第一章: 初めましてとご挨拶
17話: お前らを許さない
前話で、秋本がロシア語の会話を理解するというバグが生じていたので、修正しました。
総司に関しては、ロシア語は分かりませんがなんとなく察しています。
お騒がせいたしました。
✳︎この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法律とは関係ありません。
「鏡てめぇ!!! クリスに何をしたんだ!!!!!」
「………………は?」
佐々木の突然の怒号に、思わず頓狂な声をあげてしまう。
チーナなんて、「ふぇっ!」っと驚いて俺の腕にしがみついて来たほどだ。
あれ、なんか当たった気がする。
にしてもこいつ、今なんて言ったんだ?
俺を………責めたのか?
「クリスが叫んだとき、一番近くにいたのはお前だ。お前がクリスに何かして、それを隠すために、クリス
「いや、アホかおまえ………」
あきれた。
いや、前々からバカだバカだと思っていたが、ここまでとは流石に想定の範囲外だ。
「ねえ佐々木くん落ち着いて!さっきも言ったけど、チーナちゃんはクラゲに刺されたんだよ!ほら、足首に跡も………」
「それは鏡が乱暴に連れてった時に岩に当たったとかだろ!丁寧に運んでたらあんなに速く泳げる訳が無い!」
秋本がフォローに入ったが、興奮した佐々木は暴論を吐いて一蹴する。
後ろで傍観している連中も、流石に今回は佐々木に疑いの目を向けているように見える。
佐々木を指差しながら小声で話しているのも数人見受けられるし、今回は数的有利はこちらに傾くだろう。
時間さえかければ説き伏せられるか………?
「あのなあ佐々木、あの時秋本が一番近くにいたんだから、俺が変な事をすれば気づくだろう?」
「潜ればいくらだって隠れて近付けるさ!たとえ、本当にクラゲだったとしても、それは近くにいたお前が不注意だったからだ!」
「クラゲの1番の対処法は、危ない時期に海に入らないことだ。誘った張本人がそれを言うか?」
「関係ない!そもそもお前には前科がある!いつもいつも詩織に手出して!」
ああ言えばこう言うの最上級。
そもそもこいつ、よく彼女でもない女子を名前呼び捨てにできるな。
相変わらず総司は援護してくれないし、秋本は押し込まれている。
周囲の客たちは、子供の喧嘩なんぞに関わるまいと遠くに行ったようで、いつの間にかこの辺りには俺たちしかいない。
全く、数的有利が聞いて呆れるな。
「そもそも、前から間違ってると思っていたんだ。普段詩織にあんなに辛く当たっているお前に、クリスを任せるなんてできない!」
引き続きまくし立てる佐々木。もうすっかりヒートアップしきってしまったようで、一歩、また一歩とこちらに近づきながら、顔を真っ赤にして暴論を振りかざしてくる。
俺はそれを、チーナの側で片膝をつきながら、見つめる。
自分でも、佐々木を見る目がどんどん冷ややかになって行くのが分かった。
こいつの発言は、そろそろ聞き捨てならなくなって来ている。
佐々木の戯言と化学変化を起こして、段々火薬と化して行く俺。
そこに、火種を持って踊る阿呆が、更に増えた。
「そうだ…。そうだそうだ!鏡が悪い!」
「ええそうよ!詩織ちゃんに優しく出来ないのに、他人に優しく出来るはずないわ!」
そう、詩織の親衛隊やファンクラブのクソどもだ。
さもこちらに正義があると言わんばかりのこの言い様。
だが、目を見れば分かる。
奴らは分かっている。今回の件、俺に非は無いと。
分かった上で…分かった上で、ただただ俺に不行状を突きつける為に、佐々木の告発に便乗したのだ。
頭が真っ白になっていく。
冤罪で責められる事には、慣れたと思っていた。
自分なら大丈夫だと。
大事な仲間は学外にも沢山いるから、辛く無いと。
俺が何も言わない事を言い返せ無いのだと勘違いして、奴らは更にギアをあげる。
「みんな落ち着いて!お願い!」
「醜いな」
必死に暴徒を抑えようとしてくれる秋本、ついに見かねて援護?を始める総司。
そのどちらの声も、届くことはない。
ああ、殴りたい。
ぶちのめしてやりたい。
くそ!くそ!
