第17話 祝賀パーティは酔っ払いの香り
4人で会場へ向かう。
途中でエフタ氏の連れのエルフ男は、所用があるからと離れ、俺とシェローさんとエフタ氏の3人になった。
レベッカさんは別の用事で一時的に抜けている。
エルフ男はエフタ氏の護衛も兼ねてるのかと思ったのだが、精霊契約のために連れて来られただけだったらしい。
「エフタさん。こんなことを聞くのも変ですが、護衛を付けなくても大丈夫なんですか?」
「いえ、本当は付けたほうが良いのでしょうけれど、どうも煩わしいのが苦手な性分でしてね」
そんな理由で……。
でも大商家の3男坊で、好き勝手やってきたんだろうし(俺の決め付けだけど)、護衛だかお目付け役だかわからんのが傍にいるのが嫌なんだろうな。
それか、俺が考えているより、ずっとこの世界の治安が良いのかもしれないだけかも知れないけども。
「それよりもジローさん、贈り物は何にしたのですか?」
……さすがにそれは言えないぜ。
最初に考えていたよりもだんだん大掛かりになってきてしまって、レベッカさんに協力してもらいながら準備したけれど、異世界人がどう感じるかだけはちょっと冒険なのだ。
「贈り物は……、秘密です。まあ楽しみにしていてください」
「ほう、自信があるのですね。……そうでなければこの勝負は受けれなかったでしょうけれど、市長のことはお調べになったでしょう? 簡単にはいかないだろうとは思わなかったのですか?」
「当然思いましたが、なぜだか負ける気がしなかったんです。もちろん、贈る品にも自信があるんですけどね」
「……負ける気がしませんでしたか。では余計にどんな品なのか楽しみですね。あのお堅い市長が気に入るのかどうか、…………期待していますよ」
負ける気がしないってのは、ちょっと挑発的だったかな? とも思ったが、エフタ氏はむしろ満足そうに微笑んで見せたものだ。
しかし……、どうもこの勝負に負けたくないという気配が感じられないんだよな、この人。それともボンボンなんてこんなもんなんかな。
ま、いまさら言っても仕方がないか。サイは投げられたのだ!
パーティ会場は官庁前の芝生の植えられた広場だ。
テーブルには、屋台料理よりは多少豪華だが、パーティ料理というには少々豪快なものがすでに山盛り並んでいる。料理だけでなく、飲み物も酒にジュースにお茶にと、いろいろ用意されているようだ。早速シェローさんが目を輝かせている。
楽団がエスニックな響きのする音楽を奏で、招待客たちはすでに思い思いに楽しんでいた。
「ジローさん、あの方がエリシェ市長ミルクパールさんですよ」
エフタ氏が指し示すほうを見る。
白い清潔なスーツ姿の神経質そうな女性が、来賓と挨拶を交わしている。なるほど、確かに潔癖そうだ。某大国の国務長官を思い出すな……。
「なるほど。で、エフタさん贈り物はどうしましょうか。どういうタイミングで贈るとかあるんですか?」
「そうですね……。まだパーティは始まったばかりのようですし、もう暫くしたら私が挨拶に行きますから、その後にでも」
「わかりました。ではこちらはこちらで準備をしておきます」
ま、準備なんてもうほとんどないんだけどね。レベッカさんが戻り次第、いつでも始められる。
それまでは、シェローさんと料理でも食べてるか!
◇◆◆◆◇
「ぅい~。いやぁ、意外と強い酒でしたなぁ~シェロー氏」
「ハッハッハッ。内陸の酒はもっとあんなものではありませんぞ、ジロー氏」
ちょっと気付けの一杯と思って飲んだら、存外飲み口軽やかでかるく酔っ払っちゃったわぁ。シェローさんもいい感じに酔っているし、ちょっと調子こいちゃったかもしれん。
そういえば、レベッカさんに、シェローさんに酒を飲ませるなとか言われてたような? ……まあ、いいか。祭だしな!
これから一勝負あるけれど、酒が表に出るタイプでもないしパーティの席上でのことだ、酔っていても特に不具合はあるまい。
と、どうやらレベッカさんが来たようだ。向こうから合図を送ってくる。
さぁて! いよいよだな。
招待客と歓談しているエフタ氏を見つけ出し話しかける。
「エフタさん。どうでしょう、そろそろ」
「ああ、ジローさん。そうですね、ちょうど市長も体が空いたようですし、行ってみますか」
「はい、よろしくおねがいします」
2人で、市長のところへ向かう。シラフだったらこれからすることを考えてもそこそこ緊張しただろうけれど、酒が俺を大胆にしているぜ。やれる!
