おい、帰せるわけないだろ
さて。
少女と一通り話し終えた頃には、メアリーが夕食を完成させてくれていた。
少女が栄養失調なのは明らか。
だからメアリーも、
「気合いを入れて作りますね!」
と鼻息を荒くしていた。
ちなみに少女の名はエム。
これは本名ではなく、アルド家によってそう名付けられただけとのこと。
本名は彼女もわからないという。
それどころか、両親が誰で、自分がどこに産まれたのか……自分に関する情報が、まったくもってわからないという。
なんとも奇妙な話だ。
これ以上聞くのは申し訳なかったので、このへんで話を切り上げてしまったが。
……ま、そんなことよりいまは飯だ。
僕自身も、けっこう空腹だしね。
そうして食卓についた僕たちを、エムは壁際に立って見守っていた。
「……エム? なにしてるんだ」
「いえ……食事の際はこうしているのが
「だって、おまえの飯は――」
「私のは結構です。ですから皆さんだけで召し上がってください」
そうか。
彼女はちゃんとご飯を食べたことがないんだ。
奴隷の食事事情はよく知らないけれど、彼女の身体を見る限り、ろくな食べ物を与えられていないと思う。
自分は腹を空かせているにも関わらず、いままでずっと、壁際に寄り添って……
「エムちゃん。気にしないでいいんですよ」
メアリーが優しげに眉を垂らす。
「私はエムちゃんの分まで作りました。ですからエムちゃんが食べてくれないと……私、泣いちゃいます」
「ふえっ!? な、泣いちゃうんですか?」
「どんな脅しだよ……」
僕はため息をつきつつ、誰も座っていない椅子を引いた。
「まあ、エムにも食べてほしいのは本当だ。正直、食べたいだろ? ものすごく」
「いえっ、決してそのようなことは――」
ぐーーーーーっ。
エムの発言とは裏腹に、彼女から盛大な腹の音が聞こえた。
「ち、違うんです! これは、その、えっと……」
まあ、メアリーがだいぶ豪勢に作ってくれたからな。食欲が喚起されるのも無理からぬことだ。
「気にするなって。僕たちはエムの《主》じゃないんだぞ」
「主じゃない……」
「そうだ。おまえを迫害する人はここにはいない。……だから安心して座ってくれ」
こくり、と。
小さく頷いたエムは、おそるおそるといった様子で椅子に腰かける。そして目前の料理を見やるや、ぱあっと瞳を輝かせていた。
「ご、ごくり……」
「ははは……そんなにかしこまらなくても」
僕は苦笑を浮かべつつ、近くにあったサンドイッチをエムに寄せた。肉も野菜もたっぷり、メアリー渾身の料理だ。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「ああ。いちいち聞かなくてもいいさ」
エムは意を決したようにサンドイッチを口に頬張る。
「はむっ……はむっ……」
――と。
「う……」
ぽろぽろ。
ぽろぽろ、と。
「ううう……ぐずっ」
エムの瞳から雫が流れ始めた。
「す、すみません。ちょっと、私……」
「遠慮しなくていいですよ。気にしないで、全部食べてくださいね」
「ありがとうございます、ありがとうございます……。すみません」
エムはなぜか謝りながら、夢中で食事にありついた。
その様子を、僕もレイもメアリーも、微笑ましく見つめていた。
それから数十分後。
食事の時間はあっという間に終わった。メアリーが大量につくってくれたので、僕も満足することができた。
「ありがとうございます……皆さん……。美味しかった……」
改めて深々と頭を下げるエム。
本当に幸せそうだな。
下手すりゃ、人生で初めて《満腹》ってもんを味わったのかもしれない。
「ふふ……満足していただけたようで何よりです」
メアリーが嬉しそうに告げた。
「……アルド家では、あまり食べることがなかったのですか?」
「はい。……私たち奴隷よりも、馬や家畜のほうが価値があるようで。食べ物は……粗末なものでした」
「ひどいですね……。駄目な主人に仕えることの大変さは、私もわかっているつもりでしたが……」
「…………」
二人の話を、僕は黙って聞いていた。
――アルド家の奴隷、エム。
当初は一時的に保護する予定だったけれど――このまま彼女を帰すのは気が引ける。
奴隷に食事を与えることもなく。
ただただ囚人のようにこき使って。
死の一歩手前まで追い込んで。
――そんな場所に、彼女を帰せるわけないじゃないか。
もちろん、アルド家は大物領主。そして奴隷は形式上は《所有物》とされており、その奴隷を勝手に匿ってしまえば、僕はどうなるかわからない。
バレないうちはいいが、もし見つかってしまったら――僕だけじゃない。村のみんなに迷惑をかける可能性もある。
でも。
――真の剣聖たれ。
初代剣聖ファルアス・マクバなら、こんなとききっと――
「エム。どうだ。今日からずっと、ここに住まないか」
「え……?」
「もちろん姿は隠してもらう。だが、正直帰りたくないだろ? だから逃げてきたはずだ」
「は、はい。でも……それはあなたたちに迷惑を――」
「ふふ、いいのよ。このままあなたを帰すなんて、それこそ気分が悪いわ」
レイが優しげな表情で告げた。
「そんな……アリオス様も皆様も……優しすぎます……」
エムがまたしても泣き顔を浮かべるのだった。
本作におきまして、書籍化&コミカライズが決定しました!
本当にありがとうございます。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
すこしでも
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひお願いします。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップすればできます。
今後とも面白い物語を提供したいと思っていますので、ぜひブックマークして追いかけてくださいますと幸いです。
あなたのそのポイントが、すごく、すごく励みになるんです(ノシ ;ω;)ノシ バンバン
何卒、お願いします……!