第28話 売れ残りは涙の香り
「いやぁ、案外楽しめたな。高い金出して入ってがっかりするだけの代物の可能性も考えてたんだが」
「こ、こんなに楽しいのはマリナは初めてでありました」
「それなら俺もうれしいよ。ディアナはどうだった?」
「……ありがとうございます。ご主人さま。奴隷の私たちにもこのような見世物をお見せいただけて。魔術をじかに見るのははじめての経験でしたが、とてもすばらしいものだったのです」
「なに急に。……ディアナってひょっとしてキャラ作ってるの? 口調も変だし」
「キャラ? ってなんなのです? それに私は変な口調なんかじゃないのです。ご主人さまは私にはなぜか厳しい気がするのよ」
「別に厳しくはないつもりだがな……。ディアナは物知りだし頼りにしているよ」
「そ……それならいいのです。ご主人さま、……私をもっと頼ってもいいんだよ?」
「お、おお……これから頼らせてもらうよ。……2人ともな」
「マ、マリナも足を引っ張らないようにがんばるであります!」
「……ところで、ご主人さまは魔術師の天職を持っているのです? 私、ご主人さまの天職は商人だとばかり思い込んでいたから……。だから、さっきは本当に驚いたのです」
「天職か。商人も魔術師もあるぞ。あと、宝石学者もある」
「トリプルジョブ!?」
「おー。主どのは3つも天職があるのでありますか?」
「一応そうだが、祝福を受けたのが最近だからな。形だけの天職だよ。あ、そういえばディアナの天職ってなんなんだ? まだ聞いてなかったよな」
「………………」
「ん? どしたの?」
「…………未設定」
「なんて?」
「……ですから、私の天職はまだ『未設定』なのです」
「え? もう少し詳しくよろしく」
「……このあいだの契約のことがあるから、またズルっぽくてあまり言いたくないのですけど……、ハイエルフ族は
「マジか。選べるってことは、好きに『魔術師』でも『剣士』でも選べるってこと? あ、固有職も選べるのかな?」
「固有職はさすがに選べませんけど、既知の職業ならばなんでも選べるはずなのよ。……ご主人さまは何の天職がいいですか? 私はご主人さまの奴隷。……天職はご主人さまに選んでほしいのよ」
「んん? 天職は一生付き合ってくもんだろう? いくらなんだって俺が選ぶってのはな……。ディアナだってそろそろ目星付けてるやつあるんじゃないの?」
「…………アリオッシィ……。……奴隷だって……」
「?」
「わ、私は…………。いえ……、そうですね。今はまだこれという天職は思いつかないのです」
「そっか。まあ焦らずに決めればいいんじゃないかな。それにディアナは例のお導きを優先しなきゃなんだろ? 手伝えることは俺も手伝うしからさ」
「いえ、お導きはもう焦って進める段階ではないのです、ご主人さま。気にしなくても大丈夫なのですよ」
「そうなの? じゃあ天職もお導きもボチボチやっていくってことでいいかな」
「はい……、ゆっくりでいいのです、ゆっくりで」
◇◆◆◆◇
魔術師の館を出た俺たちは、ちょっと小腹も減ってたので、近くの茶屋で一服することにした。
魔術師の館の話や、天職の話なんかをしたんだが、ディアナ……っていうか、ハイエルフは天職を自分で選べるのだそうだ。なんつーチートぶりだ……。……いや、寿命がかなり長いって言ってたし、自分の好きなことが天職じゃないと悲惨っていう精霊の親心? なのかもしれないけど……。
しかもその天職を、俺に選べとか言ってくるのも困った。
……そりゃあさ、俺がこれからここで過ごすのにやりやすくなるような天職をディアナが取得してくれたらさ、楽になるっつーか良いとは思うけどさ。でも、ディアナはお導きで俺の奴隷になっただけの関係だし、お導きを達成したら、国に帰るなりなんなりするんだろうからさ、つまり俺なんてポッと出の腰掛けご主人様みたいなもんだからさ、そんな俺がこれから一生付き合うことになるディアナの天職を気楽に選んじゃっていい感じがしないっていうかさ……。
いや……ね…………、ディアナが俺に選んでほしいって言ってるんだから、俺が選んでもいいってのはわかってるんだけどさ……。なんていうか…………、情を移すと辛くなりそうっていうか……。
「…………………」
「……あ、主どの。聞いていたでありましょうか?」
「……え? あ、悪い聞いてなかった。なんだっけ?」
「マ、マリナになにか仕事をさせて欲しいのであります。マリナ、奴隷なのにタダ飯食らいばっかりで……。せ、せっかくマリナみたいなのを選んでくれた主どのにはできるだけ報いたいのであります」
いやぁ、けなげだなぁ。
金で買われたんだし、もっと警戒するべきなんじゃないかなって思うんだけどなぁ、正直。
それとも、奴隷ってみんなこんな感じなのかなぁ。そうならお金貯めて奴隷買い占めちゃうんだけどなぁ。でもマリナは自分でみそっかすとか言ってたし、こっちの世界では不人気みたいだろうから、余計にそういう思いがあるのかな……。
「そんなに自分を卑下することないよマリナ。今のところは仕事はないけど、すぐにいろいろ働いてもらうからさ。とりあえずはこうしてノンビリ親睦を深めていこうぜ」
「あ、主どのは奴隷に優しすぎるのであります……。あ、あたし、そんな風に言ってもらえるなんて思ってもなかったし……。だ、だめであります、これじゃあ幸せすぎて…………」
当惑するマリナ。
あんまり人に優しくされたことがないのかな? さっき髪留め買ってやったときも異常に恐縮してたしなぁ……。
これはハッキリ宣言しておいたほうがいいかもな?
