第一章: 初めましてとご挨拶
12話: Cheek Kiss
不意打ちの本日2投稿目!
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、法律などとは関係ありません。
時刻は昼過ぎになっていたので、モール内のファミレスで昼食を済ませ、買い物の続きをする。
ちなみに俺の水着は、あの後5秒で選んだ。一応試着もしたが、なぜかチーナがほぇーってなってて意見が得られなかった。
まあ何でも変わらんでしょ。
水着は済んだが、日焼け止め、ラッシュガード等々明日必要な物や、日用品や参考書など、買わなければならないものは山ほどある。
俺のバイクは軍用だから、多少大荷物になってもノープロ。
むしろ、なるべく1回で済ませたいから入念に見て回る。
そうしているとすっかり遅くなってしまい、もはや晩飯を食って帰らねばという時間帯だ。
腹減った。疲れて腹減った。
体力的には問題無いはずなのに、なんだこの消費カロリー。
女の子の買い物は大変って、世界共通だったんですね。
とにかくガッツリ晩飯を食いたい。
『なぁチーナ。晩飯なんだが、ビュッフェ形式の店にしないか?少し高くなるけど、金は俺が出すからさ』
『え、いいよ自分で出すよ。むしろ今日1日付き合わせたんだから、ヨリの分も…』
『いいんだよ。その方が俺も気持ちよく食える』
『そういうことなら……』
ちなみにチーナは、両親の資産をある程度相続しており、その管理は彼女自身に委ねられている。
なるべく使わないようにと注意しつつ、アンジーが管理しないのは、お金目的で引き取ったのだと思われたく無くないからだろう。
そのうえで、娯楽費も含め十分な生活費をチーナに渡しているらしい。
ほんとうに、毒親甚だしいうちの母とは大違いだ。
例えば、俺と詩織が産まれた時、父と相談せず勝手に出生届けを出そうとしたらしく、俺たちの命名は
だったそうだ。
ふざけるな!ふざけるな!ばかやろおおおぉ!…………と言いたい。
実際、父が発見した時は相当怒ったらしい。
ていうか、なんで産まれる前から俺の事を毛嫌いしていたのだろうか。
未だに理由は分かっていない。知った所で、頭にくるだけだろうが……。
とりあえず、荷物をいったんコインロッカーに預け、1階の食事エリアの適当な店に入る。
『にしてもヨリ、すごく食べるんだね。フードファイターみたい』
料理を山と盛った皿を何枚も消費する俺を見て、チーナは少し面白そうに見てくる。
『ある軍人が言っていたんだ。大きくなるためには "犬のように食え" と。まぁちょっと意味違うけど』
ちなみにその軍人は、退役後有名なボディビルダーになった。
あ、俺の知り合いではないぞ。何かのインタビューを見ただけだ。
そして、満足の行くまで食べた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
『さぁ、そろそろ帰ろう。明日も早いしな』
『ヨリはいつも通りでしょ』
言葉を交わしつつ席を立って支払いを済ませ、荷物を回収して駐車場へ。
バイクの収納に入らない大きな物を紐で固定しつつ、ふと明日の事を考える。
『明日、海水浴場までどうやって行く?』
チーナが受け取った招待状には、現地集合と書いてあった(分からなかったら一緒に行こう!っと連絡先を添えてあったが)。
住んでる場所によっては、駅より海の方が近いという人もいるから、その配慮だろう。
そして、俺たちのアパートから現地は、割と近い。地図的には。
と言っても、基地外に出ること自体がそこそこ時間がかかるので、歩ける距離ではない。
そんな中途半端な距離故に、ちょうどいいバスや電車がない。
米軍基地あるあるー"アクセスが悪い" 。
そのことを伝えると、
『じゃあバイクだね』
っと、手を後ろに組みながらチーナが即決した。
仕草ひとつひとつが可愛いなおい。
『いいのか?多分クラスの奴らに見られるぞ。親の車に乗ってくる奴もいるから、集合場所駐車場になってるし』
『気にしないよ。ヨリのカッコいいバイクを自慢しよう』
実にあっけらかんとしている。
出会った頃はあんなに無口だったのに、今では普通に明るい女の子になっている。
要は人見知りだった訳だ。
荷物を固定し終えて、軽く揺すって確認する。
うん、大丈夫そうだ。
『まぁ、バスや電車は面倒くさくってたまらないから、タンデムが現実的か』
『うん、そうしよう』
そう会話を締めくくってから、お互いに上着を着て2人でバイクに跨る。
ぎゅっ
すううううぅ、はあああああぁ…………。
よし!運転に集中!
