか現実とリンクしてる気がしないでもない。
さて、今後もこのペースで売れるとなると、日本での資金が枯渇するのは間違いないだろう。ネトオク用の商品漁りもどんどんやっていかないとね。
ある程度こっちの金が貯まれば、純金の像や金アクセサリーのような品を買える。そしたら日本で換金しやすい(金買取センターにぶち込めば、かなり良い額になるだろう)んで、その金額に達するまでこっちでひたすら稼ぐ……ってのも良いかもしれない。
ネトオクだけよりも、そっちのほうが現実的ですらあるかも。
屋敷に戻るとオリカが「お帰りなさいませ旦那さま!」と出迎えてくれた。
……なにこれ、男の夢じゃん。メイド少女がお出迎えじゃん。
でもまだ一点だけ足りないんだよなー。でもちゃんと用意したよ、アレを!
と、おもむろにオリカへメイド服を渡す。
古着だが濃紺のロングワンピースに白いエプロンまで付いたクラシカルなスタイル。ヘッドドレスは付いてなかったんで、それだけわざわざ別に買ったりもした。
着替えてもらえば、それは桃源郷。
屋敷に、エルフちゃんがいて……ダークエルフちゃんがいて……メイドちゃんまでいて…………みんなで夕飯とか食べちゃって……。
どうするよ、俺どうするよ、この感動をどうすればいいよ。
……とりあえず、写真撮影しておきました。