「ぶっちゃけ言わせてもらうけどさマリナ。俺は最初からマリナを幸せにするつもりで買ったし、不幸にさせるつもりは最初から一切ないです。あとこれからは一緒の布団で寝ます」
あっ! 余計な本音まで出ちゃった! これはまずいですよ! ハッキリ言うにもほどがありますよ! せっかく今日一日かけて好感度アップ作戦敢行してたのに! フラグもそれなりに立ってそうだったのに、これじゃへし折れちゃう! フラグへし折れちゃう!!
「へぅ……、ま、またバカな奴隷をそうやってからかうであります、マ、マリナはバカだから本気にするであります、よ?」
よし、フラグはへし折れなかったようだぞ。
しかし、マリナは本当に可愛いやつだ。
どうしてこんなに可愛いのかな。釣り目がちで強気ぽい印象なのに、実際はヘタレだからなのかな。
……でも、けっこうガチでバカぽいから教育もしてやらないとな……、なんか悪い人に簡単に騙されそうで心配だよ……。なんかやだなぁ、こういうの父性愛ぽくって。
「さ、最初からマリナは主どのの物であります。マリナのこと、気持ち悪くないって……、可愛いって言ってくれて本当にうれしかったんです……」
「そうか……。でも、最初ディアナに忠誠誓ってなかったっけマリナ」
「あ、あれは姫が姫だったから混乱して……。あ、あの時、マリナ、あせって変なこと口走っちゃって……、あ、これは終わったなって思ったときに姫に、忠誠を誓えって言われて、あたし騎士様に憧れてたし、本当に騎士になれるのかな、なんて思っちゃったりしたりして……」
「おちつけマリナおちつけ」
「マリナ、ずっとみそっかすで売れ残りで、天職も騎士なんか授かっちゃって、でも女は騎士にはなれないって言われて、お母さんも死んじゃって、ずっとずっとさびしくて、これ以上売れ残ったら山岳行きだって脅されてて、でもあたしどうしようもなくて…………」
堰を切ったように言葉があふれ出すマリナ。
やっぱ、ノホホンとしていたようでも、奴隷として売られてたんだし、気楽になんていられないもんな……。どんなやつに買われて、なにやらされるのかもわからんのだし……。山岳行きの意味はわからないけど、ずっと精神磨り減らしてたんだな。
「マリナ落ち着け……。もう誰にもお前を傷つけさせはしないし、俺もディアナもいる。俺たちはその……そう、家族みたいなものになれたらいいなって思ってるんだよ。だから安心して過ごしてくれていいぞ」
「あ、主どの……。ほ、本当に? あ、あたし……」
釣り目がちの大きな瞳から涙が零れ落ち、人目をはばからずメソメソ泣くマリナ。
さっきまでジト目で俺を見ていたディアナも、マリナの頭を撫でて声をかけている。
エルフ族がターク族を慰める絵が珍しいのか、他の客の注目を集めまくってるが、まあそれはもう慣れたな。
しかし、まあディアナはともかく、マリナは俺が俺の意思で買ったんだから、途中で放り出したりなんかできないし、幸せにしてやらなきゃな……。マリナにとってどういう形が幸せなのかはわからないけれど、まずは過不足無い生活からだろうか。
なんにせよ、商売がんばらなきゃだな、これは。
ちょっと本気出すしかないぜ。
しばらくして、マリナが落ち着いたのを見計らって店を出た。
もう今日は、宿に戻って休むことにしよう。
「主どの、さっきは取り乱して申し訳なかったであります」
「いや、マリナの気持ち聞けてうれしかったよ。これからもよろしくな、マリナ」
「は、はいっ! あたし一生主どのに尽くしますっ!」
泣いた後だからか、少し赤い目をして今までで一番の笑顔を見せるマリナ。
これで惚れない現代人はおりませぬ……。
◇◆◆◆◇
宿に戻って開口一番ディアナが言った。
「私もご主人さまと一緒に寝るのよ。マリナと2人で寝るなんて見過ごせないのです。…………ってレベッカが言ってた」
マジか……