第16話 異世界礼装は貴族の香り
エフタ氏との約束の日は良く晴れた。
いやぁ、絶好の勝負日和ですなぁ。
市長の家を訪れた次の日からも、時々レベッカさんに付き添ってもらったりしながら準備をしたが、今日は特に最後まで見届けてもらうつもりだ。
なんたって、初の異世界パーティ! ルールが分からず恥かいたりしても何だしな(フィンガーボールの水飲んだりとかな)。
それに、単純にエフタ氏と1対1ってのも微妙に不安があるし、誰かが付いていてくれれば心強いもんね。
せっかくのパーティだからということで、今日はシェローさんも来るそうだ。「おめかししなきゃー」とか言ってたけど、どんな格好でくるのかな。
と、来たようだ。2人とも大柄だから遠くからでも目立つな。
……おい、2人とも服装すげえぞ。
「待たせたなジロー。お、馬子にも衣装だな。レベッカが選んだのか?」
「そうよー。カッコいいでしょう。中古だけどねー」
「……お2人の服装のほうが凄いですよ。なんですかそれ? 騎士礼装?」
2人はおそろいの花の刺繍鮮やかな
シェローさんは普段の不精ヒゲにざんばら頭を綺麗に整えて、ナイスミドルというかちょい悪オヤジというか……。190cmほどもある高身長も相まって、これなんてハリウッドスター? といった感じ。
レベッカさんは普段ひっつめているセミロングの赤毛を垂らして、一部を三つ編みなんかにしちゃって、化粧もばっちりキメてている。朱の口紅が色っぽい。
もともと美人だとは思っていたけど、これは超美人だと言わざるを得ない。いやぁ、ふつくしいわぁ……。そうだ! 写真撮らなきゃ!
「これねー。傭兵やってたときにちょっと大きい戦果上げてね。それで叙勲式やるから出ろっていうから、みんなでおそろいで作ったのよ。最初はもっと安くて簡単なもの作るはずだったんだけど、話してるうちに段々調子乗っちゃってねー、高くついたわぁ」
なるほどな。傭兵でも叙勲式とかってあるんだな、この世界。なんかどんなに活躍してもお金もらってサヨウナラなイメージだったけども。
強い傭兵団なら囲っとかないと敵にまわっても厄介とか、そういうのでもあるのかもな。
ちなみに、馬子にも衣装と評された俺も、いつものシェイクスピア服から、貴族風の服にチェンジ。レベッカさんの見立てで買ったんだけど、中古のくせに結構高かった。
生地色と同系色の糸で刺繍が施された濃紺のジャケットと、シンプルなパンツ。黒のシャツ、革のベルト。靴は高かったので、家から黒の革靴を持ってきた。
パッと見た感じ、ちょい昔のヴィジュアル系バンドの人みたいだ。
でも、シックでなかなかカッコいいと我ながら思う。……まあ、2250エルもしたからね……。
あとは、シェローさん達みたいに俺も佩刀してみたい。でも、商人が剣とか持ってたら変かな。短剣くらいにしといたほうが無難かしら。
3人で中央広場に向かう。もうすぐ約束の時間だ。
エリシェ50周年祭は昨日から開催されている。
今回の勝負の準備だなんだで、まだ祭見物をしていないが、これが終わったらゆっくり周ってみたいな。気になる屋台もたくさん出ているし、できることならエルフの少女といっしょにな! ゲヘゲヘ。
通常の3倍は混んでいる道を進み、待ち合わせ場所の中央広場に辿り着く。広場は幾種類もの屋台が軒を連ね、ヤグラが建ち、篝火が焚かれ、祭特有の喧騒に包まれていた。
住人も街並みもヨーロッパ風なのに、祭の雰囲気は、どうも日本的。屋台のラインナップもどこか懐かしさを感じるものだし。
輪投げの屋台とか久しぶりにみたなぁ……。
さて、エフタ氏は来てるのかな。こんなに人出があるとは思っていなかったので、待ち合わせ場所としては失敗だったかもしれない。漠然と中央広場前としか約束していないしなぁ。
……あ、いた。
ノンキにお供のエルフ男と2人で屋台の焼きウドンなんか食ってやがる。なにやってんのあの人。
エフタ氏本人もけっこうな美形だけど、それよりエルフ男だよ。
超美形の紫のローブを身に纏ったブロンドヘアーの男性エルフが焼きウドンを立ち食いですぜ? うん、一周してカッコいい。
「こんにちは。遅くなってすみません、これほど混むと思わなかったもので」
こっちには気付いてないようだったので、話しかけてみることに。
俺が話しかけると、こっちをチラッと見たエフタ氏。その後またすぐ視線を戻し、すぐにまた俺を見た。
二度見すんな。
「……これはこれは。……本当に来たんですね。いやぁ、自分で言うのもなんですが、かなり不利な条件を出してしまいましたし、絶対に来ないだろうと思っていたのですけれど」
「約束ですから……、と言いたいところですがね。実はやっぱり逃げようかとも思っていたんですよ。でもあの後、お導きが出ましてね」
「…………!! お導きが出たんですか? どういう内容の?」
「いえ、普通にあなたとの約束を守れという内容のものですけれど」
なにを急に驚いたんだろう、この人。お導きフリークか?
