第22話 これからの予定は地道な香り
さて、これで今回の勝負も一段落したことだし、これからどうするかを整理して考えていこう。
まず、最初に問題なのは、なんと言ってもお金のことだ。
家の整備はソロ家資金でやれそうなのでいいんだが、これから先の生活費、厳密には奴隷2人の生活費を稼がないとジリ貧なわけだ。
でもこれについては、金稼ぎのアイデアも一応あるし大丈夫だろう。もしなんならエフタになんか売りつけてもいいしな。
あと実は、エフタとの勝負の準備期間中、ネットオークションに出せそうな品何点か買って出品しておいたんだよ。そこそこの値段になるとは思うが、楽しみだね。終了時刻を明日の夜に設定しておいたからな、少なくとも明後日には一度帰る必要があるな。
ま、銀貨1枚程度のもんを市場で数点買ったのを出しただけだし、大した金額にはならないとは思うけどもなー。
次に問題なのは、なんといっても家が屋敷から街までが遠いという件だ。
これについてはもう馬しかあるまいと思っている。むこうから商品を大量に持ってくるなら馬車も必要かもしれん。
でも……、こればっかは高いだろうからなぁ。最初は小さい商売しかできないかもしらんな。
そんで乗馬は要練習だな……。
3人いるから少なくとも2頭は買わなきゃならんし、騎士の天職持ちのマリナはすぐに乗れるようになるだろうが、俺はかなり練習しないと無理だろう。ディアナはマリナの後にでも乗っけとけばいいか。本当は俺だってマリナの後に乗りたいんですけど!
あとは、マリナが護衛奴隷としておそらく役に立たない件。
要修行だな。
もういっそのこと全員でレベッカさんとシェローさんに弟子入りするのもいいかもしんない。天職持ちなら3ヶ月もやれば、ほどほど低級な魔物なら倒せる腕前になるんじゃあるまいかな。3ヶ月は長いけど、生活できる程度の商売しながらやればいいし、気長にやればいいさ。時間はいくらでもあらぁ。
そういえばディアナの天職ってなんだったのか聞き忘れてたっけ。奴も戦闘系持ってればいいんだけども。
上のやつとの兼ね合いだけど、武器買いに行かなきゃな。
異世界武器とか憧れるけど、ここ数日リサーチしてみた結果、「けっこう高価」という結論が出ちゃったんだよね。あ、これカッコいい! と思って値段聞くと、3500エルとか言われたりするんだぜ。およそ52万円て……。だから結局金が必要だよ!
次にこれはとても大事な事だけど、俺が異世界人なのを告げるかどうかってのがあるよな。
レベッカさんなんかは、もう確実に俺のおかしさに気付いているはずなんだけど、なんにも言わずにいてくれてるし、これから円滑に物事を進める為には言っちまったほうが楽なんだけども。
もちろん、奴隷2人にも。
ま、ちょっとした賭けなんだけどもね、正直。
最後にお導きの件だな。
今出ているお導きは、「御用商と商取引をしよう 2/3」と、新規で出た「鉱山街に行ってみよう 0/3」と「湖畔街へ行ってみよう 0/3」。
エフタとの商取引は、ある程度こっちでの商売が軌道に乗るまで放っておこうと思う。
今のところ奴がこの世界の知り合いで一番金持ちなんだろうし、大金引っ張れるアイデア浮かんでから使ったほうがいいしな。お導きがらみなら、多少無理な商談でも通るだろ、多分。この世界の人たちは「お導き=正しい」という宗教観が強すぎる感じがあるからな。
鉱山街と湖畔町は、それぞれルクラエラとヘリパ湖畔のことだな。
ルクラエラのほうはそう遠くなさそうだし、興味もあるから近いうちに偵察に行ってみるべ。ヘリパはもう少し商売が軌道に乗ってからだな。
これってやっぱ、これらの街の情報を得たからクエスト発生のフラグが立ったって事なのかな。RPGじゃあるまいし……。
そして、……これはさっきレベッカさんにディアナとの契約破棄したいなら手伝おうかと申し出られた時に断った理由でもあるんだけど、実は例の「運命の大車輪」がディアナと契約したときに9/10になったんですよ。
てことは、この運命の大車輪てのは、ディアナの「特別なお導き」となんか関係があるクエストだってことだろう。多分。
ひょっとすると、ズバリそのものの可能性もあるわけで、そうするともう次の行程でお導きが終わるし、終われば精霊魔法も使えるようになるらしいし、少しは良くなるんじゃあるまいかな。
それ以外に……、わざと抜かしてたわけじゃないけど、やっぱりアレだよね。奴隷のこと。やつらとの距離感をどうするかって問題があるよな……。
俺とエルフ達は主人と奴隷という関係になるんだし、そういうつもりでいるべきなんだろうけど、ブラック企業でも高校のときのバイトでも下っ端しかやったことないんだよなぁ……。
上手に人を使える気がしない……。
どこかで主人としての威厳を見せれればいいのかもしれないけど、高卒ニートに威厳とか……。どう見てもディアナのほうが威厳に満ちてるわ……。
でもま、別に奴隷だからって、最上段から構える必要もないんだろうし、自分のペースでやればいいか! 年齢的にも似たようなもんだしな!