エフタ氏が市長と挨拶を交わしている。
俺のことを紹介してくれるまでは横で待機。その間に、機材のチェックをしておく。
「………、それでこちらが、その話のジローさんです。ジローさん、こちらがエリシェ市長のミルクパールさん」
「はじめまして、私は宝石商のジロー・アヤセです。お目にかかれて光栄です」
紹介を受けて挨拶し握手を求める。
今回勝負を受けた理由のもうひとつの理由がこれだ。
図らずしてこの街のトップを紹介してもらえるというのは、この街で商売する上でいずれ大きな価値を持つ時が来るはずだ。
……まあ、それもここからの売り込み次第ではあるんだけどな。
「はじめましてジローさん。あら、ずいぶんとかわいい宝石商さんね。先に一言言っておきますけれど、その若さでソロ家の人間なんかと係わり合いにならないほうがよろしいわよ。彼らはみな魔界の住人ですからね」
かわいいって……。いやまあ、こっちの男ってガチムチが多いからなぁ。そんな評価でもしかたないか……。ただでさえ童顔なのに。
しかし、エフタ氏、普通に嫌われてるんじゃないのかこれ。魔界の住人とまで言われちゃって……。
「それで……、あなたが私に贈り物を下さるの? 先に言っておきますが、私はそういった物の受け取りをお断りしています。仮にも私は皇帝より統治権を任されている身。そうしたつけ届けを受け取っていては、精霊の示す道を見失いますからね」
「存じております。……ですが、商品だけでも見ていただけますでしょうか。気に入らなければお受け取りを拒否なさっても構いませんので」
そう言って、バッグからオリーブグリーンのネックレスケースを取り出す。このケースは
俺自身も酔いにまかせて一気に営業モードに入る。
「今回あなたにお贈りしたいのは、こちらのぺリドットのネックレスです。石の大きさは4カラット程度ですが、深いオリーブグリーンをより引き立てるオーバルカットに成型した
掴みとしては、まずバッと商品説明。どの程度異世界でこれらの単語が通じるのかわからんけれど、そのへんは別に重要じゃない。相手が「なんか凄そう」と思ってくれればそれだけで十分だ。
「素敵ね。緑色の宝石はいくつか見たことがありますが、これほどの深い色合いのものは初めて見ます。ですが、……確かに素晴らしい品だけれど、なおさら受け取るわけにはいかないわね。ましてあなたやエフタ君のような商人からは」
まあ、そうだろうな、今の段階では。さあ、どんどん続けよう。
「いえ、今回この品は私が用意こそしましたが、本当の贈り主は別にいるのですよ。……心当たりはございませんか?」
「いえ? 私が贈り物を受け取らないことは国中の者が知っていますから。いまだにがんばっているのは、それこそエフタ君ぐらいのものだわ」
本当に全く思い当たらないようだ。
まあ、だからこそ効果的なんだろうけれどもな。
「古来よりぺリドットは金と相性が良い宝石と言われています。そして、その相性の良さから『お互いを輝かせる』組み合わせ、つまり夫婦愛の象徴として愛されてきました。そして、そこから生まれたぺリドットの宝石言葉は『夫婦愛』…………。そのネックレスに施された彫金。見覚えがございませんか?」
いぶかしげにネックレスの土台の金の彫金を確認するミルクパールさん。ここで気付くかどうかはある種の賭けではあるんだが、若いころよく使っていたモチーフだと言っていたし、気付いてくれるだろう。
「…………! ……え、これって……。でも……」
うろたえてる。うろたえてる。
軽く混乱しているうちに話を決めるべく、レベッカさんに合図を送り、昨日のうちから会場に持ち込んでおいた電池式のマイクと小型アンプの電源を入れた。
ボリュームはマックスに調整してある。これなら会場内であればどこでも俺の声が聞こえるだろう。
「あ、あー、みなさま、本日はエリシェ50周年パーティにおいでくださいましてありがとうございます。これより市民を代表いたしまして、市長ミルクパール氏に感謝の意を表し花束の贈呈を行いたいと思いますので、ご歓談中のところ申し訳ありませんが、ご注目ください」
突然始まったイベントにざわめく招待客のほうを向き直る。
ブラック企業の頃は何度もやったものだけれど……、さて異世界人にも効くといいなこの趣向。
多少強引だけれど、こっちの世界のパーティはだいたい好き勝手に歓談して、好き勝手に次の会場へ移るといった雑なものらしいので、問題になったりはしないだろう、多分。
アンプやマイクに不思議そうな顔をしている人もいたが、シェローさんに「あれ新しい魔道具なんですよ」と吹聴してもらい、すぐに沈静化した。
