第二章
19話: プロローグ 〜姉〜
18話にて、チーナが“伊織“と呼んでしまっていましたので、訂正しました。
いつの間に発音うまくなってしもうたんや………
✳︎この物語はフィクションです
月が変わって、9月初週。
少し和らいできたものの、まだまだ暑いこの季節。その昼休み。
俺は今冷房の効いた教室で、チーナ、総司、秋本の3人と昼食を摂っていた。
「楽しみだねぇ、クラスマッチ。みんなで頑張ろうね」
楽しそうに話す秋本。
そう、今日は2週間後に開催されるクラスマッチの、参加種目を決める話し合いが行われたのだ。
今年は、男子はサッカーとバスケットボール、女子はソフトボールとバスケットボールに参加することとなった。
このクラスは、男子16人に女子14人の計30人。
どちらも人数がギリギリのため、補欠要員も確保できない。
故に、一人一人の能力はかなり結果に関わってくるはずだ。
「にしても秋本、お前学級委員権限でほぼ無理やり俺の競技決めやがって。俺以外の4人は全員バスケ部だってのに、俺だけ素人なのは恥を晒すだけだ」
「鏡君はバスケ得意だってチーナちゃんが言ってたんだもん。ね、チーナちゃん」
「?……う、うん」
最近、チーナは流しスキルを手に入れた。
俺の参加競技はバスケットボール。会話の通り、秋本に上手いことしてやられた形だ。
ちなみに総司はサッカー、秋本とチーナはバスケットボールに出場する。
他にも球技種目は存在するが、人数の都合上うちのクラスはこのセレクトに落ち着いた。
「にしてもお前ら、なんで毎日俺の席で食うんだ。3人でどっか行って食え」
そう言って面倒そうに箸でトマトをつついているのは総司。
海水浴以降、総司の席周辺で4人で昼食を摂ることが多くなっている。
まだまだチーナの通訳は必要だし、秋本という日本で初めての女友達と別々に昼食を摂らせるのも可哀想だ。
ただ……
「俺とチーナと秋本で食うのは、周りの目がしんど過ぎる。あれ以来、アンチ連中とは更にギクシャクしてるからな」
「お前のせいだぞ。あのまま言われっぱなしにしていりゃ、現状維持で済んだのに。面白くない」
「お前の都合なんて知るかよ」
そんな会話をしつつ、昼食を片付ける。俺とチーナはコンビニで弁当を買い、総司と秋本は手作りである。
何気に料理がうまい総司。なんか憎たらしい。
最近チーナは大分日本語が上達して、少しだけなら会話も出来るようになってきた。
といっても、学んだ簡単な表現が用いられたうえで、尚理解出来るか五分五分と言ったレベルだが、それでも随分な成長速度だ。
雑談をしつつ、それぞれが弁当を八割ほどやっつけた辺りで、にわかに教室が騒がしくなった。
どうやら、誰か来たらしい。
「お、詩織ちゃんだ。どうしたの?」
「珍しいね詩織。俺ならここだよ」
「ちょっと男子、詩織が困ってるからあっち行って」
そう、誰かとは、俺の姉である鏡詩織だった。
「うわっ、詩織来てる。めんどくさ」
「そう言うな。姉だろう?」
俺が心底嫌そうな顔をして見せると、総司はニヤニヤとそう言ってのける。
こいつ、ほんとに俺と詩織のバトルが好きだな。
まぁ、詩織が来たからと言って、俺に用があると………
「伊織いるかな?少し話したいんだけど」
……あると……リコーダー。
「鏡?あいつならあそこにいるけど、また何かしたのか?」
「いやぁ、ちょっと…ね」
ああ出たでた、あの言い方。
完全に俺が悪いのに、気遣ってあからさまにそうとは言い切らない感じを装う演出。
"こんな優しい子を傷つけるなんて"
そんな印象を周囲に与える事で、自分の株を上げつつ俺の株を下げる……相変わらずシンプルだが効果的なやり方だ。
でも汚ぇ。
「うまいな。さすがだ」
「タチ悪いやつほど褒めるよな、お前」
「詩織ちゃん、今日も可愛いねぇ」
「おおぅ、純粋さの差がすごい」
『あの人が詩織さん?』
『……そだねー』
総司、秋本、チーナ、三者三様の反応を示す中、魔王様がスタスタと俺の前にご到着なされた。
それに合わせて、教室内の視線がこちらに収束する。
茶髪のボブヘア。くりっとしたこさ大きな瞳、愛嬌のある可愛らしい顔立ち、ラージなチェスト。
学校のアイドル、鏡詩織。
そんな美少女が、一般休憩中男子の俺に、これまた可愛らしい声で話しかける。
「久しぶりね、伊織」
「そっすね、詩織さん」
クラス中の視線が集まる中、俺は、しばらくぶりの姉との会話の火蓋を切った。
さて今日は、一体どんなネタで俺を陥れてくれようというのか。
なんだかんだ言って楽しみにしている………総司がいた。
