第41話 剣術訓練は死の香り
「どうしたどうした! もうヘバッたのか?」
「あと50合ほどしのげたら休憩にするか」
「でも一歩でも下がったら50追加だぞ?」
「大丈夫。人間そう簡単には死なないものだ」
「攻撃する為に受けるんだ。受けるために受け始めたら終わりだぞ」
「足元がお留守ですよ」
向こうへ戻って洋服を買ってきた次の日から、予定通りレベッカさんに剣と馬を教えてもらう……つもりだったのだが……。
「ジロー、剣とか馬とか教えるのはいいけど、時間はあるの? どうせやるならある程度みっちりやりたいし」
「屋敷が完成するまでは特にないんで、時間は問題ないですよ」
「ならあと3日くらいは大丈夫かな。じゃ、ジローはあっちねー」
と飛び切りの笑顔で指し示す先に
狩りの仕事を休んで特訓に付き合ってくれるのは嬉しいんだけど……、シェローさんの教え方って、なんと言うか……苛烈っていうか……、情け無用っていうか……、ハッキリ言うと殺される寸前っていうか……。
1日目は、
両手剣を片手に持って、まさに片手間といった風情で切りつけて来るシェローさんの攻撃を、練習用として買ったトゥハンドソード(クソ重い)で受け続ける。袈裟、唐竹、薙、切り上げ、ときどき刺突。
手加減してくれてるというより、全く力が入っていない攻撃……なんだけれど、10kg近くあると思われる大剣が間断なく体に迫ってくるのを、延々弾くだけで精神的にもキツイし、なにより運動不足気味の体にはクソ重いトゥハンドソードを振り回してるだけでも十二分に過酷すぎる。さらには、腕だけじゃなくて、常に正面に立たないように位置取りしなきゃならないから足も使うし、要はこれ全身運動。……正直言って最初は素振りから始まってほしかった! ――シェローさん曰く、「実戦式の訓練なのでジローもどんどん攻撃してきて欲しい」とのことだったんだが……、「レス乞食なのでどんどんレスして欲しい」みたいに言われても無理なもんは無理だ。そりゃあ実戦形式のほうが上達が早いってのは理解できるけど……。
本当に何度も斬られそうになって、小便チビリそうになりながらも避けることもままならず、なんとか剣で弾くのが精一杯。それでも迫り来る死に対して本能だけが抗っている感覚。
いつまで経っても終わらない剣戟、消失する時間感覚、感覚が麻痺し上がらなくなる腕、笑う膝、ボンヤリと受け入れる死。
お気楽に知り合いに剣なんか教えて貰って、剣の腕も上達しちゃって外敵対策もバッチリね! なんて気分でいたのに、突然非日常の世界に引き込まれてしまった感じというか、――いや異世界に来ている時点で十分に非日常なんだが――とにかく、シェローさんの訓練はいきなり生きるか死ぬかのガチバトルであって、ついこないだまでコタツに入ってミカン食いながら携帯ゲームやってたような男には……ギャップがありすぎる……。
結局、訓練は休憩を挟みながらほとんど一日続けられた。2重の意味で死にそうだ…………。
次の日も、
ハッキリ言って、一日目から疲労困憊してしまい到底昨日の今日で回復するようなものではなさそうだったのだが、朝起きたら筋肉痛もほどほどで、思ったより元気な自分を発見した。
昨日は、夕方にはもう1cmも動きたくないほどヘトヘトだったが、なんとかヘティーさんの馬車に乗り込んで宿に戻って夕飯を食べて、そのあと朝まで泥のように眠った。
しかし…………、グッスリ寝た(なんせ夕方から朝までずっと寝てた)からといってこんなに回復するものだろうか? 異世界だし、ゲームみたいに宿屋で一泊すると全快みたいなのがあるのかなぁ。
訓練の内容は昨日と同じだった。昨日よりは、シェローさんの動きが見えるようになってきているように思う。わざと隙を作ってくれているんだろうが、ときどき避けることもできたし、攻撃らしきものも午後には数回入れられた(軽くいなされたが)。少しは慣れたのかな?
