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ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑
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第46話  異世界市場は記念日の香り



 マリナに行きたいところがあるか聞いても、「マリナは奴隷でありますから、主どのに付き従うのみであります」などと言って譲らず、結局俺の行きたいところ――武器屋だの道具屋だの――を巡ったりしたのだった。

 決してデート的な甘さはなかったけど、マリナもなぜだか終始ご機嫌だったし良しとしよう。

 やっぱりさ、女の子は笑顔が大事ですよねー。ましてエルフちゃん(厳密にはダークエルフちゃんか)の笑顔となればそれだけで飯が美味い。余裕で5杯くらいは食べられるぞ!


 昼は市場の一角で出店している食堂で焼肉定食みたいなものを食べ(かなり塩辛かったけど、カルビっぽい肉が肉厚なのに柔らかくて美味かった。マリナの笑顔という調味料もあってよけいに美味しかった)、食後に茶を飲みながら一服をしているときにマリナに聞いてみた。


「朝、ディアナが『今日は特別な日』って言ってたけどなんのことだかマリナ知ってる?」


「えっ!? は、はい。…………知っているであります」


 聞かれると思っていなかったのか少し驚いてから、真剣みを帯びて答えるマリナ。


 えっと、なんか忘れてはならないレベルのスペシャルデイだったのかな? 異世界の祝日とかだとすれば、もともと知らないからアウトだし、第一、俺がこっちの世界の人間じゃないってもう言ってあるんだし、知らなくても仕方ないってのはわかってもらえるはず……。

 とすると、やっぱりなんか他にあるんだろう。なんだろ……?


「ふぅむ。マリナも知ってるとなると……? あ……、誕生日とかかな? そういえばマリナのもディアナのも聞いてなかったな。いかんなぁ、こんなことじゃ。よっしゃ早速プレゼントでも買いに」


「あ、いえ、誕生日ではないんです」


「あ、そうなの……。とすると……、なんだろ」


 うーん? 誕生日じゃないとなると、……全然思いつかないわ。

 まあ、この世界のことまだまだ知らないことだらけだからな……。マリナにとっての特別な日であることは確かなんだろうけど……、今日ずっとご機嫌だったのと関係があるのかな。


「いやーゴメン。やっぱわからんわ。降参」


「あ、いえ、謝らないでほしいであります。今日が……マリナにとって大切な記念日になったのは主どののおかげなんであります。主どのに出会えたから………、主どのがマリナを選んでくれたからあたし……、ぐすっ」


 なんだか急に涙ぐむマリナ。……正直よくわからないが、俺に出会ったことが関係しているようだ。俺も少し取り乱してしまう。


「特別な日って俺がなんかしたから……? いや、俺がマリナを選んだから記念日になったってことなのか? ……もし言いにくいことだったら、別に言わなくても良かったんだけど」


「……いえ、主どのには聞いて欲しいであります。…………マリナ、お母さんに小さいころ、ずっと言われてたんです。大精霊さまは必ず見守って下さっていて、いつかきっと導いてくれる。だから信じて前向きに生きなきゃダメだって……。でもあたし、ずっとなくて、でも信じてたけど、信じられなくて……、みそっかすだから、ターク族だから大精霊さまに見放されてるんだって……、でも……」


 つっかえつっかえ半べそで話すマリナ。大精霊さまって……ル・バラカか。なんか最近、存在すら忘れてたな……。

 そういえば、ターク族はあんまり精霊に愛されてないとかいう話だったっけ。


「それで、その大精霊と記念日とどう関係があるんだ?」


「ぐすっ、あたし……。あたし、はじめて、おっお導きが……、一気にふたつも出たんであります~~!」


 ワッと大泣きするマリナ。でも、どうやら嬉しくて泣いている様子。……こんなに盛大にうれし泣きする人はじめて見たな……。


 前にシェローさんがお導き達成したときも、小躍りして喜んでいたし、こっちの世界の人にとってお導きってのは、本当に大切なものみたいだからな……。マリナにとっては始めて出たお導きのようだし喜びもヒトシオってところか。

 しかし、マリナがいくつの時に祝福受けたかは知らんけど、今の今までお導きが一度も出なかったなんて、本当にずいぶん希少なんだなお導き。まあ、精霊石の異常な値段(安くて金貨20枚、つまり概算で300万円前後)から考えればレアなのはわかっていたけれど……。俺なんかお導き出まくりだけど、やっぱそれはこっちが異常なんだろう。


