第50話 書記は灰かぶりの香り
未だに入り口付近で「あの、あの」とビクついているベルカさんの娘。
手入れされてない
でもこういう子はわりと好みだな……。どう見ても幸薄そうな田舎娘だけど……。
とはいえ、村の子は可愛い子が多かったので、見た目が多少好みでもそれで選んだりはしないのだ。
「じゃあ面接するんで、とりあえず……もっと前に来て椅子に座ってくれ」
「え、えっとえっと、はいっ」
オドオドフラフラしながら椅子までたどり着き、チョコンと腰掛ける娘。本当に大丈夫なんだろうか、この子……。
「名前と年齢、天職と自己アピールをどうぞ!」
いかにも面接らしく質問する。「わが社を希望した動機はなんですか?」と厄介な質問はやらないのは俺の良心だ。そんなこと聞いても「なんかチョロくて美味い仕事みたいなんで」とかストレートに言われるだけだろうしってのもあるけどな。
「オ、オリカ。オリカ・フラべリム、16歳です。天職は……いちおう『書記』。自己アピールは……あのあの……」
「?」
「あの……、そちらのレベッカさんはご存知だと思いますけど、あの、あたしちょっと……実はだいぶ、……目が悪くって……、お母さんには秘密にしておけって言われてたけど、だからあの……、書記の仕事もあんまりできそうもないですし、家事とか、馬のお世話くらいなら大丈夫ですけど……、あの、他の子と比べたら全然……」
あらら。なるほど目が悪い……ね。確かになんか変な動きしてはいたけど、そういうわけか。ただの変な子じゃなくて良かった……。
実生活に支障が出るレベルではなさそうだけど、視力補正器具の発達してなさそう(あっても高そう)なこっちの世界では、目が悪いってのは致命的なのかな? 少なくとも天職が「書記」なのに目が悪いってのは……。
母親がゴリ押ししてきたのは、そういった事情もあったのかもしれん。でも、こっちの世界では女の子は多少視力が悪かろうが、嫁にでも出ればそれでOKなんじゃないかって思っちゃうのは偏見か。結婚適齢期がどんくらいか知らないけど、昔の地球の感覚だと「十五でねえやは嫁に行き」ってやつなんじゃないのかなあ、こういう田舎って。
それとも……実は今日来てた若い娘達がみんな既婚者だったなんてオチも全く無いとは言い切れない……のか……?
なんせ「既婚者ですか?」とは聞かなかったし、あんくらいの歳の娘が既婚者なのは、こっちの世界じゃ当然……なんて可能性も……?
おっと、思考が変な方向へ行ってしまったな。今はそんなことよりメガネのことだ。
「……レベッカさん、ちょっと教えて欲しいんですが、メガネって高いんですか? 確かトバイアスさんがしてましたよね。銀貨数枚程度のものなら、なんということもないんですが」
「トビー君のはあれ、伊達よ。彼、目つき悪いでしょう? 少しでも誤魔化す為に仕事中は伊達メガネかけてるのよ」
「とすると、ちゃんとした視力矯正効果のあるメガネは……?」
「ん~……。あるにはあるんだけどねー。オリカくらいになると、ちょっと無理なんじゃないかな……。あの子、人の顔もほとんど見分けられないほど悪いって話だし……」
そう言って顔を曇らせるレベッカさん。
ほとんど見えてないってのが、どのレベルなのかわからないけど(なんせ家族で目の悪いのが一人もいないから、感覚がわからん)、度の強いメガネが必要なんじゃ、日本から簡単に持ってくるってわけにもいかないのかなぁ。確かメガネってちゃんと視力測定して「眼鏡処方箋」なるものを出してもらってから、メガネ屋で買うって聞いたことあるし…………。
でも、なんにもないよりはずっとマシなはずだし、俺が簡単でも不十分でも検査をしてネットでメガネ買えば――――
「ねぇジロー」
「……え、えっとはい、なんでしょう? ちょっと考え事してて……」
「私、いまジローが何考えてるかだいたい見当付くんだけど――。ジローあの子のこと『助けたい』……なんて考えちゃってるんじゃない?」
図星。そんなに考えてることが顔に出るのかなぁ……。元々腹芸が出来るようなタイプじゃあないけど……。
言い当てられてしまい答えあぐねていると、レベッカさんはため息をついて俺に向き直った。
「まあ、ジローがそうしたいなら私はいいんだけど……でも、一つだけ覚えておいてね。『救済は望まれてはじめて救済足りうる。そうでなければ善意の押し売り、自己満足でしかない』ってね。ル・バラカの教えよ」
善意の押し売り……。
