第18話 ヘリパイールはうなぎの香り
「ミルクパールさん。どうでしたでしょうか。贈り物、受け取っていただけますか?」
「ふふふ、もちろん受け取らせてもらうわ。……ありがとう」
「喜んで貰えたようでなによりです。僕も用意した甲斐がありました」
「本当に嬉しいわ。あの人がこんな風に思っていてくれていたなんて、思ってもいなかったのよ。あなたがこうして下さらなかったら、一生知ることもなかったのかもしれないわね。……今は本当に最高の気分」
そう言って、首元で輝くネックレスに触れるミルクパールさん。俺は「光栄です」と返し、エフタ氏に向き直った。
なにはともあれ、これで勝負は俺の勝ちだわー。貰えるわー。これでエルフ貰えるわー。
「お見事でした、ジローさん。まさかこんな手で来るとはさすがに思いもよりませんでしたよ。これは私の完敗ですね」
「正直、運に助けられた部分もあるんですけどね。でも市長も喜んでいるようですし、よかったなと思います」
「そうですね。これほど喜ばれる贈り物はなかなかありませんよ。これからは私も参考にさせていただきます」
「ははは、上手くやってください。一番大事なのは相手の虚を付くことですよ」
「なるほど。相手が思いもよらないというのが大事なんですね」
「そうそう。……ところで、これで勝負は僕の勝ち……、ということで、エ、エルフを貰えるということなんでしたね。段取りとしてはどうします?」
「もちろん、約束ですし、契約も交わしておりますからエルフは当然お譲りしますよ。ただこちらも引渡しの準備がありますから、あと2ユルカ程度はこちらでパーティを楽しんでいてください。またお迎えにあがります」
「わかりました。楽しみにしています」
そうして、エフタ氏と一旦別れる。
準備ってなにをするのかな。引渡しのために綺麗なべべなんか着せちゃって、化粧とかまでしちゃったりするのかな。
呼んでもらう呼名は、「ご主人様」か「旦那様」か。あるいは「
いやぁ、しかし、うへへへへ、夢が広がりんぐ。ですなぁ。
ついつい飲みすぎちゃう!!
エフタ氏が来るまでまだだいぶあるので、レベッカさんとシェローさんにお礼しとかなきゃな。
レベッカさんは街ではそこそこ顔が知れているのか、顔見知りらしき招待客と楽しく談笑していた。シェローさんも招待客と談笑……というかバカ騒ぎしている。ホントに酔うとグダグダになっちゃうタイプなんだなシェローさん。まあここの酒は確かに美味しいし、飲みすぎちゃうのはわかるけど、つか俺もすでに結構酔っているけども。
シェローさんにはお礼したとこで、もう明日には忘れていると判断。
レベッカさんだけでいいか、今日のところは。
「おつかれさまです。レベッカさんいろいろと働いてもらっちゃって、ありがとうございました。おかげでなんとか贈り物は喜んでもらえたようです」
果実酒を飲んで、ほんのりと頬を朱に染めたレベッカさんはかなり色っぽい。普段とは髪型も違うし、化粧もしているからか、余計にドキリとしてしまう。酒の勢いで行ける所までいっちゃいたいくらい。
「おつかれさまジロー。こんなに盛り上がるとはねー。最初話を聞いたときは半信半疑だったんだけどね、実は」
「いえ、僕もうまくいくかは賭けだったんですよ。ただ漠然とした上手くいくという予感だけがあっただけで」
「そうなのー? そのわりには堂に入った司会ぷりだったわよ。手紙のところでは私もグッと来たわぁ。……そういえば最近食べてないなぁ、ヘリパイール」
「ヘリパイールてどんなやつなんです? 実は僕知らないんですよ」
「北のほうにヘリパ湖って湖があってね。そこにいる……、ニョロニョロした可愛い魚? みたいなののことよ。捌くのが難しいんだけど、油がのっていて美味しいんだよー?」
「なるほど、それは一度食べてみたいですね。ヘリパ湖って遠いんですか?」