シェローさんは基本的に「どうしたどうした」とか「いいぞいいぞ」とか「そこだここだ」とか「ボディが甘いぜ」とか、そういう言葉しかくれないんで、上達してるのかどうかイマイチ感触がないんだよな。
まあ、マンガなんかで得た知識を総動員していろいろ試してみてはいるけれど……。「円の動き」とか「交差法」とか……。それは空手か……。
訓練……というか修行? が終わってからは、また同じように宿に戻ってグッスリ寝た。こないだ戻った時に着替え用意しておいて良かったわ、避けるのにそのへん転がったりするからドロだらけだし、なにより汗で塩浮いとる。
3日目は、
3日目ともなるとこの非日常的な訓練もだいぶ慣れた。弾くだけじゃなくて、避けたり攻撃したりだけじゃなく、シェローさんの攻撃を受け流しての攻撃なんかも時々できたりもした。ま、全部軽くいなされてるんだけどね……。
とはいえ、クソ重いトゥハンドソードもだいぶ使い方がわかってきたのか、最初ほど重さを気にせず使えるようになってきた。こないだのマリナの言い分じゃないが、動きの流れを作ればそれほど疲れずに振れるのだ。ま、さすがにマリナみたいにグルグル回ったりはしないけどな。
これで同じ両手剣でも、はるかに軽い魔剣に持ち替えたりすれば、もっとずっと自由に振れるだろう。逆に軽すぎてやりにくくすら感じたりしてなー。
しかし3日間、実戦形式でミッチリやったとはいえ少なからず上達してそうだし、これは意外と才能あったのかななんて自惚れちゃうね。
それに天職がある通り「向いていた」からか、何度も命の危険感じるような訓練なのに、無心で剣なんか振っちゃってるのが、なんだか楽しいんだよな。マゾっ気があるのかなぁ俺……。
――という話を(マゾ云々は抜きで)昼時にしたら「才能はそりゃ当然あるんでしょ。『剣士』の天職があるんだから……。剣に関しては私たちの誰よりも上手くなるはずだわよ」なんてレベッカさんに言われてしまった。でもレベッカさんやマリナは騎士の天職持ってるんだし、ポテンシャル的には大差ないんじゃ? と聞けば「剣士は剣の専門家だからねー。騎士には剣だけじゃなく槍や盾や乗馬やらなんやら含まれるから」だとか。
「剣だけ」と言うとなんとも潰しの利かないイメージだけど、その分短期間で上達しやすいのかもしれない。ま、上達したとしても護身用に多少役に立てば御の字といったところだろうけどもなー。上手い=強い、てわけでもないんだろうし。
「とすると、やっぱり剣士ってのは攻撃特化の天職になるんですかね。僕としては戦ったりしたいってわけでもないんで、身を守れる程度になれればいいんですけど」
昼時にシェローさんに聞いてみた。戦闘系の天職がどれくらい種類あるのかは知らないけど、他の「戦士」だの「騎士」だのよりは攻撃特化くさいっていうか、盾役は到底できなそうっていう感じだからな。
「傭兵団のころにも剣士の天職持ちの奴、数人いたがな、……防御など考えずに敵に突っ込んでいくようなのが多かったぞ。盾なんか絶対に持たないしな。攻撃特化と言えばその通りだが、最初から防御とか考えてないイカれた奴ばっかりだったな」
「な、なるほど……。とすると、剣士が攻撃特化な天職っていうより……」
「そう、恐らくは剣士の天職を持ってるような奴が『攻撃特化な性格』な事が多いということなんだろうな。だからか、訓練の足りない剣士はたいてい真っ先に死んだ」
「oh……。じゃあ僕もそういう攻撃好きな性格が隠されてるんでしょうかね……。全く自覚はありませんけども」
「うーむ……、訓練じゃそこはわからないところだなぁ。実戦になるとハイになる奴も多い。だが、安心しろジロー。この3日間の訓練で防御に関してだけはそこそこいい線いってるはず。この調子で訓練続ければ、そのへんの盗賊山賊に簡単にやられることもないはずだ。ま、攻撃に関してはまだまだだがな」
