第51話 場所を借りたら準備完了の香り
馬の餌や寝床用のワラなどはレベッカさんのツテを頼り用意してもらい、以後もそこから仕入れることにした。野菜などの食材もツテで分けてもらえることに。
値段は、お友達価格というわけでもないだろうが、本当にアホほど安くて助かる。厳密に言うと、馬3頭の維持費に月銀貨1枚強かかるかどうかってレベル。日本で言うと犬や猫飼うのと変わらない程度か。
実際に日本で馬飼おうなんて考えたら「クルーザーか馬かどっちにする?」ってくらい無謀なんだから、安いってレベルじゃない。北海道くらい土地がある場所ならまた別かもしれんけどもさ。
俺が目が不自由で仕事がなかったオリカを雇ったことで、村人の好感度が上がった様子だ。なんだかやたらと話しかけられる。
だいたいは挨拶程度に屋敷や商売やディアナ(なんせエルフだからな)の話だったんで、適当にクリアした。
村人というと、農業従事者が99%というイメージがあったが、エリシェの目と鼻の先にある村だけあって――単にエリシェに住んでないだけで――エリシェで働いている人も多いようだった。街へと通勤する村人である。こういうファンタジー世界で通勤って単語、似合わないけどな。
村から物資を買い付けるのは初っ端からオリカに全面的に任せることにした。しばらくしたらマリナにも買い付けを覚えさせて、負担を分散させるつもりだけど、さしあたってはオリカにやらせてみる。自分の村で買い物してくるだけだし、特に問題なくこなしてくれるだろう。
でも馬用のワラだの飼料だの大量に買い付けたら、単独じゃあ運びきれないのかなぁ?
そんなことを考えていたら、飼料だのワラだのは屋敷まで運んでくれるとのこと。なんだ案外サービスいいじゃない。
とりあえずの分の馬の餌や寝床用のワラなんかを買い付けて、屋敷へ戻った。
野菜も貰ったし、米も一袋買った。すでにヘティーさんが用意してくれた、簡単な調理器具が屋敷にあるし、食器もある。水も井戸水が汲み放題だ。
食べることに関しては、これで問題なくなったかな。
オリカは明日からの雇用とした。住み込みで働いてもらうのに、なんの準備もしてないしな。ベッドに関してはさすがにオリカまで、同じベッドにディアナやマリナと眠らせるわけにいかんし、新たに用意してやらんといかん。
まあ、ベッドには当てがあるからなんとかなる。布団も大丈夫だろう。問題はメイド服だが、中古を市場で買ってくればいいな。
……本当は可愛いのをオーダーメイドしたいけどな! 仕立て! でも、もうそろそろ資金的に怪しいんで、しばらくは無理!
オリカとの雇用契約は口約束だ。いちいち精霊契約を交わしたりはしなかった。
なので目を治してから逃げられて、精霊石一個分まるまる損したとしても泣き寝入りである。けど、精霊契約みたいな強いもので縛るのもなんだったので無しにした。
やっぱり甘いと言われたけど「疑って疑心暗鬼になるより信じて騙されるほうがいいじゃないか」って、俺の好きな漫画の主人公も言ってたし……。
ヘティーさんは荷物を馬車で屋敷まで運んでから「また来ますね~」と言い残して帰っていった。
その後、暗くなる前にみんなでレベッカさんに、基本的な馬の世話を教わった。
馬に餌をやっていると芽生えるこの気持ち。
かわいいわー、馬かわいいわー。異世界の馬ってガチでデカイけどかわいいわー。
マリナとディアナも同じ気持ちらしく、嬉しそうに手ずからニンジンを食べさせ過ぎて、レベッカさんに「野菜食べさせすぎるといくない」と注意を受けてしまったり。
明日から、乗馬の練習もしていこう。馬飼ってるのに、ぜんぜん乗れないなんて恥ずかしいからな。
……乗馬マスターしたら俺、履歴書の特技の欄に「乗馬」って書くんだ……。
その後、みんなで料理を作ってみた。
ディアナは予想通り、まったく料理できない人だった。それこそ包丁も握ったことないレベル。
……が、チート性能のハイエルフ様はそんなことは全く問題にしないほど、高性能なのだった。
薪に火を点けるのも、水を瓶から移すのも、「簡単な精霊魔法」で一発。しかも、照明まで「光の精霊を呼んでいるのです」で一発だ。
なにこれ、なんてチート?
