第49話 村娘はグリーンゲイブルズの香り
「レベッカさん、まだ村の人に引越しの挨拶をしていなかったんですよ。あと、できれば村の手の空いている人で、屋敷の掃除とか料理とかできる人なんか雇えたらな~……なんて思ってて」
「挨拶? ああ~そうね。実はもうだいぶジローのことは噂になってるけど、一度ちゃんと挨拶しておいたほうがいいか」
そいつは聞き捨てならない言葉。
「う、噂ですか……?」
「村から森のほうに行っても私ん家しかないじゃない? それが最近騒がしかったからねー」
なるほど、それもそうか。屋敷の整備で資材だの職人だのが森へ向かって行き来してたし、ド目立つヘティーさんの馬車も毎日往来してたんだからな……。そりゃ村の人もなんだろうって思うよね……。
でもま、かえって説明が省けるってもんよ。結果オーライだ!
「それじゃあ、村の人には森のほうに屋敷を『建てた』ってことにしましょう。あの屋敷って誰にも認識されてなかったってか、ディアナが言うには『結界』で守られてたって話ですし、説明も面倒ですから」
「うーん……そうね……。確かにそのほうがいいかもしれないわね。ただ、それだと多分……」
「多分?」
「ん~、まあ大丈夫でしょ。それじゃ、村長のとこに挨拶しにいきましょうか」
なんとなく煮え切らない感じのレベッカさんだが、ま、大丈夫ってんだから大丈夫だろう。
挨拶は村長にだけしとけば問題なく、すぐ村全体に拡散されるらしい。
こういう田舎じゃ情報の伝達速度が異常に速いって聞いたことあるけど、クチコミの威力がすごいってことなんだな。さすがにわざわざ村人全員集めてご挨拶なんてのはゴメンだったから良かったぜ。
――――なーんて思いつつも「メイドやってくれる子は村中の子の中から選びたい!」という矛盾を抱えている俺なのであった。でもま、雇用主たる俺だって遊びで雇うわけじゃないんだから、なるべく多くの選択肢から選びたいのは当然ですよ! 当然!
天職なんかなんでもいいから、可愛い子ならおkとかそんなこと考えてませんよ、ほんと。マジで。
「そういえば、えっとお手伝いさん? 雇うとしたら賃金とかどれくらいが相場なんですかね。月単位で……、まあある程度は払えると思うんですけど。だいたい――――」
休みの概念がこっちでどうなってるのか知らないが、週休1日として、朝から夕方くらいまで働いてもらって、昼食補助、制服貸与として……、自給換算だと――だいぶセコいが――自給800円の8時間で6400円、交通費は徒歩だから無し、こっちは1週が6日でおよそ5週で1月だから……、25日掛ける6400円で16万円。とするとこっちの金で換算して……。
「――金貨一枚くらいなら」
俺が金額を提示すると、揃って顔を見合わせるレベッカさんとヘティーさん。
しまった! 実は最もケツの穴が小さいのが俺だという事実を看破されちゃう!!
「えっとー……うそうそ、金貨一枚なんて冗談ですよ、はっはは。やはり金貨2枚くらいですかねぇ……」
「そっちじゃないわよジロー……。金貨1枚じゃ多すぎるってば。本職の執事でも雇うならまだしも、家事と馬の世話がメインなんでしょうー? そのくらいの仕事なら天職も関係ないし、村の子なら誰でもできるから――――銀貨3枚から5枚ってところじゃないかしら」
「さすがエリシェ。帝都だったら住み込みならば銀貨1枚でも申し込み殺到……といったところでしょうね」
「ああ、あっちはまだ
「それでも一時期よりはだいぶマシになったのよ」
エリシェと帝都との違いを話合うレベッカさんとヘティーさん。エリシェは他の街より豊かな分、人件費も高めってことなのかな。
そうだとしても金貨1枚じゃ多すぎとのことだ。
てかさ、銀貨3枚てたった45000円だよ。そんな薄給で人来るのかね。安いぶんには助かるからいいんだけどもさ……。でもせめて銀貨5枚は出してやろう。
レベッカさんに案内されて、少しだけ大きい家の前まで来る。大きいと言っても他の家と大差ない石作りの平屋だ。ここが我らが村長さまの屋敷とのこと。レベッカさんが村長の名前を呼びながら扉を開き、中から「出た、村長出た」としか感想の出ない白いヒゲをたくわえた老人がヌッと出てきた。
「……おお、そういうことでしたか。ジロー様のような有力な商人がこのような僻地に屋敷を構えるられるとは。これは是非ともわがヤーツト村とは懇意にしていただきたいもの」
レベッカさんが俺のことを簡単に紹介してくれ、俺自身も簡単に挨拶したら村長が大げさにこんなことを言ってくる。いつから有力な商人だと錯覚していた?
