第42話 異世界拠点はマイホームの香り
みんなで屋敷へ向かう道すがら、天職板を開き「お導き」をチェックしておくことにした。普段あんまりってかほとんど天職板を見ない(実際、ほとんど変化ない)んで、お導きが新しく出ても気付かなかったりするからだ。
お導きは、前に魔剣を買った時に新しく2つ出ているのを確認しているので、そっから新たに出現してなければ未達成が6件ある状態のはずだ。
最近じゃ、もう自分の天職がなんだったのかすら忘れがちなんで、屋敷が出来て新生活が始まる前に、今ある材料をちゃんと確認しておかないとな。
剣士の訓練だって成長早いって言ってもらえたのだし、他のも上手くすれば修行次第で急成長できるのかもしれんのだし。
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【 名前 】
ジロー・アヤセ
【 年齢 】
21歳
【 性別 】
男
【 種族 】
人間
【 天職 】
【 固有職 】
〈スキル〉
〈スキル〉
〈スキル〉
【 バラカのお導き 】
・運命の大車輪(?・??????) 9/10
・御用商と商取引をしよう 2/3
・鉱山街に行ってみよう 0/3
・湖畔街へ行ってみよう 0/3
・モンスターを倒してみよう 0/1
・マイホームを手に入れよう 0/1
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おお、なんだか久しぶりに見た気がするな。天職板。最近は特にお導きの進展もなかったから……。
しかし我ながら天職多いな……。
と、そうそう。魔剣買った時に新しく出てたお導き、この「モンスターを倒してみよう」と「マイホームを手に入れよう」だったな。
モンスターのほうは、とりあえず達成の目処ないし(もうちょっと鍛えたらシェローさん監督の下、戦ってみようかと思ってるけど)、マイホームのほうは厳密にはもう手に入れてるんだけど達成にならないから、実際に住み始めないとダメなのか……? というところ。
運命の大車輪は相変わらずだし、御用商との商取引もとりあえず保留(エフタに高く売りつけるもん、なんか考えとかなきゃな)、鉱山街ことルクラエラや湖畔街ことヘリパももう少し商売が軌道に乗ったら……だな。
しかし、久しぶりに見たからか、鍛冶師だの細工師だの料理人だの――このへんの天職、もうあることすら忘れていたぜ。せっかく天職があるんだし、時間ができたらいろいろ試してみよう。
特に、鍛冶なんて日本じゃなかなかやれないけど、こっちならやる機会あるだろうし、ましてルクラエラは鍛冶の本場だっていうからな。趣味でやってるナイフ作りは楽しいけどブレード自体は鋼材をカッティングして刃付けするだけで、鍛造で刀身作ったりとかはしないからな。かなり憧れるところだぜ。
細工師の修行は、……市長の旦那のビル氏が腕の良い細工師だから、あの人に教えて貰うのがいいかもしれない。そうでなくてもビル氏には、彫金の仕事を頼んだりしていきたいしな。
料理人については、まあ、屋敷で暮らすようになったら自作でいろいろ作ってみよう。そうこうしてるうちに上達して、いろいろ作れるようになるのかもしれないってのは楽観的すぎるかな。
まあ、天職抜きにしても屋敷には大きいオーブンもあったし料理はしていきたい。それに…………マリナがどの程度料理できるのかわからないけど、なんかあんまり期待できない予感がするし、ディアナに任せると芋虫が出てきそうだからな……。
そういえば……、考えたことなかったけど固有職ってのも当然天職のうちに入るのかな。とすれば、これも修行次第でレベルアップしていく……? でも異界の賢者なんて物々しい職業には心当たりないし、スキルも真実の鏡以外は未だになんだかわからん状態。修行とかしようにもしようがないんだよね。それともひたすら真実の鏡使いまくってればいいのかな。正直ピンと来ねぇわ。
あー、やっぱり説明書が欲しいにゃー。
◇◆◆◆◇
「おおおおおお! すごい! きれいになりましたね! 花壇まであるじゃないですか!」
「ディアナ様が精霊魔法で木を退けて下さいましたから、屋敷だけじゃなく庭にも多少手をかけることもできたんです。もちろん屋敷のほうも万全ですが」
「私はほんの少し手伝っただけなのですよ。それに、ご主人さまの見つけたこの場所がこれほど精霊力に満ちていたからこその事だったのです。普通の場所では今の私ではあの程度の精霊魔法でも苦労するのよ」
「やっぱり精霊力に満ちた場所のほうが精霊魔法って使いやすいのか? 今度どんなことが出来るのか教えてくれ」
「でもさすがヘティー、仕事が早いわねー。陣頭指揮はお手の物ってところかしらー?」
「ちょ、ちょっと変に揶揄しないでよ」
「使用人用の離れまであるであります!」
「あれは馬小屋だよマリナ」
屋敷の敷地に入る。その変容ぶりは感嘆に値するものだった。
屋敷の庭はきれいに整地され、厩舎に井戸、日当たりの良い一角には花壇まで作られ、鬱蒼として薄暗かった最初のころからは考えられないほどに、清浄で明るく暖かい場所に変容していた。どうやら周辺の木も枝打ちして風通しを良くしてくれてあるようで、風の通りも悪くない。
馬小屋こと厩舎は馬4頭ほど収容できる半屋内式のもので、土台は石が使われており、なかなか堅牢そうだ。今はまだ馬はいないが、市が立つ数日中に手配してくれるそう。
自分の馬なんて考えてみると贅沢だよな……。だって馬主だよ、馬主!
