第1話 藤咲実桜、着隊!

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第1話 藤咲実桜、着隊!

 風に吹かれた綿雲が、快晴の春空を気持ち良さそうに流れていく。まだ冬の寒さが残っている空気は、肌に触れるとひんやり冷たいけれど、花や緑の瑞々しい匂いが混じっていて、厳しい冬の終わりと、光の春の訪れを感じさせた。  春といえばなにを思い浮かべるだろうか。新たな世界への旅立ちと、新しい生活が始まる季節だと、多くの人が思い浮かべるだろう。  まさにそのとおりである。一人前になった鳥が、親元から離れて空に羽ばたくように、みんなは希望が満ちあふれる未来へと、それぞれの翼を広げて、飛び立っていくのだ。そしてここにも、新たなる第一歩を踏み出した若者がいた。  その若者――彼女の名前は藤咲実桜(ふじさきみお)という。福岡県築城基地の第8飛行隊から、宮城県松島基地に異動してきたばかりの、国防の任務を与えられた国家公務員――航空自衛官である。そしていま藤咲実桜の身体の中は、緊張感でいっぱいになっていた。 「――藤咲実桜2等空尉。聞いていた時刻よりも、遅い到着のようだが……。来る途中でなにかトラブルでもあったのか?」  低い声が実桜の耳に届いた。実桜に話しかけたのは、正面の机に座っている男性で、彼は配属された部隊――第11飛行隊の飛行隊長である。  厳しい表情と眼差しに射抜かれて、実桜の背筋を冷や汗が滑り落ちていく。来る途中でなにかあったのかと、隊長は実桜に訊いた。――つまり遅れた理由を説明しろと言っているのだ。
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