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ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行 作者:星崎崑
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第27話  異世界魔術は手品師の香り


 入場料の30エルを支払って中に入る(10エル×3ね)。俺の基準だと1エルが150円だから1人1500円もする計算だ。ちょっと割高だけど、お祭価格だから仕方がないか。


 内部は奥にステージがあり、観客は床に並べられた椅子に座るだけという簡単なものだった。一応、後ろの席からも見えやすいように段を設えてあるようだ。

 それなりに客が入っており手前に座るのは無理そうだったので、中ごろの椅子に3人で並んで座ることにした。



「ディアナもマリナもこういうのは来たことあるのか?」


「10エルもあったら5日分の食費になるでありますよ……。それにマリナのいた村は田舎でありましたし」


「実は私もはじめてなのです。けっこうワクワクするものね」


 じゃあ全員はじめてか。

 考えたらこっちの人ってテレビもなんもないんだから、いきなり手品見たら冗談抜きに腰抜かしかねないよな。なんかの番組でアフリカの原住民にマジック見せて反応を笑うようなのやってたの見たことあるけど、あそこまで行かなくても、それに近いものがあるのかもしれん。

 ディアナはともかく、……マリナは本当に良いリアクションをしそうではあるな……。

 手品見てるより、そっち観察してたほうがいいかもしれん……。



「……? マ、マリナの顔になにか付いてるでありますか? そんなに見られると、は、恥ずかしいであります」


 とモジモジするマリナ。おっとついフライングして観察してしまった。顔とか髪とかいろいろ。

 すぐ隣に座ってるから上目遣いで見上げてくる格好だ。……これは破壊力が高いぜ。

「ちょうどテントの中だし暗いし、かぶりついてもいいんじゃなかろうか……」などとヨロシクない思考が一瞬巡ったが、ギリギリ理性が勝った。


 いや、ギリギリと俺の腕がひねられている! そこそこ痛い!

 でも大丈夫! ディアナの細腕でひねられたくらいなら簡単に折れたりはしない!


 ちなみにディアナはマリナとは反対側の隣席に座っている。つまり両手に花状態じゃんコレ。腕をひねられてることを除けばな。



「ディアナ。そろそろ痛いから離してくれる?」


「あんまり痛がってないのです。今度正しいやり方をレベッカに聞かなければ……」


 いいよ聞かなくて。

 異世界で腕なんか折れたら謎治療されちゃって繋がるもんも繋がらなそうだしな。そもそも、どうして俺の腕をひねり上げるんだ……。



「ご主人さまがウソツキだからよ」


 俺の心の声を聞いたかのように答えるディアナ。

 まあ確かに正直なタイプではないけどな。なんせ詐欺師の天職持ちだし、正直者だとはとても言えないけれど……。

 でも別に今なんにも嘘なんかついてないのに。ハイエルフさまの言うことをよくわからんぜ。


 反論しようか考えているとステージ部分が不思議な明るい光で照らされ始めた。どうやら始まるようだ。



 バイオリンとチェンバロの奏でる音楽がステージの期待を高めていく。こっちの世界には、当然音楽再生機器なんてもんはないのだし、こういった催しのBGMは当然の生演奏だ。

 こっちの世界における楽器の価値がどんなもんだかわからないけれど、向こうに持っていって売ったら、けっこういい値段になるんじゃなかろうか……。これもリサーチ対象に加えておこう。


 などとボンヤリ考えているうちに、如何にも「魔術師でござる」といった服装の老人がステージにあがり、なにやら準備をはじめている。なんともいえない段取りの悪さだ。

 がっかりイリュージョンの予感がヒシヒシとしてきたよ!


 しばらくして、準備を終えたらしい老人が観客側に向き直って言った。


「みなさまこんにちは。ワタクシは魔術師のイルジー・バラーシュと申します……。本日は我が館へお越しいただき誠にありがたく存じます。それでは、火の国の摩訶不思議な魔術の数々、とくとご覧くださいませ!」


 そう言ってマントを翻し、一度奥に引っ込む魔術師。

 観客は拍手したり指笛を吹いたりして、なかなかの盛り上がりだ。やっぱ、こっちの世界って娯楽が少ないのだろうな。摩訶不思議とか聞いたの何年ぶりだ……。


 しばらくしてガラスのビンを持って再登場する魔術師。


「今からご覧に入れますは、摩訶不思議なる水の魔術。こちらの空のガラス瓶を一瞬にして水で満たしてお見せしましょう!」


 うっひょ~古くせえ!

