第30話 悪夢のスクランブル
琉青の過去の話の始まりは、いまから2年前に遡る。ブルーインパルスに異動するまえ、琉青は石川県小松基地の、第306飛行隊のイーグルドライバーだった。306の次期飛行隊長だと噂されるほど、琉青の操縦技術は卓越していたのである。
そのころ琉青には早見秋広という後輩がいた。秋広は純粋で真っ直ぐな心を持っていて、いま思うと、実桜によく似ていたかもしれない。秋広は学生のころから、琉青に憧れていたらしく、琉青と同じ部隊に配属になり、そしてウイングマンに選ばれた彼は、子供のようにはしゃいでいた。
いまでも忘れられない悲劇が起きたのは、スクランブル任務を終えて、基地に戻る途中のことだった。快晴だった空に暗雲が垂れこめて、瞬く間に激しい雷雨になったのである。北陸の天気は荒れやすいと聞いていたけれど、まさにそのとおりだった。
琉青は秋広と連絡を取り合いながら、細心の注意を払って飛び続けた。
そのとき異変が起こった。いきなり無線が切れて、秋広が乗っている戦闘機も、レーダーから消えたのだ。何度呼びかけても応答はない。それでもあきらめずに呼びかけていると、唐突に秋広との無線がつながった。
『秋広! おい! 大丈夫か!?』
『はっ……はい……なんとか生きてます。先輩はいったいどこにいるんですか? 無線は復活しましたけれど、レーダーが消えちゃって動かないんですよ』
秋広の声は元気そうだったので、琉青はひとまず安心した。
秋広の無事は確認できた。残る問題はどうやって秋広を見つけるかだ。レーダーが動かないいま、互いの位置を確認できる手段はない。闇雲に機体を動かせば、衝突の危険性がある。どうするべきか考えていると、嬉々とした秋広の声が届いた。
『あっ――! 見えました! いま先輩の航法灯が見えましたよ! ああ――よかった! 待っていてください! すぐに行きます!』
『俺の航法灯が見えた――?』
秋広の言葉に疑問を感じた琉青は、後ろを振り向いてみた。秋広はすぐに行くといったけれど、彼が乗る2番機はどこにも見えない。見えるのは激しい雨と暗雲に稲光だけだ。まさか秋広は――。胸に嫌な予感が湧き上がったそのときだった。
『どうして海が――!? だめだっ!! 間に合わないっ!! うわあああぁっ!!』
尋常ではない秋広の悲鳴が、琉青の耳を奥まで貫く。夜のように暗い空に、ひときわ大きな稲光が閃いたとき、なにか大きな物が海に突っこんでいくのが見えた。稲光が照らしたそれは――間違いなくイーグルだった。
『秋広!? なにが起きたんだ!? おいっ! 秋広! 返事をしろよっ!』
琉青は声が嗄れるまで呼びかけたけれど、秋広の声はもう二度と聞こえてこなかった。雨は凄まじい勢いで降り注ぎ、稲光と波飛沫が狂ったように踊っている。琉青にはその光景が、まるで地獄の世界のように、恐ろしく見えたのだった。