第35話 黒き魔剣は一点物の香り
「レベッカさん、どう思います? この剣」
「え~? ずいぶん錆びてるわね。そんなのよりこっちのほうが……」
そう言って、そのへんの少し小ぶりのトゥハンドソードを手にとるレベッカさん。魔剣はお気に召さないようだ。
鑑定した感じ、魔剣だからって別に呪われるわけでもないようだし、値段次第ではあるけれど、表にうっちゃってあったくらいだし高くはないだろう。
だいたい、所有者名も入ってないし、この店の物だという証拠すらないようなもんだよねー。
結局、レベッカさんお奨めのトゥハンドソードも買うことにし(訓練用にはいいかもと思った。重たいし。素振り用のバット的な……)、さびついたつるぎ-2、ミスリルガントレット+2、滅紫のハルバードに魔剣ハートオブブラッドと合わせて店主のところに持っていった。
問題は全部でいくらになるかだ……。全部買っても金額的に余裕があったら、他にもう少し買いたい物もあるにはあるんだが……。考えてみたら錆びたやつの研ぎ直しの費用も残さなきゃならないからな……。
ま、実は値札付いてたやつだけでも予算オーバーしてるんですけどね。
「はいよ、全部で2000エルね。たくさん買ってくれたから少しマケておいたよ。しかし、こんな錆びた剣を買うなんて物好きなお客さんだね」
出た! どんぶり勘定!
値札付いてた武器は、ハルバードとトゥハンドソードとミスリルガントレットで、それぞれ1250エル、300エル、450エルだったはずだ。
つまり、さびついたけん-2と魔剣は実質タダ!
うふふ! タダ! いま (実質)タダで買い物しているの。
「この剣ってなんですか? ただのロングソードとも少し違うみたいですけど。それと値段はいくらだったんです?」
と言って魔剣を指し示す。俺は鑑定があるから、剣の名前も能力もわかるけど、普通はそういうのわからないんだろう。だとすると、この魔剣はいったいなんだと思って売ってたのかという話で、ちょっと気になる。
「ああ……、その剣はうちに昔から置いてある物なんだがね。錆びも落ちないし、変に重いしでぜんぜん売れず、売れてもすぐ返品されるという曰く付きでね。お兄さん買ってくれるならと思ってタダ同然にしといたよ。だから、できれば返品はしないでおくれよな」
「普通のロングソードではない……ということですか?」
「ロングソードはロングソードだと思うが、そのわりには重いし錆びも落ちないからな。普通の金属で作られたものではないのかもしれん……。まあ、なんにせよ俺の代でそいつを買ってくれたのは、お兄さんがはじめてだ。もし返品するときは詳しい理由を聞かせてくれよな」
返品するのが前提なのか……。
つか、錆びが落ちないってのがまず問題なんじゃないんだろうか。錆びてたらやっぱ実用するには気分悪いしなぁ。俺も錆び落としできなかったら返品しよう……。
つか、しきりに重い重い言うけれど、そんなに重くないんだけどな、この剣。普通のロングソードのほうがよほど重いと思うんだけどどうなんだろ。
ためしにレベッカさんに持ってもらう。
「う~ん? 確かに変に重いわねー? これじゃあ仮に使えたとしても変な癖が付くわよジロー。やめといたほうがいいんじゃない?」
俺が片手でも持てる程度の重さなのに、俺よりはるかに力ありそうなレベッカさんが両手を使って持ち上げている。……おかしいな? そんなに重かったっけ。
そう思い、魔剣を受け取るとやはり別にたいして重くない。魔剣とかいうだけあってなんかやっぱり違うのだろうかな。
まあ、考えても仕方がないわ。
2000エル、つまり金貨2枚はちょっとした出費だけれど(日本円だと30万円近い金額だよ!)、この内容なら悪くないだろう。さっさと買っちゃうべや。
これからだんだん、鎧みたいなもんとかも買ってったりしたいけど、それは次回以降だなや。もう実弾がない!
「まいどあり~」
店を出ると、ディアナが話しかけてきた。
「ご主人さま、その剣を装備するのですか?」
「その剣」とは俺が片手に持っている魔剣のことだろう。レベッカさんが持っても重く感じるとのことで、俺が持っている。その他のものは、みんなで分担している。
「装備? というか、使ってみるつもりではいるよ。せっかく買ったんだし」
「では装備するのですね?」
「あ、おお。
俺がそう言うと、お導きを達成したときと同じような妖精だか精霊だかがポンッと出現した。でもお導きの時と比べて地味な服装だし、同じやつではないのかな?
