第35話 心はいつも繋がっている
ブリーフィングを終えた実桜たちは隊舎を出ると、観客たちが待っている駐機場に向かった。ちょうどブルーインパルスジュニアの演技が終わったようで、実桜たちはスクーターを押して歩く彩香たち整備員とすれ違う。整備員たちのサムズアップや応援に頷いて、実桜たちは駐機場に歩みを進めた。
駐機場に現れた実桜たちを、待ってましたと言わんばかりに、万雷の拍手と大歓声が出迎えた。観客たちが左右に割れてできた花道を歩いて、実桜たちはカメラのフラッシュを浴びながら、エプロンのいちばん端で横一列に並ぶ。実桜たちが一列に並ぶと、霧野1尉のナレーションが会場に響き渡った。
『ご来場の皆様! ただいまからブルーインパルスの展示飛行を開催いたします! これから約35分間、ダイナミックなアクロバット飛行と、美しい編隊飛行の妙技をお楽しみください! 会場左手では、本日の展示飛行を実施するパイロットが、航空機へと向かいます! 整斉としたパイロットの動きにご注目ください!』
「霧野の奴……気合いが入りすぎてるんじゃないか?」
霧野1尉のナレーションを聞いた琉青が呆れた顔をする。確かに霧野1尉の声には、力が入っているけれど、実桜は悪い気はしなかった。
「元気があっていいじゃないですか。霧野さんがあんなに頑張っているんだから、わたしたちも先輩として負けていられませんよ」
「――そうだな。よし! それなら俺たちも気合いを入れて、あいつに先輩の凄さを見せつけてやろうぜ!」
「はい! びっくりさせちゃいましょう!」
霧野1尉のナレーションに気合いを分けてもらって、実桜たちはウォークダウンを開始した。ステップカウントで歩幅を合わせて行進しながら、実桜たちはそれぞれが乗るT‐4の所へ歩いて行った。
6番機の所に着いた実桜は、整備員と敬礼を交わして、用意されていた装具一式を身に着ける。次にコクピットに座った実桜は、ハーネスとベルトをきつく締めると、メタリックブルーのヘルメットと酸素マスクを装備して、機器類の点検を終わらせた。
エンジンスタートの準備完了。垂直尾翼のストロボライトを点滅させた実桜は、整備員とハンドシグナルで連携をとりつつ、エンジンをスタートして各種点検を終わらせる。エレベータ・エルロン・ラダーをリズミカルに動かして、操縦系統が正常に動くか確認。通信機材に航法装置、飛行計器やエンジン装置もすべて正常だ。
整備員に敬礼した実桜たちは、キャノピーを閉めると観客たちに手を振りながら、T‐4を滑走路の端までタキシングさせる。最終チェック完了、離陸の準備はすべて終わった。離陸のときを待っていると、琉青が実桜に無線をつないできた。
『ジンからチェリー、聞こえるか?』
『チェリー、ボイスクリア。どうしたんですか?』
『いや……べつにたいした用じゃないんだ。ちょっとおまえのことが気になったから――』
琉青が実桜を心配しているのが、無線越しからでも分かった。実桜が緊張していないか、不安に思っていないかと、琉青は真摯に案じてくれているのだ。
『心配してくれてありがとうございます。わたしにはブルーインパルスのみんながいます。みんながわたしに飛ぶ勇気をくれる、そしてわたしの翼になってくれる。だからわたしは大丈夫です』
そうだ。実桜には心と絆をひとつに結んだみんながいる。みんなと一緒なら怖くない。みんなを信じて飛べば最高の演技ができる。だから実桜の胸に不安はひと欠片もなかった。
『そうか――そうだよな。おまえはもう見習いパイロットじゃない、一人前のドルフィンライダーなんだよな。本当におまえは強くなったよ。俺たちは先に行く。おまえが来るのを待ってるからな』
肩越しに振り向いた琉青が実桜に片手を挙げる。振り向いた琉青に実桜は敬礼で返した。双発のエンジンを高らかに響かせて、武知2佐たちが迫力満点に離陸していく。そして実桜もエンジンを全開にして、みんなが待っている空へと飛び立った。
イルカが仲良く泳いでいるような2機のロール。4機同時の背面飛行。ロケットのような垂直上昇。大空に輝く巨大な星。6条のスモークが描く雄大なループ。心と絆をひとつにした、ブルーインパルスのアクロバット飛行は、地上にいる観客たちの胸を熱くさせて、大きな感動の渦に包みこんだ。
『ワン、スモークオン! フェニックス・ローパス、レッツゴー!』
武知2佐の力強いコールが響き渡り、フェニックス隊形を組んだ実桜たちは、操縦桿のトリガーを引いた。
さながら尾羽のようなスモークを曳きながら、ブルーインパルスは観客たちの頭上を飛んでいく。そして実桜は編隊から離脱すると、スモークを切って青空を貫くように上昇していった。
青空を上昇していく実桜の目に、彼女と平行して飛んでいるT‐4が映る。だけれどそのT‐4は実際には存在しない。実桜だけにしか知覚できない幻影なのだ。
ポジションナンバーも機体番号も、実桜と同じのT‐4には、彼女の心に夢と憧れの種を撒いたパイロット――勇輝が乗っていた。
(父さん……聞こえてる? わたしは空を飛ぶのが好き。ブルーインパルスの空が好き。父さんが夢と憧れをくれたから、わたしは最高の仲間たちに出会うことができたの。だからありがとうを言わせてね――)
自分の声は勇輝に届いただろうか――。実桜は勇輝が乗るT‐4を見上げる。すると勇輝のT‐4は、実桜の声は確かに届いたというふうに、翼を左右に大きく振ってみせた。そして勇輝のT‐4は実桜から離れると、さらに高く昇っていき、青空に溶けるように消えていった。
きっと実桜たちの展示飛行を見届けるために、勇輝の魂は松島に戻ってきてくれたのだ。追悼飛行を終えた実桜は、みんなが待つ基地に向けて舵を取る。勇輝とはもう会えないけれど、実桜は悲しくなかった。どれだけ遠く離れていても、心はいつもつながっているのだから――。