特別なお導き中は精霊魔法使えないんじゃなかったっけ? と聞けば「簡単なやつは使えるのよ。このお屋敷は精霊力が濃いので余裕なのです」だとか。「簡単な精霊魔法」の範囲がわからねぇ……。
マリナはレベッカさんほどじゃないが、料理できるようで、鼻歌交じりにイモなんか煮っころがしちゃって、予想外にこなれた感じ。もっとドジっ子的な、例えば砂糖と塩を間違えるようなものを予想してただけに意外。
米は俺が炊いた。
厳密には実家に戻って炊飯器で炊いてきた。鍋でも炊けるけど、…………炊飯器ならさ、ほら、失敗しないし……。
料理はみんな普通に美味しかった。マリナの作った煮っころがしは少ししょっぱかったけど。
炊飯器で炊いたご飯も好評だったよ。
食後は、あんまり遅くなる前にベッド用意しなきゃなんで、日本へ帰還した。
部屋に戻り、PCを立ち上げ、年末に出しておいたオークションがどうなってるかチェック。まだ出してから日が経ってないので、一つたりとも終了してないが、入札はボツボツ入っている。
まあ、今回も1円出品してるんで当然なんだけどね。あとは、競って高値になってくれれば言うことないけど、そこはフタを開けてみなきゃわからん。
ついでにスレのほうもチェック。冬休みだからか、微妙に荒れてるみたいだけど、これくらいはよくあること。
適当に2、3レスして忙しいからとお茶を濁しておいた。なんかまとめサイトが出来たらしく、新規の住人が流入しているらしい。
とすると、これからはスレ遊びにももう少し慎重さが求められるかな? とも思ったが、鏡抜けて異世界に実際に行ってるなんて、本気で信じるやつなんかいるはずがないわな。
当の俺ですら、こっちに戻ってくる度に、すべて夢か幻だったんじゃないかと思うくらいなのに。
ま、今まで通り「CGですよー」で通せば問題ないね。
ベッドは姉が使ってたやつが、物置部屋にあった。布団は客間の押入れから引っ張り出した。
これでオリカの寝床はOKだ。
◇◆◆◆◇
次の日はみんなで(オリカも連れて)神殿へ向かった。無論、オリカの目を精霊石を使って治療するためだ。
精霊石は一個で十分足りるっていう話だが、種類によってできるできないがあるという話だったんで、いちおう2つとも持ってきている。「初めての精霊石」は記念に取っておくといいって精霊 (小)も言ってんでラピスラズリは温存して、使うのはオパールにするつもり。まあ、オパールじゃあ目の治療できないとか言われたら、ラピスラズリ使うけど。そんなにコダワリないし。
神官ちゃんは今日も今日とて可愛かった。こっそり写真撮ってて、ディアナにカメラまきあげられそうになったけど。
ディアナにカメラのことを教えたのは早計だったかもしれん……。
精霊石の精霊力を解放し、視力回復用の精霊魔法を神官ちゃんが唱え、施術自体は一瞬で完了した。
精霊石もオパールだけで十分だったし、ラピスラズリの精霊石はこっちでは天色瑠璃群青だかなんだかとかいう、ちょっと高級な精霊石に分類されてて、もったいないのだとか。むしろ、こんないい石持ってたんですかと驚かれたほどだ。
なんでも、色がしっかりしている精霊石ほど良い精霊石で、次点で透明度が高いもの(前に市長へのプレゼントのエンチャントで使っちゃった
ダイヤモンドとかは? と聞いたら、なんですそれ? と言われてしまった。ディアナはなんか驚いた顔してたけど「知っているのかディアナ!?」と聞いたがはぐらかされた。
精霊石に関しては、レアアイテムすぎてちょっと情報が少なすぎるぜ。
精霊石のスペシャルパワーによって無事に視力回復したオリカは、「見える! 遠くまでちゃんと見えるよ! すごいすごい! 旦那さまありがと~~」とアホの子になってはしゃいでいた。
メガネっ子計画は頓挫したが、当人が満足ならいいことだ……。
しかし新たに伊達メガネメイド計画を発足することにした。メガネメイドにはついつい夢膨らんじゃうのが男の子ってもんよ。俺は間違ってない。
