第23話 異世界レストランは芋虫の香り
未だ酔い覚めやらぬシェローさんをベッドまで運んだだけで、もうグッタリ疲れてしまった。夕飯も出るみたいだし、さっさと食べて今日はもう寝よう。
「頼む、頼むぞー」などと寝言がうるさいシェローさんは放っておいて、夕飯を食べるために食堂へ向かった。
メンツは俺とレベッカさんとディアナとマリナ。
事前に人数分の席の準備は頼んである。こっちの料理て肉が多いからなぁ。肉好きの俺としては嬉しい限りだ。
食堂は、店1階のフロアーにあり、レストランとしても営業しているようだ。美しい天然木をふんだんに使ったフロアー。薄黄緑色の漆喰の壁。明かりはランプと燭台が壁際や各テーブルに置かれており、暗いは暗いけど、目が慣れればほどほどに明るい。
暗いところで食べると、キャンプを思いだすんだよな。それだけで非日常的というか。丸ごと非日常な異世界でなに言ってんだって感じだけど。
給仕人に案内される俺たち。
他の客が全員こっちを見てる。濃紺の地味な服着た地味男の俺はともかく、長身美人のレベッカさん、ターク族のマリナ、なにより刺青ハイエルフのディアナ。目立つなというのが無理なレベルだった……。
俺とレベッカさんが案内された席につくと、おもむろに床に体育座りしはじめるマリナ。それを見て自分もその横に同じように座るディアナ。
ちょっと……、なにやってんの君たち。
「ひ、姫までどうして床に座るんです? 奴隷の真似事などしないで欲しいです……」
「マリナ。誤解してはならないのです。私も、ご主人さまの奴隷なのですよ」
ああ、そういうことね。一応奴隷って使用人よりさらに低い立場なんだろうからな。主人といっしょに飯食ったりとかしないのか。
こういう常識? って誰が教えるんだろ。奴隷商館の主人とかがセミナー開いたりするのかな? 「正しい奴隷講座 全4回」とかって。シュールだな。
「え? え? 姫が姫なのに奴隷なんです、か?」
そうだよ。略して姫奴隷だよ。単語だけ聞くと夢溢れたフレーズだよなぁ、ハイエルフ姫奴隷って。
マリナもはやく立派なダークエルフ騎士奴隷になれるといいね!
「よく見るのですマリナ。ちゃんと奴隷痕が刻まれているでしょう?」
「あ、本当です……。で、でも、エ、エルフの方はとっっっっても高いって聞いたことあるんだけんど、主どのはそんな、お、お金持ちだったのですか? それなのに、どうしてマリナなんか、お、お買い上げして下さったのでしたっけ?」
マリナどもりすぎ。もっと落ち着いて!
ディアナが言っている奴隷痕ってのは、奴隷契約を結ぶと手首に刻まれる『奴隷の証』みたいなものだ。ディアナの場合、もともとの刺青と被っちゃってて、正直よくわからないからな。マリナが驚くのも無理ないのかも。
「マリナ……。そうやってまたご主人さまから『可愛かったから』と言われようだなんて、……策士ですね」
「マ、マリナはそんなつもりで言ったのじゃ、ないのであります……。ただ、私、どうして私なんかがって本当にわからなくて……」
「いいえ、マリナは清純なフリして、とんだメス豚淫乱奴隷なのです。こ、この無駄に膨れた胸が証拠なのです。くぬ! くぬ! くぬ!くぬ!」
「わひゃぁ! や、やめてください姫ぇ……」
こらこら、ご主人さまより先に揉むんじゃないよ、胸を。
2人で仲良く? 並んで体育座りしてやりあう2人。見てて面白いけど、俺は腹が減っているんだよ!
「ヘイ、君たち冗談はさておき、さっさと席に着きたまえよ。マリナはともかく、ディアナは悪ふざけが過ぎるんじゃないの」
「……私はふざけてなどいないのですよ。……少ししか。ご主人さまはマリナばかり庇ってズルイのです。わ、私がどうしてご主人さまの奴隷になったと……」
「お導きに従って、じゃないの?」
「むぅー! 知りません!」
プイッ!
プイッ! じゃないよ……。いいからさっさと席についてくんないかな。さっきから注文取ろうとウェイターが待ってるんだよ。
「ジロー。奴隷にはちゃんと命令しなきゃダメよー? 甘い顔したらつけあがるとまでは言わないけどね、やっぱりケジメは必要だわ」
「そういうものなんですね。……ディアナ、マリナ、2人ともそんなとこに座ってないでちゃんと席に座れ」
俺がそう言うと、ディアナはプイッとしながらすぐ座ったが、マリナがなかなか座ろうとしないで、こちらをチラチラ伺っている。俺が「いいから座れ」ともう一度言ってようやく座った。
……なんでこんなに奴隷根性が染み付いてるんだろ。奴隷一年生じゃないのかな。あれ? まさかの中古?