「会場入り口をごらんください。本日のために他国より取り寄せた、白バラの花束。白バラの花言葉は「尊敬」。我々エリシェ市民から市長への尊敬を込めてこの花を贈らせていただきます。普段は贈り物を受け取りにならない市長ですが、この場だけは譲歩していただきましょう!」
白バラの花束は、
招待客たちも、特にこのイベントに疑問を感じたりはしていないようだ。譲歩していただきましょうのところでは軽い笑いすら起きたくらいだし、問題なさそうだ。
花束を持っているのは、ビシッと黒いスーツを着た中年の男だ。後にはレベッカさんが控えている。
市長は花束よりも、そちらの男性のほうを呆然として見つめている。市長が小声で「あなた……」と呟くのが聞こえる。
花束を贈呈する中年男性は当然、市長の夫ビル氏だ。
この日の為にスーツを新調し、髪もヒゲも整えている。
ドタキャンされても困るので、レベッカさんには迎えに行ってもらっていたのだった。
いや、しかし、彼にこのイベントへの参加を頷かせるまでに、一週間毎日通ったものだよ。今も本心では嫌々なのかもしれないが、ここまで来たからには彼にもがんばってもらうしかない。
余程目立つのが苦手なのか真っ赤になっちゃって、ちょっと気の毒だけど。
そして向かい合う2人。
花束が市長へと贈呈され、拍手に包まれる会場。
「……このネックレス、あなたが作った物ね。このヘリパイールのモチーフ、懐かしい……。あのころ、師匠にダメだしされた気晴らしによく作っていたものね」
「……ああ。懐かしいだろう。あの男に、一目で俺が作ったとわかるデザインにしろと言われてな。おかげで昔のことを色々と思い出しながらの作業だったよ」
「ふふふ、あなたが上手く丸めこまれてこんなところまで出てくるなんて……。これはさすがにやられちゃったかしらね」
まだ余裕があるようだけれど、ミルクパールさんからすれば、このイベントは完璧な不意打ちだっただろう。
結婚する前も、結婚してからも、ビル氏は仕事を優先する職人気質な寡黙な夫で、プレゼントなどしたことがないということだったし、ミルクパールさんにしても、政治家という職業上留守がちで、なんとなく擦れ違う日々が多かったそうだ。
そして、そのままその距離間が当たり前の夫婦の距離感となり、これまで来たということらしいのだが、話を聞いたところお互いを必要以上に尊重しているだけのことで、愛が冷めたとかそういう関係ではなさそうだった。
真実の鏡で覗き見たビル氏の天職は、
初訪問の日、エプロン姿で出てきたが、作業場が家の中にあり注文販売を基本として細々と細工師をやっているらしい。
作品を何点か見せてもらったが、金属の彫金は当然として、ナイフの柄の作成、刀身への飾り文字の打ち込み、金属鎧への文様付け、簡単な小物の作成、などなど、器用にいろんな物を作っている。
中でもやはり彫金の技術は素晴らしく、この人の作ったものを独占して日本で売らなきゃなどとイヤラシイ商売っ気を出してしまったものだ。
当然、ネックレスの土台部分はビル氏本人に作ってもらった。彫金師のくせに、結婚してから一度も自分で作ったものを贈ったことがないっていうのだから呆れる。でもまあ、それが今回はむしろプラスに働くのかもしれないのだけどさ。
さて、イベントは当然まだ少しあるのだ。どんどん行こう。鉄は熱いうちに打てとも言うしな。
「さてみなさん、こちらの花束を贈呈した男性、知らない方がほとんどだと思われますので紹介いたしましょう。ミルクパールさんの夫のビル・リンデンローブさんです。このたび、エリシェ50周年の記念日にあたりまして、市民の為に働く妻へ、感謝の気持ちを込めて贈り物をしたいとの申し出がありまして、この場をお借りした次第です」
一気に多少の脚色を交えて紹介すると、招待客の間から「あれが……」「初めてみるが優しそうな旦那じゃないか……」「そもそも結婚してたんだ市長……」などと声が上がる。
「ビルさんの職業は細工師でして、今回は彼自身が心を込めて製作した精霊石のネックレスを市長へと贈るということです。精霊石には、妻の身を案じる夫の気持ちを込めて『病魔退散』の加護が付加されており、また精霊石も『夫婦愛』の宝石言葉のあるぺリドットを選ぶなど、結婚30年目にして、エリシェを代表するカップルに相応しい熱々ぶりであります!」
観衆のボルテージもだんだん上がってくる。基本的にみんな酔っ払いなので、こういうイベントはおいしいんだろう。最前列で手を叩いて喜んでいるシェローさんが気になるけど、まあ良い賑やかしだよ!