確かに、仕事の面接に来た子の視力のことなんかいちいち考えてるのは、善意の押し売りなのかも。地球の技術力で目が見えるようになって(メガネだけど)感謝されたいなんて打算がなかったとは…………言えないもんなぁ……。
図星突かれて、ちょっと落ち込んじゃったりして……。
「…………」
「…………」
そんで、なんとなく無言になっちゃったりして……。
面接中だってのに……。
そんななか新しい提案を出してくれたのはヘティーさんだった。
「――ジロー様。ではこういうのはどうでしょう? ジロー様はオリカさんを助けたい。ベッキーは安易になんでも助けるべきじゃないと主張し、オリカさんはジロー様の元で働きたい。ならば、オリカさんが働く条件を視力の回復にして、回復費用をジローさんが立て替え、オリカさんは働いてそれを返済する……。どうですか?」
あ……あの……。どうですか? とか急に言われましても……。俺もそこまで深く考えてなかったし……。
「あー、えっと、視力の回復ってなんか手立てがあるんですか? 僕はメガネくらいしか思い浮かばないんですけど」
「そうだったんですか? 私は精霊石を使うかどうかという話なのかと思っていましたが……」
ああ、精霊石! 若返りにも使えるくらいのもんだし、視力を直すこともできちゃうってわけか。すげえな。お手軽だな。
「ちょっとヘティー。私は別に助けるべきじゃないなんて言ってるわけじゃないわよ! ただ、ちょっとジローは優しすぎるところがあるから……って」
「はいはい、ごちそうさま」
「精霊石なら屋敷に戻れば2つほどあったはずです。あんなもんで目が治るなら使っちゃってもいいッス。まあ、オリカさん次第ではあるんですけど」
「え、ええ? そんな簡単に? ――――なるほど。確かに気前良すぎですねジロー様は」
「でしょうー? 私が放っておけないって言うの、わかるでしょうー?」
「はいはい、ごちそうさま。……ま、確かに女の保護欲をくすぐりますね。いちいち」
好き勝手言うヘティーさんとレベッカさん。保護欲って……、俺だってこう見えてもう21歳なんだぜ!
……確かに「自立した男性」……とは、とても言えないけどね……、なんてったってニートだし……。やはり滲み出るダメさが隠しきれてないってことなのかなぁ……。
そりゃあ、レベッカさんやヘティーさんからすれば、チンチンに毛が生えてるかも微妙なレベルの子供なのかもしれないけどさ。
事実、
面接中なのに、内輪でペチャクチャ喋っている俺たちを、オリカは薄く微笑みながら見つめていた。
い、いかん。あまりにグダグダで応募者に笑われとるぞ! 雇用主がナメられるのは芳しくない事態なのだぜ。
「えっと、オリカさん? ちょっとこっちから提案があるんだが、いい?」
居住まいを正して質問すると、オリカは肯いた。
「まず、僕としては君を雇ってもいいかなと考えてる。ただ、やはり視力のことがネックになるんで、そのことでの提案なんだけど」
「あ、はい。あの、実は――――さっき話しているの聞こえちゃってました。……でも、私……提案はとっても嬉しいんですけど、精霊石分のお金なんてとてもお返しできませんから……、あの、やっぱり他の子のほうが……」
うん。まあ……そうなるわな。
精霊石って石の種類にもよるらしいけど、最低でも金貨20枚――つまり300万円相当の品だ。
日本で言うなら「視力良くしたら採用してやるぞ。ああ、レーシックの施術料は立て替えてやるから安心しろ」って言ってるような感じだろうか。よく考えるまでもなくブラックだわ。
それで、たとえ月給の銀貨5枚をすべて注ぎ込んだとしても、返済が終わるのは40ヵ月後になる。実際には毎月銀貨2枚くらい返済するのが妥当なラインだろうか、だとすれば100ヶ月――8年強。
……そうは言っても、目が悪いってのが、この世界でどのくらいクリティカルな問題なのかわからないし、実際はなんとも言えねぇかなぁ……。
多少無理しても目が良くなるなら突っ込んだほうが良いと俺は思うんだけど……。一生付きまとうことなんだし、今ちょっと苦労したとしてもね。
でも、本人が断るなら、さっきのレベッカさんに言われたように善意の押し売りだもんな! 縁がなかったと思うしかないけど、……いちおうもう一押しくらいしておくか。
引っ込み思案みたいだし、遠慮ばかりして貧乏くじ引くタイプに見えるし。
「精霊石の返済のほうは、本当にゆっくりでも構わないよ。途中でお導きの達成があったらその時の石で返済してもらってもいいし、利息も取るつもりもないから。……そのかわりしっかり働いてもらうのが条件となるけどな。なんなら住み込みでもいいし」