「そうですか……。そう……、まあ、そういうこともありえるのか……。しかし……」
なにやらブツブツ言い出すエフタ氏。本当に大丈夫か?
「若、この者が例の? ならばさっさと契約してしまいましょう。どちらに転ぶにせよ、こちらの不利益にはなりますまい」
と、エルフ男性が口を挟む。サラっと爆弾発言するなよ、それじゃあどちらに転んでも俺が損するみたいじゃないか。
あれ? つまりそういうこと? 本当に契約して大丈夫か?
ブツブツ言っていたエフタ氏も、エルフ男の助言を聞き咳払いを1つしてこちらに向き直る。
「ジローさん。それでは私とエルフを賭けて勝負をするということで、今から精霊契約を結びますがよろしいですか? 勝負の内容は、今夜のパーティでエリシェ市長に贈り物をし彼女がそれを気に入ればあなたの勝ち、そうでなければ私の勝ちで」
「そうですね。概ねそれでよいのですが、市長が贈り物を気に入ったかどうかの判断はどこでするんですか? あと、僕が主導して贈るものならなんでも良かったんですよね。物品に限らず」
「……いえ、贈り物は物品に限ります。さすがに『面白い話』や『大道芸』のような余興は今回の『贈り物』とは見なされません。物品であればどんなものでも構いませんよ。次に、相手が気に入ったかどうかをどう判断するか、ですが『相手がそれを受け取り、感謝の言葉を口にする』のを判断基準としましょう。よろしいですね?」
……まあ、大丈夫だな。
俺が頷くと、エルフ男が精霊契約の魔法を使うということで、俺とエフタ氏を並んで立たせる。2人の手を取ると祝福の時の神官ちゃんと同じように、なにか呪文のようなものを唱え始めた。
お互いに名前と年齢と性別を聞かれたので答える。祝福の時も聞かれたけど、精霊契約では必ず必要なんだろうか。
エフタ氏は驚きの22歳だった。ほぼ同じ歳だったとは……。もっと上かと思ったな。
その後もブツブツを呪文を唱えていたが、最後にカッと光が包み、それで契約が終了した。祝福の時とだいたい同じだな。
「契約はこれで完了しました。ご確認ください」
ご確認くださいとか……。あ、天職板かな。
そう思い確認してみると、【バラカのお導き】の下に新しい欄があった。
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【精霊契約】
ジロー・アヤセとエフタ・ソロとの勝負要綱
15日のパーティ中にジローはエリシェ市長ミルクパール・リンデンローブへ贈り物をしなければならない。
相手が贈り物を受け取り感謝の言葉を口にすればジローの勝ちとなる。
その場合ジローはエルフの少女をエフタから受け取る。
ジローが負けた場合は精霊石10個をエフタへ支払わなければならない(未来取得分を強制的に簒奪する権利をエフタは有する)。
この契約が果たされなかった場合、果たさなかった者の祝福が失われる。
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なるほど、これが精霊契約か。ちゃんと文書として? 出るのが凄いな。これエルフがウッカリ契約内容間違えたりしたら、けっこう悲惨なことになるんじゃないのかなぁ。
「確認しました。内容も間違いありません。それでどうしましょう、パーティにはこのまま向かうのですか? ああ、こちらも連れがいるのですが、いっしょによろしかったでしょうか」
「はい。構いませんよ。会場へは私の紹介で入れますし。もう向かっても大丈夫でしょう」
「……あ、それと、僕が勝ったらアレできるエルフの少女は連れてきているんですか、今日?」
ついアレとか言って濁してしまう。へタレ乙。
ハッキリ奴隷とか言えばいいのに! やっぱ現代日本人にはへヴィだよ奴隷って単語はさ! その手のナニなゲームでなら平気だけんどもよ。
「……………」
「……………」
「もちろん連れてきておりますよ。ご安心ください。この勝負が終わりましたらすぐに受け渡しいたしましょう」
……なに今の間は。なぜエルフ男と顔を見合わせた?
いちいち心配になるな……。やっぱ騙されてんのかな俺。
ちなみに、「御用商との約束を果たそう 1/3」は「御用商と商取引をしよう 2/3」に変化した。
勝っても負けてもこの人とは付き合いが続くってことなんかなぁ。