「いや、そういうことだったのか、おめでとう。よかったなマリナ。でも俺のおかげってこたないだろ別に」


「いえ、主どのに拾っていただいたおかげなんであります。これは主どのがマリナを導いてくださっているのと同じであります」


 真摯に純真な瞳で真っ直ぐ見つめてくるマリナ。

「うっひょ~! ダークエルフちゃんハケーソしますた! これはどうしたって保護するしかないwwww」みたいな気分で奴隷商でマリナを選んだとか、とても言えない……。

 そうとも……! 俺なんてそんなちゃんとしたご主人さまじゃないんだよ……。いい歳してニートしてるクズなんだにょ……。


「…………それでお導きの内容はなんだったんだ?」


 俺がいたたまれない気分でそう聞くと、マリナは一瞬とまどった顔をして言ったのだった。


「……『モンスターを倒してみよう』というものでありました。今なら武器もあるんで、弱いのなら倒せそうであります。それと……、もう一つあるんですが、もう一つのお導きはできれば――秘密にさせて欲しいんであります。……これはマリナのわがままでありますから、聞かれれば答えますケド……」


「うーん、秘密にしたいなら別にそれは構わないよ。せっかくの初めてのお導きなんだしな。『モンスターを倒せ』ってのは俺も同じお導きが出てるんだよ。一緒に倒せってことなのかな? ま、どっちのお導きも達成できるようにがんばろうぜ、マリナ」


「ハ、ハイッ! マリナ、ガンバルであります!!」



 ――――マリナは俺の奴隷ではあるけれど、口ではなんと言っても、本当にどこまで俺に忠誠を誓っているかなんてわからない……。


 マリナのことは可愛いと思うし、一生守ってあげたいとすら思うけれど、それは所詮は俺の……俺だけの感情でしかない。


 結局のところ、俺はマリナを自分の為の奴隷として、金で買ったのに過ぎないのだし……という負い目も(普段はそういう素振りは見せないが)ある。


 そういう諸々があって、俺はマリナの忠誠、マリナの気持ちを軽く見ていたのかもしれない。


 そのことを俺が後悔することになるのは、しばらく経ってからのことだったが。





 ◇◆◆◆◇





 昼食後そのまま市場をブラつくことにした。


 エリシェはハノーク帝国の中でも3つしかない他国との貿易が許された都市であり、それゆえか、帝都や他の自由都市以外の街とは比べ物にならないほど市場が賑わっているんだそうだ。


 ――そう。確かに広い。

 全部の店――といってもほとんどが屋台だが――を見ようと思ったら一日じゃあすべて見るのはきびしいかもしれない。それほどエリシェの市場は広かった。東京ドームで換算したら2個分くらいあるかもしれない。


 食料品店が多くある一角では、肉屋だけでも精肉店から食肉加工品店から野禽メインの店、はてには魔獣の肉(しかも高い)を専門に扱う店まである。獣を丸ごとで売っているところもあれば、鶏の類なんかは当然生きたまま売られている。当然、冷蔵庫なんかないから、そのままドーンと常温で並べている。  逆に魚を扱っている店は肉屋ほど多くないし、種類もあまり多くないようだ。やはり魚はあまり取れないんだろう。ただ、時々マグロサイズのでかい魚がテーブルに横たわっていて驚かされたりもしたが。

 野菜類を扱っている店も多い。日本でもよく見たような野菜(厳密には全く別の種類の野菜なんだろうけど)から、よくわからないトウモロコシとトマトの合いの子みたいなものまで、多種多様に揃っている。ナッツ専門店や、イモの専門店、チーズ専門店やらフルーツの専門店なんかもある。

 その他にも米屋、パン屋、乾物店、香草屋(あとで聞いたら香草屋ではなく薬草屋という括りなんだそうだ)、珍味屋(佃煮のような物体がツボに入って売っている)、茶屋(喫茶店ではなく茶葉店)などなど……。


 俺が気に入ったのは、フルーツ専門店だ。店先からは甘い香りが漂い、見たことのない奇抜な果物がトコロ狭しと並べられ、実に好奇心をくすぐるところだ。

 さらに、……まあ、市場だから当然なのかもしれないけど、なんと言っても値段がすこぶる安い。

 最初のころシェローさんとレベッカさんに連れられて屋台で食べた時、リリアラムというフルーツを食べたんだが、あれがその時3つで10エルだった。たしか、本当は一個4エルなんだけど3つ買うからと10エルに負けさせたんだっけ。

