第15話 異世界市長は女傑の香り
エリシェの街は、良く見ると確かにいろんなところで祭りの準備らしきことをしているのだった。
街路樹を赤、青、緑、白の布で飾る人、ヤグラのようなものを組み立てる人、屋台を引く人。
まだ10日以上あるためか準備自体はまだノンビリやっているようだ。
……異世界の祭か。屋台とかやったら儲かるかなぁ。
馬を街の入り口で預け、レベッカさんとまずこれからどうするかを話しながら歩く。
とりあえず決まっていることは、奴隷商に行きエフタ氏が本物のソロ家の人間かどうか確認すること。市長についての情報収集とお宅に突撃。贈り物をなににするか協議。
新しい”お導き”が出たことは、そのままレベッカさんに話した。
昨日今日ですでに2つもお導きを達成しているのに、さらに新しいのが出たということに驚いていたが「天職が8つもあるんだから、ル・バラカによほど愛されているんでしょうね、ジローは」と納得したようだった。
???のやつについても聞いてみたがレベッカさんもなんだかわからないんだそうだ。
内容についても、「市長の家に行く」も「御用商との約束を果たす」も、どちらもこの勝負に関するものに間違いがないということで、驚いていたようだが「大精霊がそう導いて下さっているのだから、この話に乗っても大丈夫なんだろうねー」と急に楽観的な感じに。
大精霊を過信しすぎなんじゃなかろうかとも思ったが、この世界ではそういうものなのかもしれないし、よくわからないな……。
ついでに疑問に思っていた「お導きに従わないという選択肢」について聞いてみる。
レベッカさんによると、一部の偏屈な人はお導きに従わなかったり(真逆のことをやったりするんだと)、天職板そのものを見なかったり、反精霊主義を掲げてみたりと、……まあいろいろいることはいるらしい。
他国では精霊信仰よりも、火神信仰とか女神信仰だとかのほうが強い国もあるらしく、そういった国では祝福自体も
◇◆◆◆◇
…………。…………。…………。
昼は聞き込み調査をしながら、街の案内なんかをしてもらい、夜はいちいちシェローさんのところに戻って泊めさせてもらいながら、3日間が経過した。
とりあえず、わかったことは――――。
奴隷商館の人曰く、エフタ氏は本物のソロ家の人間であるとのこと。お供はつけずにいることが多いらしい。
奴隷商館に堂々と入っていくレベッカさんはとても男らしかった。そして俺は外で待ってた。
市長ミルクパールさんは、女性で50歳。娘が1人いるが、帝都に留学中。旦那も一緒に住んでいるはずだが、あまり一緒にいるところを見かけないらしい。
お導きの「家を訪ねる」はまだ実施していない。家の場所はもう調べてあるが。
ミルクパールさんはかなりの仕事人間のようで、あまり詳しいプライベート情報が入ってこなかった。せめて趣味や好きな食べ物でもわかればいいんだが。
仕事はかなりバリバリこなしているらしく、市民からの人気も高い。
ミルクパールさんの就任時には、まだエリシェはさほど大きい街ではなかったらしいが、今では第1自由都市マリシェーラとほぼ同等の規模を有しているんだそうだ。就任前には汚職や収賄が横行し、そこそこ腐敗してたのだが、彼女がそれを一掃したらしい。
なるほど、それなら贈り物作戦は普通じゃ上手くいかないわな。
ソロ家は帝都の御用商として手広くやっているらしいが、エリシェはまだほぼ未開拓に近く、わずかな奴隷を卸しているだけなのだそうだ。
エフタ氏はソロ家の3男坊で、マリシェーラの支部で長男のサポートをしながら商人修業中。つまり、あの男はああ見えて商人としては駆け出しということらしい。
きっと若いころに散々遊びまわってたんだろうと俺は決め付けた。
レベッカさんの情報収集能力がすごい。誰とでも親しく話しかけてなんでも聞き出してしまう。元傭兵ってそういうもんなのかな、そういえば天職聞いたことなかったけど、そういう系統のものなのかしら。