ニヤニヤをやめろ悪魔野郎。
「伊織、最近すっかり家に帰って来ないじゃない。お母さん、心配してるわよ。お父さんがいなくなってお母さん一人で大変なんだから……。一人暮らしが楽しいのは分かるけど、たまには安心させてあげたら?」
・独りになった母を気遣う自分
・そんな母を放っている弟
・なんなら一人暮らしで気楽に楽しんでる
ハットトリックです。いやぁ、綺麗でしたね。
「帰って来いなんて言われてないし、顔を出したところで喜びなんてしないさ、あの人は」
「ひねくれないの!黙ってるのは母さんの優しさ。嬉しそうに見えないのは、顔に出ないだけよ」
何より面倒なのは、佐々木と違って悪知恵が働くところだ。
嘘というのは、ある程度真実を混ぜることが効果的。
俺が帰っておらず、母を放っているという真実を混ぜることによって、非常に反撃し辛い攻撃をかましてくる。
これが、こいつのやり口だ。
「悪いとは思っているんだ。だが、仕送りなんて貰ってないもんで、バイトしないと生活もできない」
だから俺も、嘘と真実を混在させて対抗してみる。
悪いと思っているのは嘘、仕送りを貰ってないのは真実だ。
「そんな嘘つかないの!自分の子にお金を使うのは当然のことなんだから、仕送りしてない訳ないでしょ?お母さんを悪く言うようなら、怒るよ?」
くっそうめええぇ。
確かに嘘はついたし、母さんの事を悪く言っている。
忌々しいことに、口論に関してはこいつに勝てる気がしない。
だがここで、意外にも秋本が口を挟んできた。
「あの、御家族の事に口を出してしまって悪いんだけど、鏡くんはいつもバイト頑張っているよ?」
秋本には、総司と同じく俺の米軍絡みの事情を伝えてある。
最近話すようになって分かったことだが、秋本は筋肉フェチだけど良い奴だ。筋肉フェチだけど。
「あなたは、秋本さんだね。伊織と仲良くしてくれてありがとう。でも、バイトを頑張ることと家族を蔑ろにする事は別問題だよ」
「え、あ、その…」
うん、お前は頑張ったよ。相手が悪かっただけだ。
「あの、ヨリを、困らせないで欲しい」
ここでなんと、チーナも援護に入ってくる。お前が中堅を務めてくれるのか!よし、頼むぞ……。
「あなたは、噂のクリスティーナさんだね。ええっと……○▼※△☆▲※◎★●」
「……………え?」
だがなんと、チーナの発言に対して詩織は、意味不明な音の羅列をそれっぽく言うという暴挙に出た。
さも当然と言わんばかりの、堂々としたハッタリ。
"すごい、詩織ちゃんもロシア語話せるんだ"
"そりゃ鏡が話せるくらいだから、当然だよな"
ホイホイ勘違いする野次馬連中。
まてまて、そんな阿呆な。
当然ロシア語なんかでは無いので、チーナが理解出来るはずもない。
「えと、なんて、言ったの?」
「おい詩織、適当な言語作るなよ」
チーナが必然の質問を返し、俺も追い討ちする。
しかし、当然その程度予測済みな詩織さん。
「ちょっと、周りの皆が分かってないからって、伝わってないフリするの辞めてよ伊織。クリスティーナさん、ごめんね。私下手だから今のロシア語で精一杯なんだよ。日本語でも伝わりにくいだろうし、またゆっくり話そう?」
こいつ、誤魔化しにいきやがった!
多分、まともに取り合うとチーナは面倒だと感じたんだ。
「ちっ、俺が通訳しようか?」
「ちゃんとありのまま通訳してくれるの?それにこれは私たちの問題なんだから、他の人巻き込まないの」
くっそ、取り付く島がない!
ちくしょう、チーナはもうダメだ!
正直、事を荒立てる事は出来る。今この場を制圧するだけなら。
だが、あの切り札をここで切るのは、違う。
まだだ、あの切り札の使い所を、間違えてはいけない。
とは言えやられっぱなしも気に食わない。
この状況で、素で奴と渡り合えるのは、同じく外道のあいつだけ。
"たのむ総司!副将………いや大将として、この場を収めてくれ!"
そう目で訴えかけると、総司は心底面倒くさそうな顔をして、同じく目で手助けする見返りを要求してきた。
"さば寿司"
さば☆ずし!?
いいけど、いいのかそれで!?
「なぁ、詩織さんよ」
「清水くん、なあに?」
契約が成立?し、だるそうに口を開く総司。
それに応じた詩織の笑顔に、若干の苛立ちが混じった。
総司は彼女にとっても、イレギュラーなのだ。
「“私たちの問題”なら、よそで話してくれ。他人に聞こえるところでやるな。不快だ」
「………ごめん」
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総司と伊織間のアイコンタクト能力は異常。