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○はじめに
~すべてあるものは神~
近年神道への関心が高まりつつ有ります。日本人の宗教の源泉ともいえる、神道に対して広く海外へも静かに拡がりつつあります。古来、日本人の神は生活風土に根ざしていました。私たちは里や山、浜辺などに鳥居を立て、森の木や海の岩等にしめ縄を張って自然を霊的な神の世界としてきました。神社は森深くあるからこそ尊く、道端の道祖神は苔むして草むらにあるからこそ、いとおしく感じます。
私たちの祖先からのインスピレーションは現実の風土と社会がそのまま神々の世界であり、この世のすべてが神々の現れであるとする神道では人である私たちもまた神の生みの子でありこの世を発展させていく神なのです。私達が日々仕事に精励することがそのまま神霊の営みとなります。日頃より神霊を祀り、祖先の霊を祀る。各種お祭りや伝統行事などは習わしによってお祝いする。人類愛と自然をいつくしみ、この地球という星のすべてに感謝を捧げていくことが神道の真の心なのです。
○全国で最も数が多い
~物を産み、食を司る神であり、屋敷神として家々に祀られている~
お稲荷さんは日本中で最も広く信仰されている神様です。全国の神社の3割はこの稲荷神社です。御利益として、商売繁盛、五穀豊穣、家内安全、大漁守護、安産祈願等、数多くの現世利益に結びついているので、庶民からの人気が高いこともあげられます。
主祭神・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
○五穀と蚕桑を司る穀霊神とされています。
○宇迦は、食物の古代語「ウケ・ウカ」から派生しており、よってウカノミタマとは食物の霊を意味します。
○稲荷という呼び方も、「稲成り」から来ており収穫の際は、肩に荷をかけ神に捧げたので稲を荷うという文字を用いました。
宇迦之御魂神は須佐之男神(すさのおのかみ)と大市比売(おおいちひめ)との間に生まれた神で、大年神の妹、市(流通)の神である大市比売、植物などの1年間の神である大年神、そして食物霊である宇迦之御魂神と、その一族は人間の生活にとって根源的な食の生活と流通を支えている神々なのです。
○キツネは稲荷の神使
~眷族(けんぞく)~
古来よりキツネは稲荷神の使いとされてきました。全国の稲荷神社には狛犬ではなく、キツネの像が神前を賑わしています。「朱塗りの鳥居」「正一位のノボリ」と共に、稲荷信仰の重要なシンボルです。その為かも知れませんが、稲荷神社の神様はキツネと思われている方がよくおられますが、キツネは稲荷神の神使(眷属)であり、更にいうなら、「キツネによく似た眷属」とさえ記している古文書があることも申し添えておきます。
キ ツネが宇迦之御魂神の神使となった理由
○一般にはウカノミタマの別名が「みけつ神」であったことから、ミケツのケツがキツネの古名「ケツ」が想起され、用いられた。
○ キツネを田の神の先触れと見たから
元々、キツネは鹿などとともに、人里近くに現れ、人々に親しまれた動物でした。キツネが山からおりて田の近くで食物をあさって子キツネを養おうとしたのは、ちょうど稲の稔った晩秋から冬にかけてです。秋の田園でキツネの姿を見たり、鳴き声を聞いた人々は何かしらの神霊感を覚え山にいる神霊の先駆けとみたようです。
尊い神は容易には姿を見せてはくれません。この神の使いであるキツネを通さなければ神霊をうかがい知
ることはできないと考えられ、キツネがご祭神とともに祀られる必要性が生まれたのです。
○命婦神
宇迦之御魂神とは別に、キツネの神を命婦神と呼びます。命婦とは五位相当の女官の名称ですが、これを霊狐に対して用いました。伏見稲荷の奥宮の北に鎮座する「白狐社」がこれにあたります
。
○民間のキツネ信仰
○
狐塚
キツネは田の神とされていたので、これを祀る祠が各地にできました。これが、いわゆるキツネ塚です。
○キツネと託宣
キツネを通じて神から託宣を聞こうとする行為も各地によく見かけられる風習です。人間にある種の霊が憑くというのは、洋の東西を問わず昔からある現象です。日本では稲荷の先走りであるキツネが、神霊の託宣のために人間にとり憑くと考えられています。イナリオロシ、イナリサゲとも言います。 大和では、憑かれる人をダイサンと呼び、願い事を頼みたい、あるいは託宣を聞きたいという時は、このダイサンに頼みました。依頼を受けたダイサンは、三宝に盛った米に御幣を立てて拝むと、その人に霊が降りてきて託宣してくれます。そのときダイサンは、あたかもキツネのような形相になり、家人とともに語り、踊り、また食べるといいます。
また、九州福岡では、お稲荷さんが憑いて人の禍福を予言し、病気を治すことをトリイダシという。これは、野狐使いともいい、医者の見放した病人をトリイダシをして治した話が多く残っています。
○鳴き声
キツネの鳴き声で吉凶を占うというものです。
○寒施行
冬の寒中にキツネに食物を与えて回る習慣。地域の稲荷講の人々が、狐塚や狐穴にお供えの赤飯と油揚げをセットにして供えました。穴施行ともいいます。
○キツネ狩り
小正月の頃、七歳から十二歳の男の子が、ワラで作ったキツネを青竹の上につけ、それを先頭に太鼓をたたきながら村中を巡り、手に持った御幣を振りつつ、「福キツネ」を迎えてくるというものです。
○キツネ憑き
憑依は、古い時代には神の使いである動物の霊を呼んで、神の言葉を聞くというまじめな信仰だったのですが、仏教の教えが広がるにつれて、託宣としての様相が薄れ、その後は呪術と結びついて、邪宗という印象が強くなってしまいました。憑き物は特定の人、家に憑くと信じられ、これらの”憑き物おとし”に活躍するものが陰陽師や密教僧などの行者や祈祷師で憑き物信仰の主たる担い手であったようです。憑き物には他に、蛇、狸、猿、犬があると言われています。
○呪い
呪いには動物の魂を操作して相手に飛ばすものと、人形や相手の持ち物を使用するものと2通りあると言われています。しかし呪いというのもは、人の心の中の、神様から最も遠いところの部分、つまり人間の持つ闇の心が生み出したものと言えるでしょう。神の子として自覚を持つ人にとっては全く必要の無いもので、まさに邪道と呼べるものです。まさに”人を呪わば穴二つ”であり、やがてはその思いが倍になって自分に返ってくるものであるとされています。
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