今回は事前に心構えをしていたので、朝よりはいささか落ち着いて運転することができ、無事アパートに到着。
荷物をチーナの家に運び込み、片付けも少し手伝う。
アンジーが出発する前は毎日呼ばれていたので、この部屋に来ること自体は久しぶりでもない。
要領よく作業は進み、すぐに片付けは終わった。
落ち着いた所で、チーナがコーヒーを入れてくれたので、椅子に座って一息。
『今日はありがとね、ヨリ。すごく楽しかった』
『バイクか?気持ちいいだろ?チーナもバイトして買ってみたらどうだ』
『バイクもそうだけど、こんな風に1日遊んだのは久しぶりだったから………ね』
え、今日遊んだっけ?遊ぶの明日じゃね?
っと正直思ったが聞きはしない。
そこで、チーナが急に神妙な面持ちになり、話を続けた。
『ヨリにはいつも、助けられてばかりで……すごく感謝してる』
『………やめろよ。大したことじゃない』
なんだ、その事か。
うん。確かに苦労はしてる、色々な面で。大したことはないってのは、多少見栄だ。
でも不思議と、辛いとか、面倒くさいとか、そういった感情は無い。
あるのは………
『大丈夫、お前といるのは………楽しいよ』
『……………』
くっ、はずっ………。
何勢いで言っちまってますのん。
チーナも答えに詰まってボーッとしてますやん!
疲れてるな!よし、もう帰ろう!
『それじゃあ…帰るな。今日は早く寝ろよ』
そう言ってさっさと立ち上がる。
その時、
『ちょっとまって』
俺が歩きだす前に慌ててチーナが呼び止めて、テーブルを回って近づいてくる。
え、何?もう早く帰りたいんだけど………
そう思って顔を上げた、その時だった
ちゅっ!
耳元で、キス音が響いた。
チーナが俺の肩に手を置いて、俺の右頬に自分の頬を擦り寄せている。
頬から伝わる温もり、肩にかかる体重。
身長差を埋める為に必死に背伸びしているせいで、密着する体。
世界が一瞬で、音を無くしたようだった。
『ヨリ!ねぇ、ヨリ!』
どれくらいボーッとしていたのだろうか、肩を揺すられてようやく我に帰る。
『え、は!ちょっ!チーナ、何して!』
そして、何をされたかようやく理解した。
『チークキスはやめとけって……』
『私からするのは別にいいでしょ。私はヨリと挨拶がしたい』
そう言うチーナの顔は、俺程ではないが、少し赤くなっている。
だが、そんな事には気付けないほど、俺の心臓はバックバクだ。
血の流れが熱い。
呼吸の仕方が分からなくなりそうだ。
『それより、ほら!』
必死な俺をよそに、チーナが腕を少し広げ、期待した目でこちらを見てきた。
"今度はそっちから来い" と、言外にそう言っている。
ロシアでは頬のサイドを変えながら、チークキスを2、3回繰り返すのが一般的だ。
"またね" に、同じ言葉を返すように。
だが今の俺に、その当然の挨拶を返す力は残っていなかった。
『じ、じゃあまた明日な!』
ドンドンドンドン!バタッ、ガチャン!
非常に情けないことだが、俺は自分の部屋に逃げ帰った。
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チークキスは日本人にとって最も難しい挨拶のひとつらしいですね。