この記事は私がまとめました

mototchenさん

米食の歴史

米を食べると馬鹿になるという主張も…

1958年、慶應大学医学部教授の林氏は『頭脳』という本を出版し、「米食をすると頭脳が悪くなる」と主張する。さらに、小麦食品業界は科学者としての彼を活用し「米を食べると馬鹿になる」というパンフレットを作って、彼の講演の場で数十万部も配布していく。

慶應大の林髞教授が、「頭脳」(昭和33年)と「頭の良くなる本」(昭和35年)を発行し、パンは白米よりもビタミンB類が多いから頭によい、と唱えて評判になりました。
<中略>
脚気の初期症状は脱力感や集中力低下で、パンのB1が効くのは戦前から有名でした。パンで脚気のだるさを克服し、勉学がはかどって「林説は本当だった。」と誤解する人がいても、おかしくない時代背景でした。

林髞と「ブレイン・メディシン説」

昭和20年代(1945年~)の半ば頃、アメリカの有名な雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」(Reader’s Digest)に、ある記事が載りました。それは、「グルタミン酸ソーダはブレイン・メディシンである」つまり、「味の素」は頭がよくなる薬だという記事が載ったのです。

「リーダーズ・ダイジェスト」は戦後日本版も発行されていましたから、この記事は国内でも話題になりました。国内では、さらにいろいろな雑誌も同様の話題を載せました。とくに、慶応大学の医学博士で、林髞(はやし・たかし/1897―1969)さんという方、またの名を推理小説家の木々高太郎という人ですが、この先生がさかんにグルタミン酸ソーダはブレイン・メディシンだという話を広めて…ところが、トップからは絶対にその話を営業に使ってはいかんという命令が出たのです。ですから、会社としてはこれを宣伝には一切使いませんでした。

Q「味の素®」を食べると頭がよくなると聞きましたが、本当ですか?

Aそのようなことはありません。

1950年代の「味の素」で知られるグルタミン酸ソーダ騒動が思い出される。グルタミン酸ソーダがイヌの大脳皮質に強い興奮性作用を示すことを1954年に報告したのは、当時慶応大学医学部の林髞教授であった。…林教授の報告は、その後1980年代後半にようやく確立した興奮性伝達物質グルタミン酸の興奮性作用の最初の報告として、神経伝達物質研究の歴史の中では良く知られている…

しかしながら、その後林教授のグルタミン酸ソーダが頭の働きを良くするという説が世の中に広がり、そのため一部の家庭で味の素をごはんにふりかけて食べるといった流行を引き起こしてしまった…さらに、当時のある幼稚園では園児に味の素を摂取させ、知能指数の変化を測定するといったこともなされたと言われている。その後、グルタミン酸ソーダは経口摂取しても脳血管関門を通らず脳には行かないことがわかって、このような味の素ブームは鎮静化し、忘れ去られた。

当時の主張

「米はうまいだけで生命のためにはたいへんに害がある。それは白米にしなければ食えないからで,白米にすれば米を消化するに必要なビタミンが皆無になるからである。それが軽視できないと分かっても,なお米のことしか考えないのはどうかしている。

農政というものを考えるのに,一度だけ米をやめるという立場で考えてみてはどうであろうか」

『これはせめて子供の主食だけはパンにした方がよいということである。 (中略) 大人はもう、そういうことで育てられてしまったのであるから、あきらめよう。悪条件がかさなっているのだから、運命とあきらめよう。しかし、せめて子供たちの将来だけは、私どもとちがって、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子供に育ててやるのがほんとうである』

「親たちが白米で子供を育てるということは、その子供の頭脳の働きをできなくさせる結果となり、ひいてはその子供が大人になってから、又その子供を育てるのに、バカなことを繰り返すことになる」

「よほど変わった子供でない限りは、パン食のほうが好きだという。
叱りつけられて白米を食っている現状をみると、好きなパンで育ててやり、立派な子供にしてやりたいと誰しも願うに違いない」

「日本は水田を全廃して総パン食をめざせ」

上記へのコメント

著者の肩書きが慶応大学医学部教授ということになると影響力が大きいわけで見過ごすことはできない。
この本は発売後三年で50版も出てマスコミの注目するところとなり、当時林氏は製粉、製パン業界主催の後援会などに引っ張りだこだったという。小麦食品業界が印刷した『米を食べるとバカになる』というパンフレットは、講演会場で数十万部も配布されたという。粉食奨励を医学者の立場から『科学的』に訴える林氏の見解は、厚生省や関連業界にとっては頼もしい助っ人に映ったことであろう

元厚生省栄養課長の米廃止論

「米を食うという生活は人をして消極的になり、勤労意欲を消滅し、従って貧乏となる。貧乏になれば、肉や魚や野菜を購う力がないから、やはり廉い米ばかりをたら腹食うということになり、その結果は、必然的に睡気をもよおし、思考する方向に頭脳が働かぬということになる。この因はこの果を生み、米を食う習慣は貧乏と一つの環をなして回転しているように思われる。東南アジアに住む10億の米を作り、米を食う民族は、等しくこの運命にさらされていると思う」

「この人達は、あまりにも米中心の食生活のため、そこから必然的に生まれてくる栄養欠陥を身につけて、体力は欧米の小麦食の人々に劣り、寿命は短く、乳幼児の死亡率は高く、結核やトラホームなどの慢性病、また胃の酷使による胃腸病は著しく多い。その上精神的にもねばりの強い積極性を欠き、発明、発見、工夫なども残念ながら欧米人よりも少ない」

「私どもをはじめ、東南アジアの各民族、これらはみな米を中心とした食事をする民族であるが、これらの民族が、今後地球上で西欧の民族と肩を並べて繁栄していくためには、どうしても、米とのきずなをどこかで断ち切らねばならない」

戦後の厚生省に新設された栄養課の課長補佐となり、1953(昭和28)年に課長に昇進し、その後10年間にわたって栄養改善運動を推進した大磯俊雄氏は、著書『栄養随想』(医歯薬出版、1959年1月)

そして「頭脳パン」ができた

関連

1