とはいえ……やっぱり馬3頭の世話って大変そう。専用に馬の世話も含めたハウスキーパーを別口で雇うかしたほうがいいかもしれん。ただでさえ敷地も広いのだし……。村の若い娘とか安く奉公に来てくれないかなぁ……。
……ちょっと、その路線も考えてみるか……? 村に引越しの挨拶にいきがてら吟味とかしちゃって……。……そうしようそうしよう。
井戸は前にも見たが、簡単な屋根が作られ、新品のツルベも装備。ちょっと水汲みをやらせてもらったら、思ったより重労働だったが、井戸水は冷たくきれいだしなかなか新鮮な体験だった。
……でもこれ、手押しポンプ取り付けたほうが遥かに楽だよね。あれって案外安かったはずだしな……。でもあまりに風情がないな……。パッと見、中世ヨーロッパ風の屋敷なのに、そこだけ昭和になっちゃうみたいな……。
まあ、実際使ってみてあまりに不便だったら考えよう……。
屋敷も外観こそ同じだが、屋根から飛び出していた雑草やら、初日に写真とったクモの巣やらはきれいに除去され、壁も新しく上塗りし日光を反射するほどの白さ。もともと生えていたものか、低木の植え込みが可憐なピンクの花を咲かせている。
もうどこから見ても、ほんの数日前まで廃屋だったとは思えない立派な欧風の屋敷だった。
その後、屋敷の中も見て回ったが、漆喰の壁は新しく塗られているし、痛んでいた床板なども新しいものに張り替えられている。なにより屋内全体がきれいに磨かれていて見違えるほどだ。
暖炉には薪や火熾しの道具が用意されているし、花台には薄紫の小さな花を束ねたものが飾られ、食器棚には陶製の食器や水差しなどが並べられている。石釜のところにも薪が用意されているし、簡単な調理器具も用意してくれてあるようだ。さらに部屋にはベッドまでバッチリ用意してくれてある。お風呂場もきれいにしてくれてあるし、ちょっと覗いてみたら屋根裏部屋まで掃除してくれたようでホコリ一つない。
まさか食器とかベッドとかまで用意してくれてるとは思っていなかったんで、これは嬉しい誤算。日本でアパート借りる時みたいに、家財道具等は借主の持ち込みと信じて疑わなかったぜ……。
特にベッドが用意してくれてあるのは嬉しい。なぜかキングサイズが一個だけしか用意されてないのが玉にキズだけどな。ディアナとマリナのぶんは自分で用意しろってことなんかな。でもなぁ、買うと案外高いからな(ベッド本体とマットレスとシーツにかけ布団に枕、必要なら毛布も買わなきゃだから)、またわがまま言って買って貰っちゃうかなぁ……。でも、わかってて省いたんだろうし、……困るなぁ。
……なんつって。
まあ、これどう見ても「いっしょに寝りゃーいーじゃん、自前の奴隷なんだから」ってことなんだろうけれどね。
前に失敗してから、マリナに対しては無理強いしたくない気持ちだし、ディアナは「永遠の愛を誓え」って言うし、正直なかなか難しいんだよね。みんなで仲良くやってればそのうち
一通り見て回った後、へティーさんに改めて礼を言った。
「ヘティーさん本当にありがとうございました。ここまでキレイにしてくださるとは思ってなかったんで、感無量です。……ディアナも、これならお導きも早く達成できそうでござるって言ってました」
「言ってないのです……。でも、屋敷のことは本当に感謝しているのですよ、へティー」
せっかく話振ってるのにいまいちノリの悪いディアナ。お前が住むところが必要だからって
「いえいえ、これはあくまでソロ家としての事業ですから礼は結構ですよ。どうしてもと言うなら、若がエリシェへ来たときにまたお願いします」
「ああ、そういえばヘティーさんはソロ家の使用人……というかメイド? なんでしたっけね。元傭兵団長という印象のほうが強くて忘れてました」
「そんな…………こんなに完璧なメイドルックしてますのに……。私ってそんなに
ジッと見詰め返して聞いてくるヘティーさん。
