おい、抱きつくな
――奴隷。
そう呟いたカヤの言葉に、僕は大きく目を見開いた。
「奴隷って……この子がですか?」
「はい。ここの……腕の紋様を見てください」
言いながら、カヤは少女の右腕を手差しする。
そこには、ほんのり緑色に浮かび上がる模様が浮かび上がっていた。
「これは……奴隷紋ですか」
「ええ。おそらくは」
奴隷紋。
それは
「しかもこれは……アルド家の奴隷ですね」
カヤの発言に、僕は顔をしかめる。
アルド家。
ラスタール村からほど近い領地を治めている一家だな。
僕もあそこには滅多には行かないが、領主の悪徳っぷりはたまに聞く。もしかすれば、性格の悪さはリオンやダドリーと良い勝負かもしれないな。
「ううう……ぁあ……」
倒れる少女は苦しそうに呻いている。
「許してください……もうしません……もう、しません。だからっ……」
だいぶ辛そうだ。
もう何日もまともに食事していないような――そんな身体をしている。
「くそ……」
保護してあげたいところだが、奴隷となると少々面倒くさいことになる。
前述のように、奴隷は主の所有物。
勝手に連れ出すのは得策ではなく、基本的には主の元へに返すのが常識とされている。
もしそれで主が大物だったりしたら――のちのち、面倒なことになりかねないからな。
だが。
「やめてください……アルド様……どうか、どうか命だけは……」
「っ……」
悲痛きわまりないその声に、僕はいてもたってもいられなくなった。
「カヤさん……ギルド活動の大義名分は、《民間人の保護》ですよね?」
「ええ、そうですけど。――まさか」
「はい。この子を一時的に保護したいと思います」
このままでは明らかに危険だ。
衰弱死も充分にありえるが、その前に魔物に喰われかねない。民間人を守る冒険者として、ここは放っておけまい。
自分の損得だけを考えるなんて……あいつみたいで嫌だしね。
「ふふ……ほんと、アリオスさんってば……」
カヤは澄み切った瞳で僕を見つめると、数秒後には先輩冒険者の表情に戻った。
「わかりました。一時的な保護であれば、アルド家とも角が立たないでしょう。問題ないと思います」
「ありがとうございます……カヤさん」
それにしても――アルド家か。
領主が傲岸不遜な人物だとは聞いていたが、少女の様子を見る限り、どうも放っておけない気がする。僕も家族から追放された身だから、居場所がないことの辛さがわかる気がした。
「お許しください……お許しください……」
僕の背中の上で、少女はそれだけを繰り返し呟いていた。
★
それから一時間。
僕たちは、ひとまず少女をレイの家で保護することにした。大物領主が関わっている以上、無関係の人を巻き込むのは得策ではないからね。
「すぅ……すぅ……」
少女はいま、ベッドの上で穏やかに寝息を立てている。
レイの聖魔法のおかげだろう。
肉体的にも精神的にも、だいぶ落ち着いてきたみたいだな。
「それにしても……ひどい傷ね……」
少女の額を撫でながら、レイが悲痛きわまる表情で呟く。
そう。
少女の姿はかなり心が痛むものだった。
まるで、ずっと誰かに虐げられてきたような――そんな外見をしている。
いったいどんな人生を歩んできたのだろうか。想像さえしたくない。
「…………っ」
少女の目が覚めたのはそのときだった。
「…………こ、ここは……」
戸惑ったように呟く少女。
僕は咳払いをしつつ、できる限り穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫かな。道で倒れてたようだから、とりあえず保護――」
「や、やぁぁぁぁああ!!」
瞬間、少女はベッドを飛び出し、ものすごい勢いで土下座する。
「すみませんすみません! いますぐお料理の支度をします! だからどうか殴らないでください、お願いします……!!」
「……落ち着いてくれ。僕はアルド家の者じゃないぞ」
「…………え?」
そこで初めて異常事態に気づいたのだろう。
少女は改めて、僕の顔をまじまじと見上げる。
「僕はアリオス・マクバ。新米冒険者だ。君が倒れてるところを偶然見つけてね、保護させてもらったんだよ」
「保護……? わ、私を助けてくれたんですか……?」
「うん。そうだね」
「そんな……みんな私の紋様を見て遠ざかっていったのに……」
……そうか。
いままでの道すがら、何人かとすれ違ったんだろうな。
だが、彼女にはアルド家の奴隷紋が刻まれている。
かの家の悪名はさぞ強力だろうし、面倒事に巻き込まれたくなかったんだろうな。
「出自なんて関係ない。いままで辛かっただろう。ゆっくり休んでくれ」
「う……うう……」
そこで感情がピークに達したのだろう。
「うあああああっ!!」
瞳に涙を溜めた彼女が、僕に抱きついてきた。
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