 それがここでは最初から1個3エルで、5個で10エルである。屋台で負けてもらって買った金額より最初から安いとか……。


 異世界の果物だ。さすがに、日本に持って帰って売ったりはできないけど(いくらなんでも謎フルーツすぎる)、親に食べさせてやるくらいはOKだろうと思い、リリアラムと他にも桃に似たフルーツとイチジクに似たやつをいくらか購入してみた。別行動してるディアナに対してのお土産にもなるしね。


 市場は大きく分けて、「食料品を扱うゾーン」「生活用品やら雑貨を扱うゾーン」「古着や古道具を扱うゾーン」「食堂街」となっている。

 俺がいままでネトオク向けに買っていたのは、この市場ではなく定期的に催される蚤の市であり、この市場の古道具屋ではまだ買ったことがなかったのだった。

 理由としては、中央広場で開かれる蚤の市と比べると距離的に離れてたというのもあるし(ずっと泊まっていた宿から1kmくらい離れている)、一般人が店を出している蚤の市のほうが「掘り出し物」が多そうだと思ったってのもある。

 それに……、市場の古道具ゾーンって独特の雰囲気があって、……ちょっと上級者向けというか、はっきり言うと怖かったっていうか……ね……。


 なので、まだ入ったことがなかったわけだが、今日は護衛(としては頼りないけど)のマリナもいるし、勇気を出して入ってみることにした。


「おおおおお!? なんだこれ。ハハハッ」


 今、俺がいるのは「古着や古道具を扱うゾーン」である。100は下らないであろう数の露店がひしめき、買い物客で溢れている。

 露店は商品を並べるテーブルに、カラフルな日除け用の布を取り付けただけの簡単なものが中心で、中には木製の小屋風のものや、テーブルどころか床に布を敷いて商品を並べているところもある。

 一口で言うなら猥雑であり、みな思い思いに(おそらくはより目立とうとして)カラフルに彩る為、なんともいえないカオス空間。あたりにはなんとも言えない香りが立ち込め異国情緒を醸している。



 雑多な商品、雑に売る店主、雑なディスプレイ……。

 ……なんというか、とても俺好みだった。


 そしてなにより、売っている商品が最高だ。


 蚤の市では、一般の人が自分の家から持ってきた品を売る……というのが大半だったので、ときどき「掘り出し物」があったとしても、基本的にはそれ一点でしかないし、程度もまちまちだったわけだが、市場で商売している人はプロというか、それを職業にしている人が専門にしている商品を販売しているわけで……。

 つまり「同じ種類の中古品が大量にあり選べる」のだ。そのぶん値段は蚤の市で買うよりは高いんだろうが、そうだとしてもこれは嬉しい。

 俺がいままでネットで売ったものを例に出すと、ランプ屋ならランプ屋があり、簡素な携帯用のものから装飾過多の豪華版まであるし、ドールならドールでやはり専門店があり(値段は高そうだが)、怖そうなオヤジが仏頂面で人形の髪を梳かしたりしている。

 そういったもの以外にも、古着の店では十分商品になりそうなシャツやワンピース、チュニックやローブ、果てはメイド服まで売っていたし、古道具屋ではカトラリーやら皿やらカップやらの食器類の専門店は言うに及ばず、ブレスレッドだのリングだのアンクレットだのリングだののアクセサリー類の店、動物(魔獣かも)のなめし皮を取り揃えた店、綿やらリネンのシーツや毛布(中古らしいが毛布はけっこう高い)なんかの寝具を売る店、小刀や短剣とメンテナンス用の油や砥石を売る店、ロウソク屋、古本屋、武器屋に防具屋…………。

 全然紹介しきれないほど、本当にいろんなものが売っているし、ずっと見ているだけで飽きない。古道具ゾーンを抜ければ食堂ゾーンがあって、屋台でもいろいろ買い食いできて楽しい。

 ――――まるで毎日が祭みたいだ。


「マリナ、俺は決めたぞ」


「は、はい! ……なにを決めたんでありますか?」


「俺はここに店を出すことにする。様子見で蚤の市で……みたいなまどろっこしいのはヤメだ!」






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