おい、剣聖は僕じゃなくてあっちだ
いつの間にか、僕は動けるようになっていた。
いきなり出現した、巨大な影。
あれを前に、僕を封じていた魔術師も呆気に取られているんだろう。
――それだけに、あの魔物はやばかった。
見たことのない魔物なため、対策も難しい。なにか良い手立てはないものか。
上座を仰ぎ見れば、剣聖リオン・マクバでさえ青白い顔で立ち尽くしている。
いや、この場合、リオンが心配しているのは自身の名声か。あの魔物をリオンが放ったことになってしまわないか、それだけが心配なんだろう。
ダドリー・クレイスも同様だ。
巨大な影に吹き飛ばれた後は、立ち上がる気配もない。
残念ながら、これらが由緒正しきマクバ家の姿のようだ。
もはや当てにならない。
……まあ、最初から頼りにしていないが。
「――
聞き覚えのある声が聞こえてきたのはそのときだった。
美しい女性の声。
まさに女神のような、どこまでも澄みきった美声。
まさか。
「はは……いままで感じていた《温かな気配》はあなたでしたか。女神様」
「ふふ……といっても思念体ですけれど。――ようやく会えましたね、アリオス」
微笑みとともに僕の隣に並ぶのは、いつぞやの異次元で見た女神ディエス。旧き王城で初代剣聖ファルアスと話していた女性だ。
どういう原理か、他の者には女神が見えていない様子。僕だけが彼女を視認できているようだ。
というか、あの巨大な影も含めて、みんなぴたりとも動いていないんだが。
僕の疑問に気づいたのだろう、女神はふっと微笑みながら言った。
「すこしだけ時間を止めています。この間に攻撃されたら笑い話ですからね」
「時間を……」
「ふふ、スキルが成長すれば、あなたにもできるようになりますよ」
まさに神のなせる技といったところか。
女神ディエスは厳しい表情で巨大な影を見上げると、ぽつりと呟いた。
「孤高の影、ヴァニタスロア……。数千年前、王国を苦しめた化け物です。現代の魔物は《指定ランク》で格付けされているようですが、その枠組みには当てはまらないでしょう」
「そうですか……」
やはり僕の予感は間違ってなかったようだな。巨大な影――ヴァニタスロアは、いままで会ったどんな魔物よりも強い。
「――ですが、あなたなら勝てると信じています」
女神は切実な瞳で僕を見つめるや、両手を掴んできた。
「お願いします。助けてください。
そうして、女神は。
僕の頬に、そっと唇をあてがった。
「あ……」
「信じています。あなたが、真の剣聖たることを」
「真の、剣聖……」
初代剣聖ファルアスも言ってたな。真の剣聖たれ――と。
と。
突如にして、女神ディアスの身体が薄れ始めた。このまま時間が経過すれば、その身体ごと消え去ってしまうくらいに。
「……時間切れのようですね」
女神は切なそうに僕から唇を離すと、潤んだ瞳で僕を見つめた。
「ヴァニタスロアは危険な魔物です。チートコードの《吸収》を使うのが得策でしょう」
「吸収……」
そういえば、ついにいままで使うことのなかった能力だな。
ヴァニタスロアには有効なのか。
「それから、《攻撃力の書き換え》で攻撃力を低下させることも忘れないでください。――あなたなら、必ずや勝てます」
「女神様……」
「愛しています。アリオス……」
そう言うと、女神の姿はとうとう見えなくなった。
その瞬間――止まっていたまわりの時間も動き出す。
「ゴォォォォォォオオア!!」
ヴァニタスロアは両腕を高々と掲げると、深紅の双眸を不気味に光らせた。
まずい。
直感的にそう思った僕は、先にチートコード《攻撃力の書き換え》を実行。ヴァニタスロアの攻撃力を1/4にする。
「ガァァァァァッァァアアア!!」
果たして、ヴァニタスロアの全身から細長い漆黒の炎が無数に放たれた。特定の誰かを狙った攻撃ではないようで、炎は無差別に周囲に散っていく。
「わ、わあああああああっ!!」
「助け――」
「ママ……!!」
観客たちが悲鳴をあげる。
炎の速度はさしたるものではないが、あの人混みのなか、逃げおおせるのは容易ではない。
僕は急いで次のチートコードも駆動した。
選ぶ能力はもちろん《吸収》。
女神に勧められた、僕にとって未知なる力だ。
と。
「きゃあああああああ!」
「やだやだやだ!」
炎が観客たちを飲み込む寸前、奇跡は起きた。
なんと炎が攻撃の方向を変え、僕めがけて走ってきたのである。
――まるで、僕自身に吸収されるかように。
「そうか……そういうことだったのか……」
どうりで、ひとりで戦っているときでは気づけないわけだ。
こんな状況でもなければ、相手の攻撃を寄せ付けるもクソもない。
しかも、現在はヴァニタスロアの攻撃力を半分の半分に落としている。無数の炎に襲いかかられても、正直あまり怖くはない。
「うおおおおおおおっ!!」
僕は剣を抜くと、視界に迫る炎を切り刻んでいく。宝剣レバーティの効果によって、近隣にあった炎までをも姿を消滅させていく。
「えっ……?」
「炎が、どうして……」
「まさかアリオス、俺たちを守ってくれたのか……?」
そうして一通りの炎に対処した僕は、観客に向けて大きく叫んだ。
「逃げてください! こいつは――僕がなんとかします!!」
「か、かっこいい……」
「剣聖……?」
観客たちがそう漏らすのが聞こえた。
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