g_海外遠征

「東京農工大学山岳会として行った海外遠征」

1967年(昭和42年)6月〜8月
    ペルーアンデス ワイワッシュ山群 ウルバンバ山群

    隊長 田中 元 
    隊員 古畑 博 小林伸好 加藤朝章 和地陽二 岩谷弘一

    ワイワッシュ山群(コルディエラワイワッシュ)においては、南米におけるマッターホルン
    といわれた難峰ヒリシャンカグランデ(6126m)の新ルートからの第2登(7月26日田中
    隊長、加藤隊員)を果たしたほか、パリア(5172m)、ニナシャンカ(5636m)、
    ヒリシャンカ・チコ(5467m)等に登頂。その後、未だ日本人の入ったことのなかった
    ウルバンバのベロニカ山群においてはベロニカ(5750m)その他数峰の登頂を行った。


1975年(昭和50年)2月〜6月
    ネパールヒマラヤ ダウラギリ㈼峰(7751M)

    隊長 小林伸好 登攀隊長 加藤朝章 
    隊員 亀山義夫 小島健一 山口伊佐夫 田中文七 川嶋直久 金杉公夫

    1971年に北面から初登したオーストリア隊の後を受けて、人跡未踏であった南面のツワ
    ラボン氷河から第2登を目指したが、モンスーンの襲来による悪天下で、5月16日小島、
    山口の2名が7300M付近まで到達して断念した。

1980年(昭和55年)7月〜8
    インド・ザンスカール山群Z2(6152m) 

    隊長 岡林良一
    隊員 鈴木裕一、五十嵐公文

    LalungGlacierより約5000m付近まで試登。

④1986年(昭和61年)7月〜8
 ペルーアンデス・ワスカラン(6768m)

 隊長 岡林良一
 隊員 小泉裕一、荒島浩光、佐野 桂(スビダーニェ同人)

    全員が登頂。

⑤1992年(平成4年)7月〜8
 カザフスタン、ハンテングリ(7010m)

 隊長 岡林良一
 隊員 宗像 章、小口順史

 岡林、小口が登頂。

⑥ 2001年(平成13年)7月〜8

 中国ムスターグアタ(7546)

 隊長 岡林良一
 隊員 宮本美貴夫、桂木行人、水野 暢夫、小口順史、谷田部然治

 水野、小口、谷田部が登頂。


「会員が個人として参加した海外遠征」

①1970年(昭和45年)5
    日本山岳会東海支部が行ったネパールヒマラヤのマカルー遠征に参加した田中元会員(昭和
    38年林学卒)が未踏の東南稜からの登頂に成功

1980年(昭和55年)8月〜10月
    日本山岳会学生部のインドヒマラヤ遠征隊に隊長として塚原道夫会員(昭和51年林学卒)
    が参加。未踏のブリグパント峰(6777m)を目指したが、雪崩によりインド人隊員1名
    を失い、登頂断念。

1976年(昭和51年)7月〜8
    パキスタン、スワートコーイスタン、ハラハリ谷無名峰(5608m)に岡林良一会員(昭和49
    年林学卒)が東京農大山岳会の増田圭次氏、元吉仁志と共に挑み、約5300mの東峰に全員登
    頂。

④1985年(昭和60年)7月〜8
 インドヒマラヤ、ヌン(7135m)に遠征した川崎市教員隊(スビダーニェ同人、坂原忠清隊 長以下4名)に、岡林会員、田村大作会員(昭和61年農業工学卒)が参加。全員登頂を果 たした。

⑤1985年(昭和60年)10月~11
    ネパールヒマラヤ、パルチャモ(6273m)に水野暢夫会員(昭和57年林学科卒)が遠征し
    たが雪崩で敗退。

⑥1986年(昭和61年)2
    水野暢夫会員が、東アフリカ・キリマンジャロ登頂(5895m)。

⑦1986年(昭和61年)7月~8
    水野暢夫会員が、ヨーロッパアルプス・モンブラン2回登頂。
    コスミック山稜、レム針峰・ルージュ針峰他多数登攀。

⑧1986年(昭和61年)11
    水野暢夫会員が、南米アルゼンチン・アコンカグア(6959m)を目指すが天候悪化によ
    6300m付近で敗退。

⑨1987年(昭和62年)7月〜8
    パキスタン、カラコルムの難峰ナンガパルバット(8125m)に挑んだ川崎市教員隊(スビ
    ダーニェ同人、坂原忠清隊長以下7名)に、岡林会員、田村会員が参加。岡林ほか1名が登
    頂に成功したが、凍傷のため、岡林は足指を切断。

⑩1989(昭和64年)年7月〜9
    パキスタン、カラコルムのブロードピーク(8047m)に挑んだ川崎市教員隊(スビダーニェ 同人、坂原忠清隊長以下8名)に、岡林会員と名取重広会員(昭和58年植物防疫学科卒) が参加。隊員1名が7700m付近まで到達したが、断念。

⑪1989年(平成元年)9
    水野暢夫会員が、ヨーロッパアルプス・プラン針峰縦走。

⑫1995年(平成7年)3月〜4
    ネパールヒマラヤ、アンナプルナ山群シングチュリ(6501m)に岡林会員がスビダーニェ同 人細田一郎氏と共に挑戦。5460m付近まで到達したが大雪で撤退。

⑬1997年(平成9年)7月〜8月
 カザフスタンのハンテングリ(7010m)及びポペーダ(7439m)に小口順史会員(平成5 年環境保護卒)、山岸(畠山)亮子会員(平成7年応用生物卒)等太陽と風の会のメンバー3名で 遠征。いずれも登頂。

⑭1998年(平成10年)7月〜8月
 カラコルムのナンガパルパッドに小口順史会員、山岸(畠山)亮子会員等太陽と風の会のメン バー4名(うち1名は、単独行動)で挑戦したが、メンバー1人が滑落死亡し、6000m 付近までで撤退(単独行動の1名は、その後登頂)。

⑮1999年(平成11年)8月
 パミール高原(キルギス)のレーニン峰(7134m)に小口順史会員が登頂。

⑯2002年(平成14年)8月
    水野暢夫会員が、北アメリカヨセミテ・エルキャピタン、ゾディアックルート登攀。

⑰2003年(平成15年)8月
 パミール高原(タジキスタン)のコミュニズム峰(7495m)に小口順史会員が単独登頂。

⑱2004年(平成16年)8月

    水野暢夫会員が、ヨーロッパアルプス・ミディ南壁、他多数登攀。


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