第24話 ONE TEAM -皆はひとりのために-
琉青に真実の思いを伝えた数日後。実桜は琉青と一緒に隊長室に向かっていた。2人で話し合って決めたことを、武知2佐に伝えるためである。もちろん簡単に許可をもらえるとは思っていない。だけれど前に進むには、この方法しかないのだ。
「2人とも神妙な顔をして……いったいどうしたんだ?」
琉青に背中を叩かれて、実桜は口を開いた。
「わたしが出した離隊願い、取り下げてほしいんです」
実桜の予想どおり武知2佐は驚いた。驚く武知2佐を前に実桜は続ける。
「自分から部隊を辞めると言ったのに、やっぱりなかったことにしてほしいなんて、自分勝手なのは分かっています。わたしはブルーインパルスのみんなと空を飛びたい。積み重ねてきたすべてを、ここで終わらせたくないんです。――お願いします、隊長。もう一度わたしにチャンスをください」
実桜は武知2佐に頭を下げた。腕を組んだ武知2佐は、厳しい面持ちになり、黙って実桜に視線を注いでいる。全身が圧迫されるような緊張感のなか、実桜は武知2佐の決断を待った。
「――その言葉を待っていたよ」
「えっ……?」
耳を疑った実桜は顔を上げる。顔を上げた実桜の前で、厳しかった武知2佐の顔は、糸がほどけるように変わっていった。
「おまえが簡単にあきらめるはずがない、苦難に打ち勝って絶対に戻ってくる。俺はそう思って待っていたんだ。俺が思ったとおり、おまえは戻って来てくれた。だから――これはもう必要ないな」
武知2佐は引き出しから離隊願いを取り出すと、実桜と琉青が見ている前で破り捨てた。武知2佐の寛大な心に、実桜の眦は濡れて熱くなる。琉青は涙を堪える実桜の肩を叩くと、武知2佐に真剣な顔を向けた。
「隊長にもうひとつお願いがあります。藤咲に浜松行きを許可してください」
「浜松に――? それはまたどうしてだ?」
「藤咲はまだT‐4には乗れません。それで浜松基地にある、訓練用のフライトシミュレーターを貸してもらって、飛行機への恐怖を克服させようと思うんです。責任は俺が取ります。藤咲の未来のために、浜松行きを許可してください」
今度は琉青が武知2佐に頭を下げた。続いて実桜も頭を下げる。浜松基地のフライトシミュレーターで、飛行機への恐怖を克服する。これが2人で話し合って決めたことだ。実機では事故を起こしてしまうかもしれない。だから被害の出ないシミュレーターを使って、訓練をすることにしたのである。
「神矢、霧野の訓練の進み具合はどうだ?」
「霧野ですか――? 上達はかなり早いですよ。そろそろ1人で飛ばせても、大丈夫だと思います」
琉青から話を聞いた武知2佐は「そうか」と頷いた。霧野とは琉青の後任パイロットとして、ブルーインパルスにやって来た、霧野綾人1等空尉のことである。
なんでも江波1尉とは航学からの同期らしく、おまけに同じ部隊にいたらしい。訊かれた理由が分からないのか、琉青は怪訝そうな顔をしていた。
「神矢。おまえも藤咲と一緒に浜松へ行ってこい」
「――はい?」
目を丸くした琉青の口から、間の抜けた声が飛び出した。
「藤咲も独りだと不安だし心細いだろう。神矢が一緒だと心強いし、俺たちも安心できるしな。それに――」
実桜には聞かれたくない話があるようで、武知2佐が琉青に手招きした。自分を呼んだ武知2佐に、なにやら言われた琉青は、顔を真っ赤にすると目を見開いて、それを認めるように頷いた。
「31飛行隊の進藤3佐に連絡しておくから、彼に協力してもらうといい。藤咲、焦らなくていいからな。俺もみんなも、おまえと一緒に飛べる日を楽しみにしているぞ」
「ありがとうございますっ――!」
実桜に微笑んだ武知2佐がドアのほうを見た。
「藤咲は部隊に残ることになったぞ。立ち聞きするのはやめて、入って来たらどうだ?」
武知2佐がドアに向かって声をかけた。どうやら外に誰かいるらしい。ややあってドアが開き、江波1尉たちが姿を見せる。全員がバツの悪そうな顔をしているから、本当に立ち聞きしていたようだ。代表として口を開いたのは晴真だった。
「君が死にそうな顔をして隊長室に行ったって、江波さんから聞いて、みんなで急いで来たんだよ。盗み聞きをしたのは悪かった。でも――それだけみんなは、君のことを心配しているんだ。君がブルーインパルスに残ってくれて、俺たちは涙が出るほど嬉しいよ」
そこにいるみんなが実桜を見つめていた。彼らの眼差しは優しくて力強く、喜びがあふれ出ている。
飛べなくなった自分は、部隊にとって足枷のような存在だ。それなのに――みんなは部隊に残ってくれて嬉しいと言ってくれた。だから実桜は思わず泣きそうになった。
「わたしっ――絶対に飛べるようになって、松島に戻って来ます! だから待っていてください!」
ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために全力で力を尽くす。それがブルーインパルスだ。これからもずっと、ブルーインパルスのみんなと一緒に、日本の空を飛び続けたい――。揺るがない決意を心に刻みつけて、実桜は再起を胸に誓ったのだった。