「そうなんですか? 確かに剣の扱いにはだいぶ慣れてきたかなとは思いますけど、まだたった3日ですし……、防御メインとはいえ、そこまで上達したって実感があるわけでもないんですが……」
「まだ近接攻撃を防ぐ訓練しかしてないからな。……だがこの訓練を3日続けてもケロッとしてられるだけでも十分大したものだぞ。傭兵志望者の選抜試験にするほど過酷な訓練だからなコレは……」
「やっぱりそんなハードな訓練だったんですか……。最初は本当に死ぬかと思いましたよ……。今でもまだキツイですが」
「いやぁ、俺もな、コレはすぐに音を上げるのかと思ってたんだがね。思いのほかジローが頑張るんでそのまま続けたが……。ま、その甲斐あって、予定よりもずっと早く上達できてるんだが…………正直言うとな、かなり驚いているんだよ」
「?」
「天職持ちとはいえ、――上達が少し早すぎる」
シェローさんが言うには、この3日間続けたような訓練は傭兵時代によく入団志願者相手にやったものなのだそうだ。
傭兵になりたいなんて言って来るようなのは、戦闘系の天職を持った奴がほとんどで、その大半が自信満々でやってくるもんだから、訓練と鼻っ柱を折る意味も兼ねてあの辛い訓練(を兼ねた選抜試験)をやっていたんだとか。
だから、まあこの手の訓練は何度もやっているそうで、その中でも俺は上達が早いというか適応が早すぎる……とのこと。
本当に才能があったってことなんだろか。喜んでいいことなんだろうけど、あんまり自覚がないんだけどなぁ……。言ってみればシェローさんとチャンバラしてただけだからな……。
「ジロー。気付いてないかもしれんが、初日はいつでも剣を止めれる速度でしか振ってなかったが、今日なんかはもう普通に振り抜いてたんだぞ。さすがにまだ本気を出してるわけじゃないがね」
マジでか……。言われてみれば今日あたり剣を両手で持ってる場面が多かったような……。
夢中になってて気に留めてなかったな……。
ま、神官ちゃんも、天職があるならどんどん成長できるし修行も楽しめるはず、とかなんとか言ってたし、まさにその通り、楽しんで上達しちゃってたってことなんだろう。
とはいえ、上達した剣の腕を使わなきゃならない場面にはなるべく遭遇してほしくないけどね。獣なら戦う覚悟できるかもだけど、人間相手に殺し合いする度胸はないもの。
◇◆◆◆◇
次の日の昼食時に、へティーさんが訪ねてきた。ついに屋敷が完成したのだ!!
そんなわけで午後はみんなで屋敷を見に行った。あの荒廃した場所がどうなったのか楽しみだぜ。
と、――話は変わるが、レベッカさんとディアナとマリナの訓練は主に天職持ちのマリナを2人で寄ってたかってイジめるというものだったらしい(ディアナ談)。ディアナの訓練は基本的に弓の練習だけで、狙う的はマリナ(当然模擬矢だが)。しかもそのマリナはレベッカさんと「実戦訓練中」であり、マリナにはレベッカさんと戦いながら自分を狙う矢を落とす(か避ける)のを要求されてたのだそうだ。
しかも、その訓練をメインとして、森に入って野獣との戦闘訓練やら、レベッカさんとディアナの2人が射る矢をひたすら落とし続ける訓練やら、ハルバードで木を切ったり薪を割ったりとか、馬上から弓を射ったりとか、かなりバリエーション豊かなものだったようだ(馬の練習も空いた時間にやったらしいから、あっちはあっちで相当ハードなプログラムだったみたい)。
レベッカさんは「あの子はジローの盾なんだから、『使えない』んじゃ話にならないからね。ま、家も近いしこれからジックリ仕込んでやるわよ」などと、これからもシゴく宣言しててなかなか怖い。まあ、当のマリナが「タイチョーどののが鍛えてくれて、マリナ、どんどん強くなってるであります! 主どののお役に立てるようにガンバルであります!」とか言っちゃって前向きだから、問題ないんだけどもね。