宝石の価値について店で聞いたりして調べたんだが、こっちは地球ほど宝石が産出されないようだ。
量の問題ではなく種類が少ない。その代わり精霊石の加工物があるというわけだ。なら日本から宝石持ってくれば売れるかなーと簡単に考えたが、そう簡単な問題でもないようなのだった。
まず、精霊石を加工成型して宝石にするわけだけど、地球の宝石とは決定的な違いは、この石が精霊力の塊だという部分だ。精霊石由来の宝石は、精霊魔法でエンチャントして「マジックアイテム」にできるのだ。そしてそれをアクセサリーに加工して装備するってわけ。精霊石万能すぎるだろ。
聞き込みのために、酒場だの宿屋だのギルドだの市庁舎だのいろいろ廻って、街の地理にもだいぶ詳しくなった。
エリシェの街の南側は港になっていて、他国からの交易品が届く窓口になっている。こっちの海も地球と同じような海なのかと思ったが、あまり波が強くないというか、ユラユラと海面が不自然に揺れているばかりだ。月が2つある所為だろうか。
風もあまり潮の香りがしない。海水が真水だったりして。
そういえば、魚食はどうなんだろうな、こっちの世界は。昨日今日と食べたものって野菜や肉ばかりで魚は見掛けなかったし、生態系が違う可能性もあるな。こんな立派な港があるなら、釣り道具とかも売れそうなんだけどなぁ。
シェローさんの家の方角の逆側から街を出て、しばらく行くとルクラエラという鉱山街があるのだそうだ。
国内有数の鉱山であるルクラエラ山の採掘、精錬場から、徐々に発展していき今では小規模の街と言っても過言ではない規模なのだとか。
しかもすぐ近くにダンジョンが2つもある為、探索者の為の武器や防具の需要もあり、結果として採掘、精錬、生産を一括で行う一大鉱工業街となったのだそうだ。
最初にエリシェに来たとき見かけたドワーフの一団もきっとそこの人たちに違いない。
つーか、採掘と精錬と生産を一箇所でやってるって、環境汚染が半端なさそう。そういうのの対策とかしないだろうしなぁ……。
でも、鉱山街とかダンジョンとか男心くすぐりまくりなんで、一度はどんなもんか行ってみたいな。武器や防具もどんなん売ってるのか見てみたいし……。この世界の金貨とかシェローさん家の短剣を見るに、金属の精錬技術はかなり高そうだし、期待できそう。
エリシェでは、まだ高級武器屋みたいのを見つけてないだけだからか、面白い……というか、良い武器売ってる店見つけてないんだよ。俺がナイフを売った店も大量生産品みたいな剣がメインだったしなー。
よし、3日間でこれだけいろいろ調べられれば上出来だろう。
肝心の勝負に関係してる部分はまだ全然なんだけどもなー。贈り物をなににするのかもまだ全然考えてないしな。
まあ、とにかく明日はお導きもあるし、市長の家に行ってみることにしよう。
◇◆◆◆◇
次の日、俺とレベッカさんは市長宅を訪れていた。
それなりに立派な石作りの二階建ての建物である。こういう家ってなんていうのかな? ヨーロッパの古い街なんかを紹介するTV番組なんかでよく見るタイプの建物だけれど。
重厚な木製の扉で、ハメ殺しの窓があって、スレートの屋根で……。
純粋にこういう家っていいよな。憧れるよな。別宅として欲しいよな。
ドアベルを鳴らす。
しばらくして出てきたのは、50過ぎくらいの禿頭と総ヒゲのワイルドな男性だった。エプロンなんか着けちゃって、なんかの職人なのかな。
レベッカさんが応対しようとするが、ここはネタの仕込み的にも俺が応対しなければならない。
つか、レベッカさんとここ数日過ごしてわかったんだけど、姉御肌というか、すごく甘やかしてくれるというか、居心地は良いけど男をダメにするタイプかもしれない。むしろダメにされたい。特に俺みたいな末っ子には毒すぎるぜ! 人妻ってのも案外ポイント高いような気がしてきたぞ!