「屋敷を『建てた』って言ったからだわよ。効率を度外視して郊外に屋敷を作るのは大商人のお遊びとしては定番だからね」
ヒソヒソと説明してくれるレベッカさん。な、なるほど……別荘気分か……。
でも大商人だと思わせてたほうが村人が便宜を図ってくれやすい……のかもしれないし……いいか。
挨拶を無難に? こなした俺は、メイドを雇いたい件を村長に切り出した。最初は信頼があるであろうレベッカさんに切り出して貰おうと思ったが、有力な商人だと勘違いしてるようだし、俺からでもOKだろう。
話を聞いた村長は、「おお、そういうことでしたら」とにわかに人を集めだし、気が付いたら50人近い村人が集結する事態へと発展していた。おそるべき情報伝達力である。
月給が銀貨5枚と聞いて、若い娘のみならず、次男坊だの若奥さんだのおばさんだのおばあさんだのまで、集合してしまった。
恥ずかしがらずに「あ、ティーン限定で」とか言っとけばよかった!
みんなそれぞれ仕事はあるらしいのだが、銀貨5枚で食事も出るとなると、相当
ヘティーさん曰く、住み込みで食事が出て仕事内容は家事と馬の世話だけ、なおかつ銀貨が5枚も出る。そんな仕事をもし帝都で出しでもしたら、軽く1000人単位で応募が殺到するだろうとのこと。
まあ、なんにせよ選び放題ってことなんだなぁ。
まず、次男坊だの三男坊だの四男坊だの、畑を継げない農家の若者がけっこう来てしまったが、この男たちについては当然パスだ。どうしてメイド募集なのに来ちゃったんだこの人たち。
おばあさんは俺がコキ使えないからパス。仕事はできるだろうけど、馬の世話とか重労働って話だしな。
オバさんとか若奥さんは、仕事という点から言うと別に問題ないような気もするんでステイ。若い女の子だけ残すってのも露骨すぎるし。
若い娘も思ったより来てくれた。
みんな「ザ・田舎娘!」という感じで大変よろしい。田舎娘と言っても、当然日本人ではない――西洋系の田舎娘(どういう血の混ざり方だかわからんが、東洋風の子もわりといるけどもね)だ。くすんだ赤毛を三つ編みにして、麦わら帽子をかぶっている様など、昔読んだ本の登場人物のようだ。
「……さて、レベッカさん、予想以上に集まっちゃったんですけど、できれば一人一人面接して決めたいと思うんですが、どうでしょう」
「いいんじゃない? 私はだいたいみんな顔見知りだから、ある程度はアドバイスもできると思うし」
というわけで、村長の家を借りて一人一人面接をすることになった。
◇◆◆◆◇
「わたしは料理人の天職があります! 得意料理はライライーラの薬草焼きです!」
「お父さんにマッサージが上手いと褒められましたー!」
「私の天職は乳母なので、子育てはお任せいただけると思いますよ」
「天職は農家ですが、家事もちゃんとできます! よろしくお願いします!」
「馬に乗れるよ!」
「お金が数えられますです」
「庭師。庭仕事ができる」
「村の自警団に入ってるから、モンスターとも戦えますよ。天職は槍士です」
「燻製なら任せてください!」
「馬屋の娘だから、絶対お得です。はい」
「商人さま、銀貨5枚も貰えるってほんとうー?」
「縫製士やってます。繕い物もできますし、布があれば服も作れますよー」
「漬物なら任せておきな!」
などなど、実にバラエティに富んだ人材だ。みんな、それぞれに得意なことがあり、銀貨5枚の魔力なのかわからんが、やる気が迸っている。
とはいえ、今回わりと簡単な選抜方法を用いており――あんまり良いやり方とは言えないけど――それでだいぶ絞れたのだった。
「えっとまず、この2人は僕の奴隷で、いっしょに働いてもらうことになりますけど問題ありませんね? 一応、先輩ってことになるのかな」
そう言って、ディアナとマリナを紹介するだけなんだが、純朴な村人達相手には劇的な効果を出した。
――だいぶ俺の思っていたのとは違った効果だったのだけれど。
2人には「とにかく堂々としていろ」とだけ言い含め、面接の間、隣に待機させておいた。
マリナはいつも通りノホホンとしていたんだが、ディアナのほうは威圧感というか神々しさというか、醸し出される
ディアナって時々こういう超然とした気配を出すけど、今回はなぜか特にそれが強く、ディアナの色のない視線に耐え切れず若い子がどんどん脱落――一身上の都合での辞退――してしまうのだ。
堂々としていろとは言ったけど、なにもそんな王様かなんかみたくならなくてもいいのに……。大人しくしてろと言うべきだったか……。