だいたいレベッカさんだって、奴隷なんてただの終身雇用契約みたいなもんよって言ってたし、深く考える必要ないはず!
でもおっぱいくらいは断固とした態度で触らせてもらいたいと思っています。
◇◆◆◆◇
奴隷商館から出ることには、すでにだいぶ日も傾いて、夜の帳が見えはじめていた。
いまさら帰る気にもならなかったので、上手いこと言ってエフタ氏に今夜の宿を奢ってもらいみんなで泊まることに。
やったね! エルフ女子達と楽しい同衾! デュフー
宿屋までの道の途中、隣を歩くエルフ少女達を見る。
プラチナブロンドの髪をなびかせ悠然と歩くディアナ。
ただ歩いているだけで醸し出される泰然とした気配は、やはりエルフの王族ゆえのものだろうか。同じエルフでも神官ちゃんの庶民的な気配とは、全く違うと言っていい。
正直言って、俺が思い描いていたエルフ像としては、ディアナは満点なんだ……。刺青さえなければ、だけど。
商館では「刺青のインパクト」「エフタの小細工」「契約の改ざん」のトリプルパンチで軽く茫然自失してしまったが、どれもディアナ自身は落ち度ないんだよな……。
ただお導きに従ってただけなんだろうし、本人全く気にしてないみたいだけど、お導きで奴隷になるなんてわけのわからん状況だし……。
まあ、ハイエルフの特性で奴隷になっても不利な条件にならないと確信してただけかもしれないけど、そんな腹黒とも思えないしなぁ。正直、俺人見る目ないからわからんけどもよ……。
とにかく、彼女に落ち度がない以上変に気にしても仕方がないし、なんとか適当に上手くやっていくしかあるめぇ。
それにどうせ……、ディアナはエルフのお姫様らしいし、お導きが終われば国? へ帰るんだろうからな。あんまり、こう……感情移入しすぎないようにしたほうがいいんだろう。
だから、ときどき耳を齧らせてもらう程度に留めておくぜ!
……しっかし、カラフルな刺青も相まって異常に目立つなディアナは。
地の肌は色白なんだし、せめて刺青がなければ正統派美少女なんだろうけど。刺青の奥の顔立ちは良いんだし。
……今はちょっとピエロみたいで、逆に愛嬌のある顔立ちなんだけどね!
まあ、だからこそ俺みたいなのでも、お気楽に話せるとも言えるのかもしれんな。
しかし、この刺青はホントになんなんだろう。
種族的ななんかがあるのか。呪術的な意味とか、ファッション的な意味とか。……それとも実はただの趣味だとか。
ま、本人に聞いてみたほうが早いか。
「ディアナ。その刺青って、その……ハイエルフの種族的ななんかなのか?」
「ご主人さまったら、自前の奴隷とはいえ女の子が気にしている外見的特長に真顔で質問してくるなんて、とんでもないドSですぅ……」
「そういうのはいいから」
「い、いけずですね。確かにそう見えますけれど、刺青ではありません。これは……簡単に言えば私の精霊石なのです。これ以上はひ・み・つ・よ」
おお! 精霊石なのか! じゃあ、はやく使って剥いで欲しいね。刺青じゃないならいずれは剥げるってことだよね。ご主人様の特権で使っちゃダメかな? かな?
