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ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑
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第47話  内陸商人はオーデコロンの香り


 とはいえ、あの市場にどうやって店を出したらいいのかはわからんので、商工会議所(ギルド)で聞いてみることにした。


 露店そのものは自分で屋台用意するようなものだし、どうにでもなる。市場の管理管轄が商工会議所かどうかはわからないが、いずれにせよショバ代をいくらか払う程度だろう。


 市場から1kmほど歩いて商工会議所に到着。なんだかんだ言ってもけっこう何度も世話になってるなここにも……。

 開きっ放しになっているドアから中に入り、適当な職員に聞こうと思っていると突然知らない男に話しかけられた。


「ねぇ、ソレは君の奴隷……だよね?」


 話しかけてきた男は、精霊石製と思われるリングやネックレスをジャラジャラと身に纏い、青を基調とした縦縞模様のパンツに、白のドレスシャツ、派手な金刺繍のベストという出で立ちの、「いかにも商人!」といった風情で、キツイ香水の匂いを振りまいた小太りの青年だった。歳はたぶん俺と同じくらい。

 格好が鏡の部屋で見つけて最初のころ着ていたシェイクスピア服と似ているな。あれは確かシェローさんが「内陸風」だとか言ってたっけ? とすると内陸のほうの商人なのかな。

 後ろに奴隷を7人も従えていて、それなりに有力な商人なのかもしれない。


 ポッチャリ商人の後ろの控える奴隷は、護衛として付いてきているんだろうが、見るからに屈強そうだ。装備品も良いし、雰囲気もある。全員白人? でターク族やエルフ族なんかはいない。

 マリナを買った時に、商館で軽く他の奴隷の値段も聞いておいたんだけど、戦士系の天職を持つ男の奴隷なんて金貨100枚以上するからな、値段。日本円で1500万だよ。そんなのを7人。金持ちやね。


 ……いや、そんなことより俺のマリナになんの用なんだこのポッチャリは。


「はい。……そうですけどなにか?」


 つい警戒心を丸出しにして応答してしまう。


「ここに用があるということは、君も商人なんだろう? 商人ならターク族を護衛や側近に使わないほうがいいよ」


「え? どうしてです?」


「そりゃ見栄えが悪いからさ。商談なら相手を不愉快にさせる可能性もある。安さに釣られて買ったんだろうけどね……。そしてなにより、ターク族の奴隷程度しか買えないのだと見くびられるだろう? これは商人にとっては致命的だよ」


 ドヤ顔で答えるポッチャリ。


 ふーん……。なるほどね…………。

 確かに今日マリナだけ連れて歩いてたら、変な目線が気になったこともあったし、ターク族に差別意識持ってる人はけっこういるってことなのかもな。実際になんか言ってくる人がいたわけじゃないが……。


 ……まあ、こいつも善意で言ってくれているんだろうけどな……。見ず知らずの人間に突然言うような内容かどうかはともかくとして……。

 いや……、例えそうであったとしても、マリナが気にしてシュンとなっちゃったし一言言ってやらんといかん。この世界での奴隷に対しての扱いがどんなもんだか、まだイマイチ把握しきれてないけど、うちの子バカにされて黙ってられるほど大人でもねーし。


「なるほどね。ご高説ごもっともですケド、僕はそんなことは百も承知で彼女を連れてるんですよ。ちょうどほら…………、こんな具合にケツの穴の小さい差別主義者を発見できるし」


「なっ!?」


「それに、残念ながらターク族しか買えなかったわけじゃありませんしね。いくらでも選べたけど、この子が可愛くて買ったんですし。大きなお世話ってもんです。……それに僕からすれば、奴隷連れて歩いてる時点で同じ穴のムジナって感じですし」


 そしてついメチャクチャ言ってしまった。

 ポッチャリからすれば、あくまで常識的なアドバイスをしてくれただけであって、こんな風に言われるいわれもないんだけど……。

 つい熱くなってしまったな…………。


 俺がこんなこと言い出すとは夢想だにしていなかったであろうポッチャリ。一瞬ムッとした顔した後、フゥと息を吐いた。


「なるほどなるほど。私も帝都から今日こちらに来たばかりでねぇ。ちょっとばかり――この辺の田舎とは感覚にズレがあったかもしれないな……。ま、君はそのままで頑張ってくれたまえ、山出しクン」


「そうですね。例え大商人になっても奴隷をゾロゾロ連れ歩くような下品な成金商人にならないよう気を付けますよ、ははは」


 売り言葉に買い言葉。

 ポッチャリも冷静を装っているが、顔を赤くしてムキになりつつあるのが見てとれる。まだ歳も若いし、実はただの大商人風なボンボンなのかもしれん。パパに買ってもらった奴隷に守ってもらいながら自由都市まで一旗上げに来た……とかね。

 ……まあ、だとしても俺も人のこと言えないけどもな……。ソロ家にかなり依存しちゃってるし。


「ほうほーう。では君は少数精鋭でいくってわけなんだね」


「まあ、自分も入れて3人か4人くらいが理想なんじゃないですか」


 俺がそう答えると、突然ニヤけ面になるポッチャリ。なにこいつ。


「そっかそっかー。つい自分の感覚で話してしまったけど、君はエリシェの(ナカ)だけで商売が完結するタイプだったんだね。それならその人数でも問題ないのカナ。いやいや、つい各都市を回って商売する帝都の商人の感覚で話してしまったよ。悪い悪い」


 なんだこの野郎、バカにしくさって。各都市回るどころか、こちとら世界跨いじゃってるっつーの。


「いえいえ、他の都市にも仕入れには行くつもりですよ」


「3人か4人で? へぇ、それは剛毅だねぇ。盗賊や魔獣相手にその人数で対処できるのかい? 魔術師やエルフでもいるならともかく……。ああ、それともハンターでも雇うのかな? さすが隆盛著しいエリシェの商人どのは羽振りが良いものだねぇ」