 でも一周して面白いわ。


 両腕を大きく広げ空を仰ぎ両目を閉じる魔術師。なにやらブツブツと呟いているようだが詠唱(笑) だろうか。

 広げていた両腕をビンに向むけ両目をカッと見開いて魔術師は叫んだ。


「おおおおお! 大気に満ち満ちたる雨よ! 水よ! 我の求めに答えたりて今ここに、その姿をあわらしたまえっ! おおおおおおお! ツァ!」


 すると魔術師の「ツァ!」の掛け声と共に、ガラスの中に少しづつ水が満ちていくではないか。

 古典的なマジックの手法だと思うが、なかなか悪くない。水が多すぎてビンから少し溢れちゃったのはご愛嬌と言ったところか。


 でも観客はかなり湧いている。

 マリナは予想通りに「すごいであります不思議であります」と連発しているし、ディアナも予想外というか「個人の力だけであのような奇跡を起こすとは……」などとつぶやいて感服しているようだ。


 その後も魔術師はいろいろな魔術を見せてくれた。

 リンゴをA地点からB地点に瞬間移動させる「テレポーテーション」。

 放り投げたリンゴを一点に静止させる「テレキネシス」。

 自分自身が1mくらい浮かんでみせる人体浮場「レビテーション」。

 観客に記号を書かせ、それを透視して当てる「テレビューイング」。


 こっちの世界の魔術って超能力のことだったのだなぁ……。

 昔よくやってたの超能力特番(という名の手品番組)を思い出したぜ……。


 それか、ガチで超能力者でそれを魔術と言ってるだけなのかな。異世界なんだしその可能性も否定できないんだけど、ペテン師なのかガチなのか判別が難しすぎる……。

 ディアナとマリナに聞いてみても「手品ってなんです?」だし。そもそも魔術師自体をはじめて見ると言ってるくらいだからな。ま、俺も変に穿った目で見るのはやめるか。



「それではこれより最後の大魔術! 炎の魔術をお見せいたします!」


 最後はパイロキネシスか。

 ま、でも火の魔術は今までの中では一番魔法ぽいかもしれないな。RPGでも基本の魔法だし。



「ですが、その前にご来場のみなさまご一緒に『火の魔術』に挑戦してみましょう! 実は火の国ではこの『火の魔術』が出来て初めて大人の仲間入りとされる風習があり、誰でも使える魔術であるのです」


 おお! 懐かしい趣向! テレビの前のみなさまもご一緒に! っていうアレだな。アレは超能力者がテレビに向かって念を送ってたりしたもんだっけ。


 アシスタントが篝火をステージ上に設置し、テント内の照明が落とされる。テント内に篝火の明かりだけが輝く。


「みなさまよくご存知のこの『火』ですが、そもそも火とはなんであるのかは考えたことがございますでしょうか。火を熾したことは誰でもあると思います、火を消したこともあるでしょう、ヤケドの経験もあるかもしれません。では火事を見たことはございますでしょうか。消し炭の奥の残り火はどうでしょうか。……そういった千差万別な火、そのすべてが同じ火であります。その火を知り、理解する。そうして初めて火の魔術を行使することができるのです」


 そう言いながら自分の指先に小さな火を灯して見せる魔術師。サイズはロウソクの火くらいのサイズだろうか。ほんのささやかな炎。



「では、ワタクシと同じように人差し指を立て、そこに火を灯すよう強くイメージしてください。篝火をよく見て、同じものを生むというつもりでやってみても良いかもしれません。雲を掴むような話だと思われるかもしれませんが、これは誰にでも必ずできることなのです」


 なるほど。わからん。


 ディアナは少しだけ試すようにやってみてすぐに諦めたようだ。マリナは「出ろ~、出ろ~、火ぃ出ろ~」とヌヌヌヌと念じている。

 俺も試してはみたが、本当に雲を掴むような話だ……。超能力にせよ魔術であるにせよできる気がしない……。



「ディアナはもう諦めたのか? それともエルフは火と相性が悪いとか?」


「あ、いえご主人さま、そういうわけではないのですけれど……。エルフは精霊を使う魔法には慣れていますが、魔力や魔素を扱う『魔術』には適正がほとんどないのです」


「魔素? って、ああ……前にレベッカさんに聞いたことがあるな。森の中では魔素が濃くてそれがモンスターになって魔力の濃い人間を襲いにくるとかなんとか? だっけ」


「魔素はこの世界に空気と同じように漂っている目に見えない物質なのです。魔術師はこれを自分自身の魔力を使って思い描いた形に変換させる。それが魔術なのですよ、ご主人さま。あの魔術師は大事なところを教えていないのです。ずるいのです」


「魔力ってのは俺にもあるもんなのか? それがなけりゃそもそも魔術ってのが使えないってことなんだろ?」


「魔力は誰にでもあるものなのです。当然ご主人さまにも。……簡単に言えば空気中から体内に入った魔素のことですし……」


「なるほどな。いっちょ試してみるか」


 まわりの観客はそろそろ諦め初めてきているようだ。ま、そりゃそうだ。魔素についてどれくらいの人が知っているかは知らんが(レベッカさんは知っていたけど、あの人物知りだからな)、念じたら火が出るとか言われてもな……。



「ワタクシはこれでも魔術師の天職を持っておりますが、それでも初めて火の魔術を成功させるまでに1年かかったものでございます。ですが、中には天賦の才を持つものもいて、わずかな期間で成功させるものもいるのでございますよ」


 1年てあーた。

 天職持ってて一年も掛かるんじゃ、こんなとこでちょっとやってみて成功するわけないじゃないですか。マリナなんか頑張ってた分落ち込んじゃって可愛いから後で慰めてやんなきゃならないじゃないか!