「魔剣ナンバー4『ハートオブブラッド』をプレイヤー『ジロー・アヤセ』のユニークウェポンと承認します。偽装は解除されます」
ポンッ。
いつもの無礼なやつじゃない! つかプレイヤー? ユニークウェポン? 偽装?
妖精が消えると、同時に黒い光? とでもいうべきものに包まれる魔剣。驚いて剣を手から離してしまう。
「ちょ、ちょっとどうしたの? 剣落っことしちゃって」
「あ、いえ、なんでもないんですけど……。って、お、おお……、キレイになってる」
「え? え? なにが? ってこれって、さっきの剣? なにがあったのー?」
剣は、錆び錆びの姿から全く違うものに変わっていた。いや、形は変わってないんだが……。
わずかに青みを帯びた黒い刀身は濡れたような艶があり、なるほど濡烏色だと納得できるものだ。もともと黒色の刀身ではあったが、あれは黒錆ってわけでもなかったのだろう。妖精も「偽装を解除」と言っていたし、そう見えるように偽装されていたのかもしれない。
柄は血液を思わせる朱色で、形こそ同じだが、吸い込まれるように鮮やかだ。鍔と柄頭に、赤サンゴのような石がはめ込まれている。
やだ……カッコイイ……。
さっきまで錆び錆びのザラザラだったのに、偽装解除であら不思議、テカテカのツヤツヤに!
そりゃあレベッカさんも驚くよな。俺だって驚いてるけど、もともとファンタジー世界だと思ってるから、一周して慣れた感じもなくもないんだぜ。
魔剣を手に取り、もう一度真実の鏡で見てみることにする。
買ったときは所有者名が「なし」だったけど、これで、俺の名前が入るんだろう。
――――――――――――――――――――――
【種別】
近接武器
【名称】
【解説】
千の魔獣の血を吸い赤く染まった魔剣
近接戦闘職が装備可能な剣
魔術色『濡鳥』により回避率上昇の加護を付加
魔剣固有スキル『吸収』の呪いを攻撃対象に付加
魔獣に対してクリティカル率上昇
【魔術特性】
回避率上昇 B
吸収 C
対魔獣 A
【精霊加護】
なし
【所有者】
ジロー・アヤセ
※譲渡不可
――――――――――――――――――――――
おお……、-1が消えてる。研ぎ直さなきゃダメだと思ったけど、儲かったわぁ……。
さらに、譲渡不可だそうで……。
妖精がユニークウェポン、つまり固有武器だって言ってたから「※譲渡不可」なんだろうかな。でも俺の固有の武器だとしても、別に他の人に譲ったとしてもよさそうな気もするがなぁ……。まあ、そのへんのわからんことは、考えてもしかたがないか……。どうせ譲渡するつもりもないし。
しかし、魔剣かぁ、見れば見るほどの惚れ惚れとする格好良さだなぁ。抜き身で売ってたからそのまんま買ってきちゃったけど、柄と色揃えた鞘も作らなきゃね。祭の時の、レベッカさんたちを見たときから、俺も佩刀してみたいなんて思っていたけれど、その夢が魔剣で叶うってのも、ファンタジー世界ならではだなぁ。
さらに、新しいお導きも2つ発生していた。最近は、お導きずっとなかったからありがたい。精霊石も2つしか持ってないし、あればあるだけ嬉しいものだからな……。商売が上手くいってお金持ちになれば、お金で買うこともできるんだろうけども。今はまだそれをやる段階でもない。精霊石の種類によっての使い道の違いもいちまちまだ判然としないしな。
レベッカさんは剣の変成を不思議そうに見ていたが、特になにか追求してきたりはしなかった。マリナは「おおー」と目を真ん丸くしており、ディアナは目を細めてなんとも言えない表情。
「ディアナ。
「いいえ……。私はなにも知らないのです。ただ、その剣は装備しなければならないって……、ほとんど無意識で……」
そういって、ディアナ自身も困惑している様子。
こういうときは深く考えすぎてはいけない。すべて大精霊様の思し召しだということにしておこう。
だんだんこの世界のそういう部分に慣れてきた俺であった。
◇◆◆◆◇
夕方になって、屋敷の整備の一団とヘティーさんが戻ってきた。
ディアナの精霊魔法で庭や屋敷までの道の整備でかかるはずだった時間を、ほとんど丸ごと短縮できた上、屋敷自体もそれほど痛んでいないとかで、上手くすると1週間もかからずに完成できるのだそうだ。