……冗談はさておき、ここはミスなく応対しなきゃいかん大事なポイントだ。上手くやらなきゃな。
「はじめまして。僕はジロー・アヤセというものです。宝石商をやらせていただいているものなのですが、ビル・リンデンローブ様でしょうか?」
「そうだが。宝石商がうちになんの用だ?」
「当然、良い宝石が入ったのでご紹介に……、と言いたいところですが、10日ほど前に『こちらに宝石を見せに行きなさい』という”お導き”がありましてね。――中で話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お導きか……。面倒だが、……そういうことなら仕方がないな。入れ」
強キャラ系かな。正直けっこうビビッてるけど、スーパーボディーガードのレベッカさんもいることだし、なんとかなるだろう。
この人はビル・リンデンローブ氏。例のあまり嫁と一緒にいないダンナさんだ。この人はなにか家でする仕事をしているらしいのだが、その内容は調査しきらなかった。まあ、それ自体はまあどうでもいいんだけどな。
家に入ると”市長の家に行ってみよう 0/2 ” を果たしたことになったらしく、天職板があらわれ、”市長の夫に真実の鏡を使ってみよう 1/2” に変化した。
あれって人間相手にも有効なのか……。どこまで暴くのかわからんけど、ちょっと怖いな……。
応接間に通される俺とレベッカさん。
レベッカさんが「どうしてお導きの内容ウソついたの?」と小声で聞いてくるが、とにかく任せて欲しいと頼む。
お導きの内容といえば、真実の鏡のことはまだレベッカさんにも言ってないし、これについてはレベッカさんにも嘘の申告をしなきゃならないんだよな……。まあ、どちらにせよ、クエストはここでクリアしちゃうし大丈夫か。
ビル氏と向かい合って座り、切り出した。
「宝石を見せる前に、お聞きしたいのですが近々宝石が必要になるようなイベントがなにかおありなんですか? 『宝石を見せよ』などというお導きは私も初めてでしてね。なにか特別な記念日かなにかが?」
「いや……、特にそういうものはないな」
「誕生日であるとか、結婚記念日などは?」
「どちらもまだ数ヶ月は先だな」
その後いくつか質問をしたがまさにノレンに腕押し。ちょっと作戦を変更することに。
「では、宝石を見ていただきましょうか。お導きがあるということは、きっと宝石が必要ななにかがあるはずだと思うのです。僕はそのお手伝いができたらな、と思っているんですよ。精霊の導いた縁でもありますしね」
そう言って、ジュエリーケースを出す。
さりげなくケースを持ってビル氏の横に座り、ケースを開けた。
”真実の鏡”
宝石を見せるふりをしてビル氏に軽く触れながら念じる。これって使うときに、相手に触ってなきゃいけないってのがちょっと厄介だな。
真実の鏡が発動し、ビル氏の詳細情報が天職板に表示されていく。
……うわぁ……、すげえな真実の鏡。
今は応対中でじっくり見れないけれど、ひとまず使えそうな情報は得られた。
良い作戦も思いついたので、この路線で行こう。
物珍しそうに宝石を見ていたビル氏が言う。
「……おい、これはなんだ? 精霊石か? これほど美しく成型されたものは初めて見るぞ……。お前、その服からすると帝都の商人なのか?」
「はい。帝都から来ました。どうです? そちらは僕としてもお奨めの一品でしてね。向こうではぺリドットと呼ばれている石なのですが、指輪やネックレスなどに加工して奥様に贈られては? もちろんエンチャントもこちらで代行させていただきますし、一生の宝物になりますよ。っと失礼」
売り口上の最中だったが、お導きの達成による精霊石の受け取りを済まさなければならない。つか、勝手に精霊さまが出てきて渡してくるだけなんだけどな。
天職板が光って、ポンッと妖精(いちおうこいつが精霊さまらしいが)になる。3回目ともなるともう慣れたな。オスなのかメスなのか判別付かないが、カラフルな服着ちゃってピエロみたいだ。
「よおよお、悪そうなツラしやがって、おまえにはこの濁った色の石がお似合いだよ。じゃあな。これからも世のため精霊様のためにガンバッテくれよ」
ポンッ
でっていう。
今回の精霊石は……うはぁ、青が主体の虹色の石……。
これってひょっとして、いやひょっとしなくても……オパール……。
これって濁ってるって表現するのか、精霊の基準がよくわからんな。
オパールは高級石だぞ!
「ありがとうございます。どうやらこれでお導きの達成となったようです。どうでしょう? これもル・バラカのお導きですし、その石がお気に召したのであればお譲りしますので奥様にお贈りなさっては? 僕としてはネックレスにするのがお奨めですよ」
ちょっと強引に押してみる。ぺリドットもそれほど高価な石でもないので、精霊石を得た見返りとしてタダであげてしまっても別に惜しくもない。今はとにかく、ビル氏をその気にさせなければ……。
「しかし……、俺はこういったものを家内に贈ったことがないのだ……。渡そうと思ったことはあるんだがな、どうも気恥ずかしいのは苦手でな……」
お、その気になってくれたようだ。よかったよかった。
強キャラ系かと思ったら、男なんてこんなもんよ。あとは、上手いこと言いくるめちゃえば出来上がり。
「そういうことでしたか。……では、こういうのはどうでしょう――――
さーて、あとは細かい仕込みと、俺自身のパーティ参加の準備だな。