暴力で解決出来たなら、どれだけ楽だろう。
だがそれではだめだ。
そんな事をしてしまえば、奴らに餌をあたえてしまう。
耐えろ、耐えろ、耐えろ………
だが、そんな俺の努力など知らない佐々木は、ついに言ってはならない事を口にした。
「これからは俺がクリスを支える!お前はもう、二度とクリスに近づくな!」
ああ、もういいや………ごめんな、父さん。
目前の邪悪を、俺は捻りつぶさなければならない。
顔が分からなくなるくらいに叩きのめして、泣いて謝っても続けてやる。
そう思い、立ち上がろうとした………その瞬間、
「やめて!!!!!!!!」
絶叫が響き、あれ程の騒ぎがピタリと止んだ。
俺も立ち上がろうとした勢いを止め、声を上げた人物を見てしまう。
その人物は、俺のすぐ近くに。
痛む足で立ち、拳を握りしめて睨みを効かせる、チーナがいた。
「チーナ?」
信じられない。
人見知りなチーナが、無口なチーナが、日本語がわからず、話すのも苦手なチーナが、今一番、暴徒に立ち向かっている。
訪れる静寂。
「お、おいクリス、どうして………」
それを破った佐々木は、一瞬の内に、この世の終わりのような顔に変わっていた。
クリスのために鏡を責め、クリスのために怒っているのに、どうして彼女は今、自分たちの前に立ち塞がっているのか……
「ヨリは、わるくない!!」
この言葉を聞いて、彼女の表情を見て、流石の佐々木も察したらしい。
彼女が俺を守るため、"佐々木を否定している"ことを。
「ヨリは、わるくない!!」
「そん……な……」
佐々木は、絶望の様相を呈し膝から崩れ落ちた。
「どうして、どうしてだよぉ……。俺は……クリス許して、嫌わないで……」
もう分かっている、自分が間違っていた事は。それでも、この言葉が口をついて出てしまった………そんな様子だ。
「ヨリは……わるくない」
何度も何度も、俺は悪くないと言ってくれる。
言葉が足りず、伝えたい事がうまく表現できない。俺が不当な糾弾を受けているのに、助ける力がない。
そんな悔しさからか、彼女の瞳から、いく筋もの涙が流れた。
それでも、知っている少ない言葉を何とか繋いで、俺の為に立ち上がってくれている。
その姿が、ある光景と重なって見えた。
“やめろ母さん!伊織は悪くない!”
幼い日の、父が母に向き合う姿。
ああ、こんな風に庇ってもらうのはいつぶりだろう。
周りの連中も度肝を抜かれ………ついに、言葉を発するものはいなくなった。
チーナも耐えきれなくなって、その場にうずくまると、「ヨリは……ヨリは……」っと弱々しく続けながら、顔を覆う。
きっと、会話の内容が分かった訳では無いのだろう。
ただ、俺が無闇に責められている、それだけは伝わったのだ……あいつらが、考え無しにギャーギャー騒ぐから。
全く俺は、守んなきゃいけない子に、何守られてんだよ。
俺は無意識にチーナの頭に手を置いた。
海水に濡れていても、きめ細やかでさらさらな髪だと分かる。
すると、チーナが俺の胸に顔を
怖かったくせに…………ありがとな。
大丈夫。チーナの言葉は、俺なんかよりずっと、届いてる。
そして俺は顔を上げ、俺を糾弾していた連中を睨む。
多分、今までの人生で一番、壮絶な表情をしているんだろう。
奴らは、二歩三歩と後ずさった。
そして俺は、チーナを離し、立ち上がって佐々木に近づく。
片膝をついて肩を掴み、奴の目を睨みつける。
「お前はチーナの事を、これっぽっちも思えちゃいなかったんだ。ざまぁねぇなクソ野郎!これ以上、劣情のはけ口をチーナに向けるようなら、俺はお前を捻り潰す!」
「ひ、ひぃっ!」
尻もちをつき、そのまま恐怖で動かなる佐々木。
何か海水とは違う液体が、佐々木の足元で広がったような気がする。
そして今度は、アンチ連中………チーナの涙の原因の一端を担った者共に目を向け、怒りをぶつける。
「詩織に優しくしない俺を、お前らが恨むなら………」
そして発した俺の声は、自分でも怖いと思うほど、強い重力のように重く静かに響いた。
「チーナを泣かせたお前らを、俺は絶対に許さない」
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今回の話は、まとめるのにすごく時間がかかってしまいました。
チーナや伊織が、お互いの信頼や自分の立場を強く示す大事な回となっています。
佐々木など少し頭の悪いキャラが多かったのも、必要な個性だと思っています。
それでは次回もよろしくお願いします!