フジタ未来経営研究所の理事長、国際研究奨学財団の理事というふたつのポストを射止めた段階で、副業はすでに成功していたといえる。竹中個人の九七年の申告納税額は一九五八万円で、高額納税者の仲間入りを果たしている。
この年以降、毎年高額納税者となっていて、小泉政権の閣僚となる前年の二〇〇〇(平成一二)年の納税額は三三五九万円に達している。所得はおよそ九〇〇〇万円程度と推測される。ほかにヘイズリサーチセンターや家族などに分配された利益があると考えると、政策コンサルタントとして稼いだ収入は莫大なものだ。
竹中が卒業した一橋大学の同窓会組織「社団法人如水会」の元事務局職員によると、ヘイズリサーチセンターが設立されてまもないころ、講演を依頼しようと連絡をとると、「講演料が基準に満たないから」といって断られたという。
シンクタンクにかかわる以前から、資産形成に対する努力には並々ならぬものがあった。九〇年代前半、アメリカと日本を股にかけて生活していた四年間、竹中は住民税を支払っていなかった。
地方自治体は市民税や都道府県税といった地方税を、一月一日時点で住民登録している住民から徴収する。したがって、一月一日時点でどこにも住民登録されていなければ、住民税は支払わなくて済む。
竹中はここに目をつけ、住民登録を抹消しては再登録する操作を繰り返した。一月一日時点で住民登録が抹消されていれば、住民税を払わなくて済むからである。