うーん。まあ、ぶっちゃけ華奢ではないわな。でも、そういう見た目とかじゃなくて――。
「えっと、いやすみません。そういう意味じゃないんですけど……、なんていうか威厳があるというか、オーラが違うんですよね。正直言ってエフタさんよりずっと貫禄ありますし」
「ま、へティーが男勝りなのは今更よねー」
「酷いわねベッキー。私のは……そう、これは気品よ! 気品が滲み出ているのよ!」
「ああ、確かにすごく気品ありますよねヘティーさんって。宿で最初会った時は、どこのご令嬢かと思ったくらいですから」
「さすが、ジロー様は見る目がありますね! ……コホン。屋敷も完成しましたし、明日にでも竣工式もやりますでしょう? そちらのほうも私のほうで仕切らせていただきますから安心しておまかせください」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
竣工式! そういうのもあるのか。
リフォームっていうか、掃除メインみたいのだったからな、棟梁達に酒の一つも振舞ってないし屋敷の披露も兼ねたパーティーを開催するってことかな。
まあ、こっちに全然そういうの呼ぶような知り合いいないし簡単なもんで構わないんだけど。
あ、商工会議所のトビー氏だけは忘れずに招待しないとな……。奴め、目を剥いて驚くに違いない……。
◇◆◆◆◇
次の日の午後に、屋敷の庭で竣工式は行われた。
竣工式と言っても、結局のところただの飲み会だ。
へティーさんが、屋外用にテーブルや食器、当然料理や飲み物も用意してくれたので、俺らは基本的になにもしなくてよかった。
パーティには、シェローさんとレベッカさん、神官ちゃんに商工会議所のトビー氏。あとは俺とディアナとマリナ、へティーさんに職人軍団。人数だけでいうとかなりの規模のパーティだ。食べ物や飲み物もすごい勢いで減っていく。
俺はせっかくのパーティだからと思って、午前中のうちにこっそり日本に戻って、簡単なお菓子や酒やなんかを買ってきて並べてみたんだが、ポテトチップスやチョコ菓子なんかは違和感なく受け入れられたようで、若い職人衆やエルフっ子たちには特に好評だった。日本酒あたりはシェローさんや年配の職人なんかに好評のようだったが、若い層にはあまり口に合わなかった模様。
食べ物系はときどきお客さんを招待したときにでも出してみて、マーケティングしてみたら面白いかもしれないな。
ま、正直無理に食べ物を商売にしようと思わないけどもね。利益率低そうだし。
トビー氏は屋敷を実際に見るまでずっと半信半疑の様子だったが、屋敷があるのを確認して本当に目を剥いた。まあ……、ここに屋敷があるっていうの自体を最初から信じてないようだったしな。
レベッカさんに「いつも人の言葉の裏を読もうとか思ってるからそうなるのよトビー君」とか言われてて、なんか気の毒だったな。
神官ちゃんは、この場所の精霊力の濃さに驚いたらしく「た、たまに遊びに来てもいいですか?」なんて聞いていた。ディアナに。
できればそれは俺に聞いて欲しかった! もちろんOKだけど!
……まあ、ゆっくりプレイスについてはエルフ同士のいろんなアレがあるんだろうからな……。
結局その日は、式らしいことはなくみんなで夕方まで飲んで食べて歓談して過ごした。こんな感じなのがこっちの世界の竣工式なんだろう、きっと。
へティーさんと職人軍団と神官ちゃんが「また来ます~」なんて言いながら帰っていき。俺とディアナとマリナ、シェローさんとレベッカさんが残った。
さて……いよいよ今日から、この屋敷での生活がはじまるのだ。
でもその前に、例によって酔い潰れて寝てるシェローさんは置いといて、3人に予定通り鏡のことを打ち明けようと思う。
これからは、この屋敷を拠点として貿易してくんだから、みんなが鏡のことを知らないとやりにくくて仕方がないからな。