これは嬉しい誤算。これはひょっとすると屋敷で正月を過ごせるかもしれないな。
その後、約束通りへティーさんを交えてみんなで食事というか、一杯やるためにヘティーさんお奨めの店に行くことに。
俺たちも一度宿に戻り、荷物を置いてから身軽に出かけたのだった。
へティーさんのお奨めの店は、宿から大通りに出て歩いて20分ほど先の住宅通りにある洋風居酒屋とでも言うべき店だった。
赤いシェードと、オレンジに輝くランプの明かりが印象的な、オシャレな店だ。基本は他の家屋同様の石作りながら、要所要所に木の柱を配し、店内は漆喰が塗られ清潔なイメージ。大通りには酒場! という印象が強い飲み屋が多く、そういった店を予想していただけに、良い意味で予想を裏切られた。
それほど広くないテーブル席に付き、おのおの飲み物を注文する。食べ物はお奨めの品をヘティーさんが注文してくれ、異世界の飲み会は始まったのだった。
つーか、男俺一人だし、これほぼ女子会ですよね。
「いやぁ、雰囲気あって良い店ですね。ビールも美味いです」
「そうねー。へティーがこういう店知ってるなんてちょっと意外だったわ」
「気に入ってもらえたようで何よりです。ベッキーが私をどう見ていたかが気になりますけれど」
そういいながらワインをやるヘティーさん。レベッカさんもワインをグイグイいっている。やけにペースがはやい。
俺とディアナとマリナは一杯目はビールを注文した。ディアナはけっこう飲める口だが、マリナはさほど飲めない。まあ、俺もそれほど強くはないが。
レベッカさんとヘティーさんはもともと知り合い。やはり積もる話があるらしく、飲み会は2人の会話からスタートしていった。
「だって……。へティーの食事のイメージはどうしても、野戦食って感じなんだもん」
「あれは戦場だったんだからしょうがないでしょ!」
「戦場だからって、ビーストワームの踊り食いなんてやる女はヘティーくらいのものよー?」
「ちょ、ちょっとやめてよ。イメージが崩れるでしょ!」
やっぱり仲良しのようだ。上品なメイド然としたヘティーさんも、ハシャイだ時期があったらしく、レベッカさんと話す時は素が出るのか、かなり砕けた様子だ。
それにしても戦場かぁ。ちょっとそのへん聞いてみるかな。
「お2人は同じ傭兵団だったんですか?」
「そうねー。同じ傭兵団だったとも言えるし……」
「別の傭兵団だったとも言えますね。いえ……厳密には完全に別の傭兵団でした。私たちは。ありていに言えば敵同士だったんです。……ベッキー、あなたの天職のこと、ジロー様は知っているの?」
「いいえ。言っていないわ。……まあ、別に隠してるわけでもなかったんだけどねー。……ジローは私の天職がなんなのか知りたい?」
「はい。知りたいです。実はずっと気になってました」
実際に気にはなっていた。なにをしてもソツなくこなす印象の強いレベッカさんだが、なんかしらの本業……というか天職があるはずだと。魔法使い系ではないにしても、傭兵やってたみたいだし戦闘系だろうとは予想できるんだが……。
「ジロー様。もしベッキーの天職を聞くのが、ただの興味本位であるならやめておいてあげてください。……その、彼女の天職は少し特殊ですので」
「天職を聞くってのはあんまり行儀の良い行為ではないんですか? 確かに僕も天職を聞かれたら答えにくいですが……。すみません、レベッカさん、ちょっと配慮が足りなかったかも」
「ううん。いいのよ私、ジローのことは信じられるわ」
そう言ってやわらかく笑うレベッカさん。少し酔ってかわいいモードに入ってるレベッカさん。
「あーらら。ベッキーったら。それってそういうことなの?」
「内緒よー」
そういうことってどういうことや。2人の会話は秘密めいていて、時々よくわからないことがあるな。
しかし、「少し特殊な天職」か……。俺の
「僕もレベッカさんのこと信頼していますし、興味本位で聞いてベラベラしゃべったりとかありえないです」
「だ、そうよ、ベッキー。よかったわね」
「うふふ。じゃあ、教えちゃおっかなー。……なんてもったいぶるほど変わった天職でもないんだけどねー? 言いふらされると恥ずかしいっていう程度のものよ、せいぜい。……それでぇ、私の天職は――」
一拍溜めてレベッカさんは言った。
「――