第28話 想いは胸に秘めて
凪いだ海のような青空に、響き渡ったエンジンの音を合図に、実桜の未来を決める最終検定フライトは始まった。
最初に離陸したのは武知2佐が率いる4機編隊だ。滑走路でフィンガーチップ隊形を組んだ4機は、ダイヤモンド・テイクオフ&ダーティー・ターンで飛んでいく。続いて琉青の乗る5番機が、ローアングル・キューバン・テイクオフで離陸していった。
――次はいよいよ実桜の番だ。実桜はバイザーの奥で目を閉じる。大きく深呼吸をして目を開き、気持ちを整えた実桜は、真っ直ぐに前方を見据えた。そして実桜はスロットルレバーを押し上げると、高らかに離陸を宣言した。
『シックス、スモークオン! ロールオン・テイクオフ、レッツゴー!』
スロットル全開で滑走路を駆けて上昇。速度計を確認、機速は170ノットを維持する。ピッチ角を30度に合わせてエレベータを引き、実桜は右に360度のバレル・ロールを打つ。上空で待つみんなと合流した実桜は、第1区分のアクロバットを開始した。
信じて待ってくれていたみんなのために、そして自分が目指す未来のために、実桜は全力で空を飛んだ。大空に巨大な星を描き、疾走する5番機と交差して、稲妻のような鋭い軌跡を、スモークとともに空に刻みつけた。
操縦桿を強く握り締めているせいで、指が強張って両腕が痺れても、実桜の姿勢は揺らがない。ただひとつの思いが――ブルーインパルスで空を飛びたいという強い思いが、実桜を突き動かしていたのだ。
『行くぞ、藤咲! これが最後のデュアルソロだ! ファイブ、スモークオン! コークスクリュー、レッツゴー!』
『はいっ! シックス、スモークオン! コークスクリュー、レッツゴー!』
琉青のコールに応じた実桜は操縦桿を倒すと、背面になった5番機の周りを、バレルロールの機動で飛んだ。
まるで見えない糸で結ばれているように、またはお互いの意思が分かっているかのように、2人の動きに少しも乱れはない。実桜と琉青が飛んだあと、青空には美しい螺旋の軌跡が描かれていた。
コークスクリューを終えた5番機が飛んできて6番機の真横に並ぶ。視線を横に向けると、コクピットの琉青が実桜を見ていた。バイザーを下ろして、酸素マスクを着けているけれど、実桜は琉青が笑っているのが分かった。
琉青の右手が上に動き、彼はサムズアップをしたあと実桜に敬礼した。実桜も右手を挙げて琉青に敬礼を返す。敬礼を解いた琉青は、実桜に片手を挙げると、先に基地のほうへ飛んでいった。
(……やっぱりそうなんだ。わたしは神矢さんのことが――)
実桜は声を出さずに独りごちた。琉青のことを考えると幸せになって、けれど胸が切なく締めつけられる。実桜はその感情の名前に気づいていた。誰もが一度は経験する感情だ。
だけれど琉青に伝えるには、まだ時期が早いと実桜は思うのだ。だからそのときが――琉青のラストアクロが終わるまで、この思いは心の奥に秘めておこう。
芽生えた想いを心の奥に眠らせて、実桜は操縦桿を倒すと、基地の方向に6番機を旋回させる。いつしか空には虹の橋が架かっていて、まるで未来に続く道標のように、空の彼方まで伸びていた。