俺の言葉を受けて顔を上げるオリカ。口を開きかけたところに、へティーさんの牽制が入った。
「ジロー様。差し出がましいですが、その条件ではあまりにも甘すぎるかと。住み込みならば手当ては銀貨2枚、それも8割は返済にあてさせるくらいでも良いくらいですよ」
「え、でもそれじゃあ手元に残るのたった40エルですよ?」
「住み込みなら十分かと。制服も貸し与えると話でしたし、それですでに衣食住すべて揃っています。どこに問題が?」
「銀貨2枚じゃあ返済までに10年近くかかりますよ?」
「途中でやめられなくていいじゃないですか。ジロー様がどうしてもと言うならば、お導きを達成するまでの保証金として預かるという風にしても良いですし。どちらにせよ、10年以内には一つくらいはお導きを達成することもあるでしょう」
なるほど……。まあ、賃金が少ない分には俺は助かるからいいんだけど……面接の途中で賃金の額が下がっていくなんて、どんなブラック企業だって話だぜ。
とはいえ、安いに越したことはないのも確か。まあ当の本人が了承すればの話だけど……。
「あの……、私、お導きは達成できないかもしれません。お金もお返しするのにたくさん時間かかっちゃうと思います。あの、本当にいいんですか?」
――いいんですか? か。
もちろんいいわけだが、マリナのときもそんなこと言ってたっけな。マリナの場合は「どうして私みたいのを選んだんでありますか」だったか。
俺って引っ込み思案ちゃんが好きなんだろうか。やっぱり童貞だから、押しの強い子に一定の恐怖感を抱いている……? とは――認めたくない感情だな。
それで結局、オリカを月給200エル(銀貨2枚)で雇うことにした。
予定よりずっと安く済んでしまったので(実際は精霊石代の返済という名目で200エルどころか毎月40エルしか渡さないのだ)、もう一人くらい雇えるわけだが、それはまたもう少し落ち着いたら――ということにした。
面接に来てくれた人たちは、俺がオリカを雇ったことに関していろんな反応を見せたが、概ね好意的だった。
少し話を聞いてみたが、オリカは母親のベルカさんと2人暮しで、目が不自由なこともあって天職に合う仕事に付くこともできず、自身は家事手伝いだけして、生活費はベルカさんが居酒屋で働いたわずかな賃金だけだったのだそうだ。
そんな生活の中で、ベルカさんはお導きを達成するか、そうでなければ娘に良縁でもあればと願っていたが、目の不自由な特別美人でもない娘を貰おうという奇特な男などいるはずもなく、またお導きもついぞ顕れず、このままでは娘の将来は娼婦にでもなるしかないのでは……と危惧していたところに、今回のメイド募集の話が――――ということらしい。
オリカを雇うことにしたと、外でジリジリと待っていたベルカさんに伝えると、狂喜乱舞してオリカを抱き締めた。
オリカの目のことも本人から聞いて、こちらで精霊石を立て替えて治療もすると伝えると、涙を流して喜んだのだった。月給と住み込みのことを話したが、それも全く問題ないらしい。まあ、住み込みったって、村まで目と鼻の先だからな。
さて、オリカの目で精霊石を一つ使うんだし、そろそろお導きもクリアしてかないとな。「モンスターを倒そう」と「マイホームを手に入れよう」は比較的簡単にクリアできそうっていうか、マイホームのほうはなんで達成にならないのか謎だ。すでに手に入れてるのにな……、何が足りないんだろ。
「オリカさん、お導きはなんか出てるの? 達成できそうなのあればサポートしてもいいけど」
「だ、旦那さま。あのあの、『さん』はいりませんです」
「旦那さまか……。良い響きだな……。オリカ……ワンモア! ワンモアプリーズ!」
「えっ? あの……? 旦那さま?」
おおおおお! 恥ずかしそうに伏せられた瞳。上目遣いに旦那さまと呼ぶマイメイド(メイド服はまだないけど)。これは精霊石一個じゃあ安い買い物やでぇ……。
「あ、あのあの、お導きは祝福を受けたときから出てるのがあるんですけど……、私にはむずかしくて達成は諦めてて……」
「難しいの? なんだったら本当に手伝うけど」
「あの、旦那さまにそんなことまでしていただくわけには……。それに、本とか先生がいないと多分むりだと思うし……」
「そうか……。それで、お導きの内容はなんなん?」
「えっと……『他言語を習得しよう 0/1』です」