ぶっちゃけた話、2人を同席させたのは(例のポッチャリ商人の件もあったし)ターク族のマリナが同僚だと知っても嫌な顔しない子を選びたいっていう思惑だったんだが……。どうしてこうなった……。
外に出た女の子達が「あ、あんな厳しそうなエルフ様といっしょに働くなんて無理よ!」「エ……エルフ様に無礼を働くとブタにさせられるっていうし……」「ターク族の子は優しそうだったわ」などと漏らすのが聞こえてくる。ディアナの外観――刺青のことを揶揄しないのは、意外と育ちが良いからだろうか。
なんにしても、”厳しそうなエルフ様”といっしょに働ける胆力がないのか、それとも別のなにかがあるのか、若い娘はみんな辞退してしまった。おばさんや若奥さんは辞退してこないんだけどなぁ……。なにかがおかしい……。
「うーん……。ディアナ、なんか魔法でも使った? なんかお前の視線という名の重圧に耐え切れなくなって若い子がどんどん辞退してくんだけど」
「言いがかりなのです。私はなんにもしてないのです」
当のディアナはシレッとしたものだ。
うーん……。俺が堂々としてろと言ったから、言葉の通り堂々としてただけ……、それに気当たりよろしく圧倒された小娘が勝手に逃げ出しただけ……、というわけなのかなぁ。
「でもなぁ、なんか若い子だけみんな辞退しちゃってるんだけどな。ディアナに恐れをなして」
「あれくらいで脱落するような子は雇わないほうがいいのよ、ご主人さま」
やだー!
「それに…………ご主人さまは女の子なら見境なしなのです」
しかも謂れのない暴言まで出た!
そりゃあ、確かに無垢で化粧っけもない田舎娘に全く萌えなかったかと言われればウソになるけれどもね!
「おお……この子はまさにダイヤの原石……。是非磨いてみたい……」とか口走っちゃったような記憶もあるようなないような。
でもしょうがないじゃない。ちょっと浮かれちゃったんだもん。
◇◆◆◆◇
「あ、あの……。商人様、私の娘も是非面談してやってもらえませんでしょうか」
あの後、ディアナには厳重注意をあたえ(大人しくしててねとお願いしただけだけど)面接は一応つつがなく進行した。
さて、どの子にすっかなーと選考に入ろうかとした時、扉を開けて40がらみのキツそうなオバさんが、貼り付けたような笑顔をたたえて入ってきた。
娘を面接して欲しいということだが、肝心の娘はオドオドと母親の袖を引きながら「むむむ無理だよ」「お母さんってば」「ほら呆れられてるよ」などと訴え、母親に「あんたは黙っときな」と一蹴されている。
不揃いにカットされたショートボブ、目が隠れるほどに伸ばした前髪が印象的な灰髪の娘だ。
「はい。まだ大丈夫ですよ」
と肯くと、手もみしながら入ってくる母親。娘は入り口あたりでオドオド。
「うちの娘ときたら能力はあるのに、どうにも引っ込み思案でございましてね。今日も私が行けと言ってもなかなか動こうとしませんで、お恥ずかしながら母親の私が連れてきた次第でして、ええ」
そうして娘を置き去りに話しはじめる母親。貼り付いた笑顔が怖いぞこの人。目が笑ってないというか……。前にテレビで見た、自分の子供を芸能人にしようと頑張る母親達と同じ目をしてるというか。
「これは関わり合いにならないほうがいいかな……」と思っている間にも、母親のセールストークは続いた。
「娘の天職はこの村ではたった一人の『書記』なんでございますのよ。当然、読み書きは完璧ですし、字も綺麗だと街で褒められたこともあるんです。それに当然、家のことも馬の世話もできますし。母親の私が関心するほど料理だって……」
後ろでオドオドと視線をさまよわせる娘を尻目に、娘の売りを並べ立てる母親だったが、なにかに気が付いて言葉を止めた。
「え…………? レベッカさんがなんで……」
「最初からいましたよ。ベルカさん」
ニコリと笑って答えるレベッカさん。どうやら、このベルカさんはレベッカさんがいることに気付いていなかったらしい。
うーん? なんかレベッカさんがいると問題あったのかな? まあ、詳しいことはあとでレベッカさんに聞けばいいや。
母親のマシンガントークが途切れたので、あとは娘さんと話させてもらって決めますからと母親には退場していただいた。ものすごく名残惜しそうに出て行ったベルカさん(娘に半分脅しのような発破を掛けるのは忘れない)だった。
しかし、こっちの世界にもああいう人っているんだなぁ。学校とかあったらモンスターペアレント化するんだろうか……。
まあ、とにかくあとは未だ入り口付近でオドオドしている灰髪の娘に2つ3つ話聞いて、さっさとマイメイドを選考するぜ!