……中古って言い方はいくらなんでも不適切か。
一応レストランとしても営業しているだけあって、屋台と比べればメニューが多い。俺は字が読めないので、レベッカさんに一品づつ説明してもらったのだが、……やはり肉が多い。こっちの人ってすごい肉好きなんだな。肉に関連した道具でも持ち込んで売ったら金になるかもしれない。パッと思いつかないけど、なんかあるかな。
「ディアナマリナは字は読めるんだっけ? どうせここの注文はエフタさん持ちだから好きなの頼んでいいぞ」
「あ、主どの……。マリナはこんな立派なところははじめてでなにを頼んでいいのか……」
「じゃあマリナの分は私が選んであげるのです。この『ウィッチェティの素揚げ猟師風ソース』なんかが良いと思うのよ」
さっきレベッカさんに説明してもらったけど、ウィッチェティてデカイ芋虫だって言ってたけどな……。森の住人のエルフ的にはご馳走なのか、それとも意地悪で言ってるのか全く判別付かないわ。
「マリナ。肉か魚か野菜か芋虫か選べ。ちなみディアナが選んだやつは芋虫だ」
「さ、魚を食べてもいいのでありますか?」
魚がよかったらしいんで、マリナは『ヒッピスメリの蒸し焼き香草添え』と『ごはん』を。ディアナはガチで芋虫を注文。意地悪で言ってるんじゃなかったのか……。
レベッカさんは『ムームルークのステーキ』『エリシェ風ラザニア』『肉うどん』『ガラガ貝の蒸らし飯』。
「みんなで食べればいいと思って」とはレベッカさんの談だが、それにしても頼みすぎだろ。よく食べる人なのは知っていたけど、人の金だと思って遠慮なく注文しているな。
俺は『ライラオーラのオーブン焼き 香味野菜詰め』『おまかせサラダ』『グラーシェ』『ごはん』。
…………。
みんなで食べればいいと思って……。
さらにそれぞれ飲み物(酒)を頼んで、晩餐ははじまった。
うめー! ビールうめー!
「食わず嫌いはよくないのですよご主人さま。ウィッチェティは栄養も豊富だし食べてみるべきなのよ。ほれほれ。うふふ」
やめろぉ!
さっきまでプイッとしてたのに、一杯飲んで料理が来たらもうご機嫌だよ!
でも芋虫を食わそうとしないで! 本当に丸々太った親指大の芋虫じゃんそれ。
「ハフッ! ハフッ! ううー、美味しいであります~」
半泣きでガッツ食いのマリナ。
なかなかワイルドな食いっぷりだな。まず君は最低限のテーブルマナーを身に着けよう!
レベッカさんは普通に落ち着いて食べている……んだけど、どんどん料理がなくなっていく様はなかなか壮観だ。
俺が頼んだやつも美味い。ライラオーラってのは、レベッカさんによると「鳥みたいな牛みたいなやつ」。味は鶏肉寄りで、刻んだ香味野菜を内側に仕込んだ塊肉をオーブンで焼いてある。野菜汁やら肉汁やらが滴ってジューシー。ついつい酒がすすんじゃう! て今日、飲んでばかりいるな俺。
グラーシェは赤いが辛くないシチューみたいなもので、濃厚でご飯によく合う。量が多かったので、みんなにもわけて食べた。
酒はビールとワインをいくらか。こっちのビールは冷えてないけど、その代わり味が濃くて美味い。日本で飲むものとは別物……とまで言わないけど、これはこれで美味いものだ。アルコール度も高いらしく、パンチが効いた味である。
ディアナは、飲むとご機嫌になるタイプなのか、ニコニコしながら食事をしている。ときどき「うふ、うふふふ」と笑ってるのが不気味だが。
マリナはさしずめ泣き上戸か。「こんな美味しいものははじめてです~」だの「さ、魚を食べていいなんて誕生日みたいであります~」だの言いながら、いちいち泣いている。
ウザかわいい奴だ。
レベッカさんは飲むと、ちょっとかわいい感じになっちゃって惚れてまうから注意が必要だ。
俺があげた指輪をうっとり眺めちゃって、ときどきこっちに流し目を送ってくる。
童貞をドキドキさせるのは禁止! 禁止です!
それなりに楽しい晩餐を過ごし、部屋に帰って寝た。酒も飲んでいたし疲れてもいたので、即寝てしまった。
ラッキースケベや夜這いイベントは今後にご期待ください。
さて……、明日はオクに出した商品が売れたのかチェックしなきゃだし、一度向こうに戻ろう。
その前に、写真撮っとかなきゃ。特にディアナとマリナを。