「エリシェからだと馬車で2日くらいかかるかしらね。湖畔に街があって、かわいい宿が多いし本当にきれいで良いところよ」
異世界の観光地みたいなものなのかなぁ。若いカップル御用達の場所で、ヘリパイールを食べるとスタミナがアレして、夜はナニがヘリパイールってわけか。なかなか下品でよろしいな。「そう・・・。そのまま飲み込んで。僕のヘリパイール・・・」とか俺も言ってみたいものだな。
俺もエルフ少女との新婚旅行はそこに行くかな。ご主人様のヘリパイールが暴れて、私のビクに(以下略
「……今度行こうかー、ジロー」
「……え? ああ、そうですね。みんなで行ったら楽しそうですね」
そうね、と軽く答えて妖しく笑うレベッカさん。
少しお金貯めて旅行を2人にプレゼントするのもいいかもしれないな。
今回レベッカさんには特にいろいろ手伝ってもらったので、その分の料金を払うと申し出たのだが、予想通りというかやっぱりというか断られた。
でも、そういうわけにはいかない。どうしてそんなに良くしてくれるのか、と聞いた俺にレベッカさんは言ったものだ。
「バラカのお導きが元になって知り合った人間同士はね、『大精霊の巡り合わせ』で、一生の友達になれると言われているのよ。だから、私たちはもう友達よ。友達のためにできることをしているだけなの。ね」
なるほど。友達かぁ、と素直に嬉しかったけれど、でもお礼はしなきゃならんってことで……、ちゃんと用意してみた。
「レベッカさん。今回たくさん手伝ってくれたお礼、……いらないって言ってましたけれど、僕の気が済みませんのでこれ受け取ってください」
レベッカさんへのプレゼントは、大粒なガーネットを使った指輪だ。綺麗な赤い髪をしたレベッカさんには赤い宝石が良かろうと、手持ちから見繕ったものだ。
これも土台の製作はビル氏に依頼した。ぺリドットをタダにするから、これもタダで作って! と強引に頼み込んだものだ。
リング部はシルバー。留め金は金で、貝が宝石を挟んでいるような彫金を施してある。なんとなくアールヌーボー調でかっこいい。地味顔の日本人には、派手派手しすぎて似合わないだろうけれど、レベッカさんにはよく似合うだろう。
エンチャントは当然していない。というかミルクパールさんに贈ったぺリドットは、いちおう精霊石ということになっているので、俺の精霊石(水晶)を使って神官ちゃんにエンチャントしてもらったのだ。このガーネットもエンチャントしたかったが、さすがにそこまで精霊石の大盤振る舞いはできなかったのだ。もう2個しか持ってないしな。
指輪ケースは当然というか、これも日本で買ってきたものだ。1000円も出せば上等なものが手に入る。最近じゃ100円ショップでも売ってるけど、贈り物なのにそれでは流石にアレだからな。
ここでも受け取りを固辞するのかな、と思ったけれど、大人しく受け取るレベッカさん。俺が指輪のどうでもいいうんちくをペラペラ喋るのもなにも言わずに聞いている。
ん? どうしたのかな。あんま好みじゃなかっただろか。
「えっと……。あんまり好みじゃありませんでした?」
「あー、ううん。違う、違うのよー。あはは、ありがと」
「いや、気に入っていただけたなら良いんですが。サイズがちゃんと合うかわからないんで、嵌めてみてください。おそらく中指で丁度いいと思います」
サイズは事前に測れなかったんで、目分量とビル氏の眼力(あのときいっしょにいた女性の指のサイズで作れと無茶振りした)頼りだわ。
「じゃあー、はい」
と言って俺に指輪を渡し、左手を突き出してくるレベッカさん。
ん? どういうことです?
ってか、はめろってことか。レベッカさんもだいぶ酔ってるなぁ。こういうのって問題にならないのかな。こんな公衆の面前で……。
まあいいか、シェローさんはなんか向こうの方で踊り始めちゃってるし。酒の席でのことなんて無礼講だよ!
「では失礼して」
と、中指に指輪をはめようとして……、いかん、酒でむくんどる! 入らん!