「大切な使い道があるので、ダメです。ご主人さまの頼みでも、これだけはダメなのです」
はい、残念でしたー。
ま、どんな使い道か知らんけど、早めに使ってくれることを願うばかりだな。
マリナは、今の俺達のやりとりを黙って聞きながら歩いている。
マリナはターク族。ちょっと聞いてみたらダークエルフ族なんていうものは存在しないのだそうだ。俺からすると、まさにダークエルフって外見なんだけどな。
ターク族の特徴は、人間より少し長寿で、少し身体能力が高い……ということらしい。当然、精霊魔法は使えないし、エルフ族ほど不老長寿でもない。
エルフに似た耳を持っているという理由で差別されているわりには、他の国民同様にエルフを尊敬しているらしく、なかなか健気だ。まあ、精霊信仰の強いこの国では当然のことなのかもしれないんだけどな。
アメジスト色の綺麗な紫の髪をだいたいセミロングくらいで整え、それほど濃くはない褐色の肌はみずみずしく、健康的だ。
彼女は親の借金のせいで奴隷になった、いわゆる「借金奴隷」。詳しい話は聞いていないけれど、普通に重い話だよな……。まあ、ここの世界観的にはわりと普通にありえることらしいんだけど……。
チラチラとなにか聞きたそうにしていたマリナが、おずおずと俺に質問してくる。
「あ、主どのは、どうしてマリナをお、お買い上げ? なすったんでありますか? マリナのようなミソッカス、……私、ほんとになんにもできないんですし」
強気で騎士の誓いがうんぬんとか言ってた人とは別人みたいに、ヘトヘトのマリナ。あれは無理してたのかな。
ここで正直に「マリナが一番可愛いかったからだよ」 とか言えたらイケメンなんだけどな……。今度こそ腕折られそうだし、ちょっとそこまで度胸ないわ。
「俺はこのへんの出じゃないから、ターク族に対しての偏見もないし、値段も安かったからね」
「マリナのことが気持ち悪くないんでありましょう、か?」
「気持ち悪い? いや、ぜんぜん。どっこも気持ち悪い要素がないじゃん。カワイイ要素はいくらでもあるけどね。国のみんなにマリナのことを自慢するのが今から楽しみなんだ俺」
「へぅ…、あ、主どの、ど奴隷をからかって酷いであります。マリナにかわいい要素なんかあるはずがないんです、よ……」
「そんなことないよマリナ。本当にかわいいよマリナ」
やっべ、結局調子こいて口走っちゃった。うっすら涙を浮かべて羞恥に頬を染めるマリナの可愛さは5大陸に響き渡るでぇ……。
「はい、そこまでー」
そしてレベッカさんにまた腕をヒネられる俺であった。
おっ、折れる! 今度こそマジで!
◇◆◆◆◇
パーティ会場で酔いつぶれたシェローさんを回収してから、宿屋に着いた。エフタの定宿らしく、3階建てでなかなか高級そうな宿だ。ラウンジに大きな暖炉があって、客と思しき人たちが思い思いに談笑している。
この世界の家って、石作りで無骨なものが多そうってことを考えると、木材をふんだんに使い、床には絨毯までひいちゃってるこの宿は、かなり高級な部類に入るんじゃなかろうか。
まあ、俺が金を出すわけじゃないからいいんだけどね。後学のために一泊いくらかは聞いておこう。
そういえば夕飯出るのかな。そろそろ腹も減ってきているし、こっちの世界って食べ物のグレードはやけに高いから楽しみなんだよね。
エフタが2部屋取ってくれたようで、宿屋のおばさんが部屋まで案内してくれる。
エルフ達と一晩明かすとかドッキドキだけど、こればっかりは早く慣れなきゃな!
ある意味、初夜だよこれは!!
「はい。あなたたちははそっちの部屋ね」
とレベッカさんに言い渡される俺。
そして、酔いつぶれたシェローさんと2人で廊下に取り残される俺たち。
ああ、2部屋ってそういう……。性別で分けるなんて発想はなかったわぁ……。