今度また買ってくることにしよう、伊達メガネ。
神殿を後にした俺たちは、そのまま商工会議所へ向かった。市場の一区画を借りる契約をするためだ。
屋敷もできたし、馬も買ったし、メイドもOK。だけど、いい加減商売バッチリ始めていかなきゃお金がやばい。
借りる場所は「生活用品やら雑貨を扱うゾーン」の一角である。「古着や古道具を扱うゾーン」は興味しんしんだが、自分が売るのは新品ばかり、なので当然新品ゾーンに店を持つことになる。店っても屋台だけど。
職員に尋ねると、前回――っても一昨日だけど――来たときより、少しだけ空き場所が増えているらしい。なんでも、月初めなんでタイミング的に入れ替わりが多いんだそうだ。
ヘティーさんによると「最初は島中から始まり、誕席、外周へとランクアップしていく……」ものらしいので(意味はよくわからなかったが)、最初の場所にそれほどこだわる必要はないとのこと。
とはいえ、隣の店がなにを売っているのかも確認したいんで、空いている中で数箇所目星を付けて、実際に市場に下見に行くことにした。
「生活用品や雑貨を扱うゾーン」は、一応新品(よく見ると中古が混ざってる)を売る一角だけあって、「古着や古道具を扱うゾーン」と比べるとだいぶおとなしい印象だ。
包丁屋は、鍛冶屋の弟子のような若者が、暇そうに店番をしている。売り物は鉄製の洋包丁。家庭で使う一般的なものらしい。いろんなサイズが売ってるが、大きいものは刃渡り80cmほどもあり、ほとんど武器。でかい
食器の店は、木をくり貫いて作ったような器や、陶器の器、ガラスのコップや器なんかが置かれてる。磁器は扱っていない。
キッチン用品の店は、鉄製のフライパンや、菜ばし、ターナー、調味料を入れる小瓶、トング、軽量マス、おたま、ボール(木製)、ザル(竹のような素材製)、見たことあるものから、見たことないようなものまで大量に売られている。売り場面積も2区画ほど使っているようだ。
他にはそれこそ雑貨屋――壁飾りや置き物の店、裁縫道具屋、敷物の店、衣料品、バッグ、木工用品、農具、髪飾りに帽子、羊皮紙、絵――――。まあ、要するになんでも売っている。店舗数が半端ないから、全部は確認してないが、ここで店をやってればいずれ把握できるだろう。良い品があったら、日本に輸入してもいいしな。
調味料で思い出した。この世界での塩の価値だが、意外というかなんというか貴重品でもなんでもなく、ぶっちゃけタダみたいなものだったりする。
この世界では塩湖が数多くあるのがその理由らしい。中でも「海水溜まり→蒸発乾燥→その上から海水流入→蒸発乾燥→海水流入→蒸発乾燥」と長い年月をかけて繰り返すことによってできた、
そんなわけで、塩はみんなバンバン使って料理する。肉でも魚でも香草と共に塩釜焼きする料理が一般的に普及しちゃってるレベル。加工食品屋にも塩漬けが多いし。
いっそ、塩を日本に持ち込んで、「未知のミネラルが潤沢に! 異世界の塩」とかいって売ってみようかとも思ったけど、さすがに食料品は危ないんで断念した。
まあ、そもそもそんなわけわからんもの売れないだろうけどな。たとえネトオクでも。
目星付けていた場所を見て周り、道具のメンテナンス屋と靴屋との間の一角が良さそうだったので、そこに決めた。少なくとも両隣の店とは売り物バッティングしないようにしたかったんで丁度良い。
ついでに横がメンテナンス屋なら、手持ちのアイテムもメンテナンスしてもらえるしな。
商工会議所に戻り契約。契約料は一月なら銀貨一枚。変に週単位で借りることもないんで、一月で契約した。
場所は「黒の21番」。島によって色で名前分けされているようだ。
明日、蚤の市があるので、そこで商品売りながら場所の宣伝をすることにしよう、そうしよう。市場で実際に店始めるのは明々後日くらいからになるだろうか。商品も市場用に仕入れなおさなきゃいけないだろうしね。
なんにせよ、ここから俺の商人的異世界生活がはじまってくるのだ! がんばってこー!