仕方がないので、薬指にはめた。
左手の薬指に指輪をはめるとアレっていう風習もこっちにはないだろうし、まあ別に関係ないだろう。
「ありがとっ! 大事にするね!」
指輪を抱いて笑顔で言うレベッカさん。普段は姉御肌な感じだけど、酔うとちょっと幼くなるというか、かわいい感じになるというか……。
ほ、惚れてまうやろ~~~。
◇◆◆◆◇
きっかり2時間ほどでエフタ氏は戻ってきた。
さていよいよ出陣だよ。ドキがムネムネするね。ちょっと先にオシッコしてくるわ。
「ジローさん、お待たせしました。引渡しは調印や契約がありますから、商館をお借りしていますのでご同行願えますか」
「あ、はい。よろしくおねがいします。こちらも1人連れがいますけど、いっしょにいいでしょうか」
「はい。かまいませんよ」
というわけで、付いてくと主張するレベッカさんといっしょに、こないだはビビッて入れなかった奴隷商館へ。
商談のための部屋だろうか、個室で少し待っていてくれとのことで、レベッカさんと2人で待つことに。
……やばい。楽しみなような不安なような単に飲みすぎてるだけのような、そんなもんがない交ぜになって軽く吐きそう……。
実はまだちゃんと奴隷というものに対して、向き合えていないというか、いまいち現実味を持って理解できていないというか……。
これから理解していけばいいのかもしれないけども、もうここまで来たからには、進むしかないんだよな。進め俺! 進め!
「進め! 俺!」
「ど……、どうしたのよ急に、ジロー」
「あ、いえ、自分に発破かけてました。奴隷を自分のものにするということに実はまだビビッてまして」
「大丈夫よ。奴隷って言ったって終身雇用の契約するようなもんなんだから。あ、性奴隷は別よー?」
「………………」
「え、なに急に黙っちゃって……。まさか……、そういうことなの?」
「いえ、はっきりとはそう明言してませんでしたね、そういえば」
なんとなく流れる沈黙の時間。
いいじゃん! 別に! 男だったら誰だって憧れるじゃん! 奇麗事なんて言わないよ俺は! 性奴隷欲しいです!
「性奴隷ではありませんよ、ジローさん」
扉の隙間からエフタ氏。2重の意味でビビらせないで欲しい。ん? 性奴隷じゃないだって?
うん……、まあそうね。
わかってた! わかってたよ! そんな美味い話はないってわかってた!
「今回は特にそういう約束でもありませんでしたしね。騙していたわけではないのですが、ジローさんもエルフの少女であれば良いという風でしたので、私もあえて言わなかったのは否定しませんが」
「いえ、もちろん問題ありません。全く問題ありませんにょ」
やべ、語尾が変になっちゃった。どどど動揺なんてしてへんわ!
「では……、こちらも用意できましたので、今から連れてきます」
「あ、はい。おねがいします」
性奴隷の件はともあれ、ついにエルフ少女ちゃんとご対面だ。
緊張しすぎて本気で吐きそう。心臓とか毎分120回は打ってるよねーってくらいの早打ちぶり。そのくせだんだん酔いが醒めてくる始末。
でも飲んできておいてよかった! シラフだったら気絶してたかもな。
まずエフタ氏、次にエルフ男が部屋に入ってくる。
「こちらです、どうぞ」とエフタ氏が呼ぶ。
部屋に悠然と入ってくるエルフの少女。
髪は美しく滑らかなベルベットのように印象的な
肉感的ではないが、均整の取れたスタイル。身長は俺より低そうだ。神官ちゃんと同じくらいだろうか。
小顔なエルフ男よりもさらにずっと小顔なのに、エルフ男より長く、すこし垂れた耳。
おそらくは精霊石製と思われるペンダントと、ブレスレット、アンクレットを身に着けている。
衣装は、絹を主体として刺繍やレースをあしらった純白のドレス。
そして、露出している肌全体に施された赤青白緑の幾何学模様の刺青。おそらくは全身に施されているんだろう。……顔までバッチリ入ってるから、顔が可愛いとかどうのってのを完全に超越している。刺青のインパクトが強すぎて、軽く脳停止状態に陥ってしまう。
俺があっけに取られていると、レベッカさんが俺にそっと耳打ちしてきた。
「ジロー……。もともとキナ臭い話だとは思っていたけれど……。白い髪のエルフ……、あの子……、ハイエルフだわよ。……エルフの王族」
まさかのレベッカさん回