第34話 松島基地航空祭、開幕!
暗い夜が明けていくと同時に、真っ青な波を重ねた海のような群青色が、大空いっぱいに広がっていく。
今日は松島基地で航空祭が開催される日だ。爽やかで突き抜けるような青空は、きっと空の神様から実桜たちへの、特別な贈り物なのかもしれない。
格納庫の前では朝礼を終えた整備小隊が、T‐4の点検作業を行なっている。飛行機の各所を叩いたり、コクピットに乗って舵を動かしたり、パネルを開けて覗きこんだりしながら、整備員たちは手際よく点検を進めていく。
両腕を組んだ武知2佐は、点検を見守るように立っていて、その姿からは展示飛行という任務への、強い意気込みが感じられた。
午前8時に基地の門が開放されると、早朝から開門を待っていた人たちが、まるで潮のように基地の中に押し寄せてきた。
松島基地を訪れたのは、事前応募で当選した1万人だ。30万人以上が訪れたという、入間基地航空祭と比べればかなり少ないけれど、実桜たちに来場者の数なんて関係なかった。
来てくれた人たちに感謝して全力で空を飛び、平時に行われる大切さに、「国を空から守る」という意味と、そして航空自衛隊という組織を、より多くの人たちに知ってもらう。それが実桜たちブルーインパルスに与えられた任務。そして人々に対する感謝の気持ちが、航空自衛隊へのさらなる理解に繋がっていくのだ。
午前9時に松島基地航空祭は開幕した。オープニングフライトとサイン会を終えた実桜たちは、隊舎2階のブリーフィングルームで、プリブリーフィングを開いていた。気象隊の報告によると、天気は崩れず快晴が続くらしい。なので午後の展示飛行は、第1区分の演技課目で進めることに決まった。
そして今日の展示飛行はいつもとは違う。最終課目のコークスクリューを終えたあと、勇輝の冥福を祈るミッシングマン・フォーメーションを、新しい課目のフェニックス・ローパスで実施するのだ。最後に編隊から離脱して、空高く飛んでいく重要な役目は、全員一致で実桜に任された。
追悼飛行は琉青が提案したことになっているけれど、実は龍一郎の提案らしい。だけれど龍一郎は航空幕僚長だ。権力を乱用した、あるいは展示飛行を私物化していると、周囲に思われかねない。だから息子である琉青が、代わりに提案したというわけである。
「すみません、武知隊長。出るまえにみんなに言いたいことがあるのですが――」
スティック操作とスモーク合わせが終わったときだった。珍しいことに琉青が武知2佐に頼み事をした。武知2佐に許可をもらった琉青は立ち上がると、なんといきなり実桜たちに頭を下げたのだ。
「2年も部隊にいて、今更なにをと思うかもしれませんが、みんなに謝らせてください。いままで迷惑をかけて――本当にすみませんでした」
頭を上げた琉青は、驚いた表情のまま固まる実桜たちを見回した。
「……俺はいままで真剣に空を飛んでいませんでした。過去に囚われすぎていて、前を向いて生きていくことができなかったんです。けれど藤咲のお陰で、ようやく俺は過去を断ち切ることができました。残された時間は少ないけれど、俺はラストアクロの日まで全力で飛びます。だから――最後の日までみんなと一緒に飛ばせてください」
琉青が再びみんなに頭を下げる。頭を下げた琉青を、武知2佐は黙って見つめていた。
「――神矢、頭を上げろ」
武知2佐の厳しい声が響き渡り、応じて顔を上げた琉青の顔は強張っていた。見やればみんなが厳しい顔をしている。琉青の思いはみんなに受け入れられなかったのだろうか。琉青と同じく実桜も緊張した。
「迷惑をかけて申し訳ないとか、俺たちはそんなことどうでもいいんだ。おまえが笑うようになった、あんなに嫌がっていたサインや写真撮影を、楽しそうにするようになった。俺たちはそれがなによりも嬉しいんだよ。おまえは俺たちの仲間だ。これからはそんな水臭いことを言うんじゃないぞ」
そこまで言うと武知2佐は相好を崩した。それは他のみんなも同じである。厳しい顔をしていたみんなは、嬉しさに頬をゆるませていたのだ。そして彼らの優しさに触れた琉青は、何度も頷きながら涙を流していた。
(神矢さん、よかったですね――)
武知2佐たちに囲まれて、肩を叩かれて励まされ、慰めの言葉をかけられている琉青に、実桜は心の中でそっと声をかける。彼らの姿を見た実桜は、やっぱり自分たちは家族のような強い絆で、結ばれているのだと思ったのだった。