「……いますよ。エルフ」


「は?」


「エルフの奴隷ならいるって言ってるんですよ。あともう少ししたら魔術師も使い物になる予定」


 魔術師は俺だけどな。つか魔術師ってそんな戦力になるって認識だったんだな。例の魔術師の館のじじいはどう見てもイロモノ臭かったけども……。


「…………ああ。なるほどなるほど。こっちのほうじゃ、ターク族のこともエルフだと認識してるんだね。さすが田舎。耳が長ければみんなエルフにしちまう火の国の連中と同じだ」


「うん?」


「残念だけど、ターク族はエルフじゃないよってコト。エルフは金髪(ブロンド)に限る」


「へぇー。金髪(ブロンド)以外はダメっすか」


「ダメだね」


「じゃあうちの子はエルフじゃないのかもしれませんね。いやぁーまいったまいったー」


 やっぱ俺みたいなのが「持ってる持ってる! エルフ奴隷持ってる!」とか言っても信じてもらえないんだなぁ。エルフ奴隷は高級すぎて一部の王侯貴族や大商人しか持ってないって話だし。


「いくら田舎でもその勘違いは恥ずかしいよ。これを気に是正するんだね、はっはっは」


 そうして笑いながら去っていくポッチャリ。

 冷静に考えてみれば、帝都から出てきたばかりのボンボン商人とか格好の商売相手だったのかもしれないよな。エリシェの世事にも疎そうだったし。

 今度会ったら下手に出て、金引き出すべや。


 ポッチャリが去ったあと、おずおずとマリナが聞いてきた。


「……どうして姫のことを話さなかったのです? あれでは、主どのはバカにされたままであります。マリナはなんと言われても平気でありますが、主どのが貶められるのは我慢がならないであります」


「ん? いいんだよあれで。あの手合いは口で言ったとしても絶対に信じないしな。……そんなことよりマリナ、『なんと言われても平気』だなんて言うなよ」


 マリナはそう言われて不思議そうな顔をしていたが、一応は「了解であります」と言ってくれた。

 ちゃんと理解はしていないかもしれないが……ずっと差別の中で生きてきたのなら、すぐには無理なんだろうな。……でも、できれば、そういう意識はなくして欲しいもんだな。


 ま、奴隷として買った俺みたいのが言えた義理でもないんだけどねー。





 ◇◆◆◆◇





 市場の管轄は商工会議所で合っていた。

 空いている区画の使用権を期間単位で借りる(最低1(リング)。普通は月単位で借りるらしい)。賃料は月で銀貨1枚(100エル。つまり1.5万円)。安いっちゃ安いけど、店舗があるわけでもない、ただの一坪未満の場所を借りるだけだと思うと少し高い……ような? 借りようと思えば(金額的には)借りられるけど、場所がいまいち良いとこ空いてないんだよなー。

 借りるのは空いてさえいればいつでも借りられるというので、とりあえずは保留としておいた。売る商品も揃えなきゃならないし、しばらくしたら良い場所も空くのかもしれんし。


 商工会議所から出て、軽く神官ちゃんの顔でも見に行くかと歩いていると、広場に見知った顔があったので、話しかけた。


「こんなところで奇遇ですねへティーさん、こんにちは。ディアナも、なにしてんのこんなとこで」


「ごきげんようジロー様。今日は休暇だったのですか? ディアナ様が放逐されたと嘆いていましたよ」


「言ってないのです。へティーまで私を弄るのです」


 変わった組み合わせというか――ヘティーさんとディアナである。2人で広場でなんか話していたところだったようだ。


「ディアナは今日ずっとへティーさんと遊んでたのか?」


「ヘティーに頼んでいたものを受け取ったりしていたのです。……本当は帰ってからにするつもりでしたが……。ハイ、ご主人さま」


 そう言って、袋に入った棒状の物体を渡してくるディアナ。


「ん? なにこれ、俺にくれるの?」


「はい。私からのお屋敷の完成記念の贈り物なのです」


 ディアナめ、奴隷のくせに気を使いおって……。いや奴隷ってのもほとんど有名無実と化してるけども。


 袋の中身は、朱色の革製の剣の(さや)とベルトのセットになったものだった。

 俺の剣(魔剣のほう)に鞘がないからと、ヘティーさんに頼んでコッソリ採寸してあつらえてもらったのだそうだ。

 自分でもそろそろ鞘作ろうかと思っていたところだったので、素直に嬉しい。不意打ちだったんでよけい感動した。女の子にプレゼント貰ったのなんてマジで何年ぶりだ……。しかもこんな異世界で……。

 こうやってだんだん「もう日本どうでもいい率」が上がっていくのだなぁ。


「……ありがとう。本当にうれしいよディアナ。ずっと大切にするよ」


 そう言ってディアナの手を握ると、一瞬ボケッとしたあと、顔を赤らめて体を硬直させた。


「た、た、大切にしてくれるのです? わわわわたし、よろしくおねがいします」


「? あ、ああ。もちろん大切にするさ」


 なにか噛み合っていない気もするが、必要以上に照れるディアナがなんだか可愛くて俺まで照れてきたので追求はしないでおいた。

「いやぁ~初々しいわぁ」と遠い目で俺たちを見ているヘティーさんにも礼を言い、その日は帰ることにした。


 明日は、待ちに待った馬市が立つのだそうだ。朝、へティーさんが迎えに来てくれるとのこと……。

 馬買うとなると、早急に馬の世話ができる人員を雇わないとまずいな。

 ま、それは明日にもレベッカさんに相談してみるとしよう。








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