 でも、そういえば俺も魔術師の天職もっているんだよな、実は。

 この手品師だか超能力者だかよくわからないもんが、魔術師なのが少し残念だけど、せっかく異世界で不思議な能力が使えるようになるのかもしれないんだし、チャレンジしてみる価値はあるのぜ!



「おやおや、みなさまもう諦めるのですか? 火に対する強いイメージ、火の熱さ、火の勢い、火の明かり、今まで火に接してきたすべてが火の魔術を行使する材料になるのですよ。魔術の『火』をこの世に発現させるということは、この世の理を自分自身の思いで顕現させるということ。それこそが魔術の基本であり、また奥義であるのです」


 饒舌な魔術師の講釈を聞き流しながら、火の魔術に挑戦する。


 指先に大気中の魔素を集めるようイメージ。

 着火の条件はわりと簡単だ、火が点くだけの空間があり、着火源である熱があり、燃料である可燃物があり、あとは酸素があればいい。

 この場合、熱というか着火源を魔力で作って、燃料を魔素で補えばいいのだろうな。酸素はあるし、理屈としてはそれで間違いないはず。


 思いのほか、集中できている。天職のバックアップがあるのかなんなのかわからないけれど、周りの雑音が消え、自分の指先に気持ちを集中することができる。


 指先に魔素が集まってくるような気配。

 不思議だが、そんな感覚だとしか言いようがない。

 この集めた魔素を可燃物に変換すればいいのだろう。イメージしやすいのはガスだが……、さすがにガスといって思い付くのは爆発性のあるものばかり。無難に気化アルコールのイメージにしておくか……。いやこれも爆発するのかもしれないけど……。

 最後に着火源だけど、まあ、これは火花でいいな。

 ライターの火打石を連想して、指先から火花を散らすことができればいいと思うんだが、ま、最初だしダメ元でやってみるしか!


 篝火を見つめ、自分の指先に同じものを作るのだと強く強くイメージ。

 そして、十分に魔素を集め、そのすべてを気化アルコールに変換 (とイメージした)。

 最後にそこに火花を散らす。



 ボウッ!

 と思い描いていたよりも大きい炎が上がる。成功だ!


 火は出るには出たが一瞬で燃え尽きて終わってしまった。気化アルコールを想像していたからか、燃焼したら終了となってしまうんだな。

 俺自身もまさか成功すると思ってなかったんで、驚いて集中切らしちゃったし。



「わっ、わっ、すごい、すごいのです! 主どのは魔術師だったのでありますか?」


「わ、私のご主人さまなのです。これくらいは当然なのよ」


 マリナが瞳を輝かせて聞いてくる。胸! 胸が当たってるよ! 

 ディアナも驚きながら喜んでいるようだ。胸を当ててもいいんだぞ!


 他の観客もヒソヒソこっちを見てなんか言っているが、なんせ暗いテントの中のことだ。一瞬のことだったので、気づかなかった人も多かったようだし、変に目立つ心配もなさそうだ。

 いや、ディアナとマリナですでに悪目立ちしてるんだけどね。



「おやおや、同業の方がいらっしゃったとはお人が悪い。……それでは! 時間も押して参りましたので、最後の締めくくりに炎の大魔術をお見せしましょう!」


 俺のことを同業扱いして華麗にスルーし、最後の魔術ショーに突入する魔術師。せっかく頑張ったんだから、もうちょっとなんか言ってくれよ……。


 炎の魔術は魔術師が生んだ火の玉を縦横無尽に動かしたり、吊るした紙を燃やしたりするものだった。暗闇のなかで火の玉が飛ぶ様はなかなか綺麗で、楽しいステージだったと思う。


 炎の魔術を締めとして舞台は終わったのだった。


 俺も楽しめたが、ディアナとマリナが楽しんでいたので来て良かったな。やっぱりデートは女の子を楽しませてナンボだね。


 ……しかし、魔術かぁ。

 最初から成功できたのはやはり天職があるおかげだろうか……。でも天職持ちだというあの魔術師でも1年かかったと言っていたしなぁ、ひょっとしたら特別才能があるのかもなんて……変に期待しちゃってたりして……。


 あの魔術師も火の魔術が基本にして奥義みたいなこと言っていたし、独学でいろいろチャレンジしてみるとするか。










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