第36話 展示飛行のあとに
松島基地航空祭は拍手喝采のなか閉幕した。来場者たちが帰って行くと、熱気は波のように引いていき、あんなに混雑していたエプロンは、大海原に浮かぶ無人島のように静かになる。デブリーフィングを終えた実桜は格納庫に足を運び、展示飛行の任務を終えた6番機を眺めていた。
「――わたしと一緒に飛んでくれてありがとう。今日は最高の展示飛行だったよ。あなたが頑張ってくれたお陰だね」
実桜は6番機の翼にそっと触れた。実桜が第11飛行隊に着隊してから、いままでずっと一緒に空を飛んできた。いわば6番機は家族のような存在である。喜びを分かち合って、ともに苦難を乗り越えてきた。それらの記憶が次々と蘇り、万感胸に迫った実桜は、思わず泣きそうになった。
「なんだ――こんなところにいたのか。あちこち捜し回ったんだぞ」
声をかけられた実桜が振り向くと、琉青が後ろに立っていた。実桜の側に来た琉青は、不思議そうな顔で彼女を見やった。
「誰もいない格納庫でなにをしていたんだ?」
「一緒に飛んでくれてありがとうって、6番機にお礼を言っていたんです。頑張ったのはわたしたちだけじゃない。T‐4も頑張ってくれたから、今日は最高の展示飛行を、みんなに見てもらうことができた。だからありがとうを言ったんですよ」
「T‐4にありがとう、か――。……そうだな、T‐4が頑張ってくれたから、俺たちは展示飛行を成功させられたんだよな。おまえにありがとうって言われて、6番機も喜んでるみたいだぜ。おまえを見習って、俺もありがとうを言っておくか」
5番機のところに歩いた琉青は、翼を軽く叩いて「ありがとうな」と感謝を伝える。変だとか馬鹿だとか言われると思ったけれど、琉青は実桜の思いに共感してくれた。心が通じ合ったような気がして、なんだか実桜は嬉しくなってしまった。
「そういえば……神矢さんはわたしを捜してたんですよね。わたしになにか話があるんですか?」
思い出した実桜が尋ねると、なぜか琉青は黙りこんでしまった。歯に衣着せない琉青が沈黙するなんて、どうやらよほど言いにくい話らしい。そんな態度をされると、気になって仕方がないのだが。
「わたしに遠慮しないで言ってください。言いたいことがあったら、いつもストレートに言ってくるのに、口ごもるなんて神矢さんらしくないですよ。なにを言われても怒りませんから」
実桜に話していいと言われても、琉青はまだ決めかねているようだった。辛抱強く待っていると、覚悟を決めた琉青が「分かった」と頷いた。
「6番機のORパイロットになるまでは、恋愛はしないって、おまえは言っていたよな」
「えっ? ええ、言いましたけれど……それがどうかしたんですか?」
「おまえは6番機のORパイロットになった。ということは……これから誰かに恋をするってことになるよな?」
「ええ、そうなりますね! ――なんなんですかもうっ! はっきり言ってくださいよっ!」
いったいなにを言おうとしているのだ。苛立った実桜は思わず大きな声を出してしまった。琉青はまた黙っているけれど、大きく深呼吸すると口を開いた。
「藤咲――いや、実桜。俺をおまえの恋人にしてくれないか?」
「――ふえっ?」
実桜の頭の中はさながらホワイトアウトのように真っ白になった。