「実は私、今回こちらのビルさんより手紙を預かっております。彼の妻に対する感謝の気持ちを綴った手紙ですが、自分で読むのは恥ずかしいということで、私に託されたものです」
ミルクパールさんが驚いている。
ビルさんはもっと驚いている。
そりゃそうだ。手紙なんて託してないんだからね。俺が話を聞きながらメモった要素を勝手に上手く手紙にしてきたものだもんね。ちょっと情報量が少なかったから苦労したけどな。
「それでは僭越ながら読ませていただきます。…………妻へ。口下手で上手くお前に感謝の言葉を言うことができそうもなかったので、こうして筆を取らせてもらった。30年前、2人で食べたヘリパイールを覚えているだろうか。見た目が可愛いヘリパイールを食べるのは可哀想と言うお前に無理やり食べさせたことを、このネックレスを作りながら思い出していたよ。食べてみたら意外と美味しいと喜んで俺よりも多く食べていたね。今だから言えるけれど、お前と結婚しようと思ったのは、実はそのときの姿が可愛かったからだというのは、お前も知らなかっただろう。結婚してからお前がエリシェの為に、どんなにがんばってきたか、ずっと近くで見ていた俺が一番よくわかっているつもりだ。上手く感謝の言葉を口にすることができなかったけれど、お前の夫であることを誇りに思っている。……でももう30年も経つんだな。あれからヘリパ村へは一度も行かなかったけれど、お互い歳を取ったし、娘ももうすぐ1人立ちする歳だ。また一緒にヘリパ村へ行って、動けなくなるくらいヘリパイールを食べよう。ネックレス気に入ってくれると嬉しい。ビル・リンデンローブ」
会場は拍手の雨に包まれた。
手紙を読み上げるなんて演出、地球じゃもうベタもベタなんだけど、異世界じゃあ最新鋭ですよ。招待客のマダム達も涙ぐんでるよ。
最前列でシェローさんが男泣きしてるのが気になるけど、まあ良い賑やかしだよ!
ミルクパールさんもさすがにこれには効いたらしい、瞳を潤ませ、熱っぽくビルさんを見つめている。
しかしビルさん当惑顔。まずい、ビルさんの許容範囲を超えそうだ!
「それでは、ビル・リンデンローブさんから奥様へネックレスが贈られます。ビルさん、ネックレスを奥様の首にかけてあげてください」
俺の言葉を受け、ミルクパールさんの手からネックレスを受け取り、ぎこちなく相手の首にネックレスをかけるビルさん。緊張を通り越して青くなっていたけど、そこは見なかったことにしよう。
ネックレスがミルクパールさんの首にかかるころには、招待客も是非その宝物を見物しようと、ワッと集まってきている。
上品なオリーブグリーンの輝く宝石と淡く輝くゴールドのネックレスが、ミルクパールさんの元々持つ気品と相まって、えもいわれぬ輝きを放っている。
ビル氏には最後の仕事をしてもらわなくちゃならない。俺はマイクを外し小声でビル氏に話しかけた。
「ネックレスをかけたら、最後に奥さんに一言あげてください。それが最後の締めですから、よろしくおねがいします」
俺がそう言うと、意を決したビル氏がミルクパールさんに向き直る。
俺はコッソリとビル氏のところにマイクを持っていき、声を頂戴した。
「……30年間ありがとう。これからもよろしくな」
そして抱き合う2人。
ああ、この辺は欧米的なんだな。日本だったらなかなかハグはない。しかし、ビル氏……、本当に一言だな。
そして会場のボルテージもマックスに。いやぁ、招待客のみなさんも楽しめたようだし良かった。これこそWINWINの関係だよ。
俺もついつい笑顔になってしまうな。
あとは、最後に一言市長に貰えればOKだ。
ま、暫くは2人の世界に入っちゃってるだろうから、俺も休憩しよう。
と、ジュースでも飲もうとテーブルに向かった時だった。
会場の隅にエフタ氏の連れのエルフ男がいるのに気が付いた。
あ、来てたんだと思いはしたが、あまり気にはしなかった。
エルフ男の横にダボダボの緑のローブに身を包み、フードを目深に被った人物がおり、顔は見えなかったが、目が合ったように感じた。
瞬間、天職板が出現し、いつもよりも強く輝き新しいお導きを示した。いや、???のやつが変化したんだなコレは。
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