第22話 現れた異変
事故から2週間が経ち、長い入院生活を終えた実桜は、みんなが待つ松島基地に戻った。
基地に戻れた喜びよりも、自分は戻ってもいいのだろうかという、不安のほうが大きかった。なぜなら実桜が入院しているあいだ、松島基地は大変な状況になっていたからだ。
大変な状況というのは、事故を知った近隣住民からの抗議である。住民たちの抗議はとても激しく、基地の前で何日も抗議デモが行なわれたらしい。
事態を重く見た司令は、航空幕僚長に指示を仰ぎ、しばらくのあいだ、救難隊を除く部隊の飛行訓練を自粛すると、広報班を通してマスメディアに発表したのだった。
そんな大変なときなのに、ブルーインパルスのみんなは、実桜の帰還を喜んで出迎えてくれた。
だからみんなには感謝の思いしかない。飛行訓練が再開されたら、みんなの思いに応えるために、気合いを入れて頑張ろう。胸に熱い思いを燃やして、実桜は訓練再開の日を待った。
訓練再開の日は予定よりも早く訪れた。基地司令の松川空将補・武知2佐・広報班の班長が、住民たちと真摯に話し合ってくれたのである。訓練が再開されて嬉しいのは実桜だけではない。空を飛べる喜びで、みんなの顔も明るく輝いていた。
「久しぶりの訓練! よーしっ! 今日は気合いを入れて飛ぶぞー!」
隊舎から駐機場に向かう道中で、江波1尉が拳を突き上げて宣言した。そんな江波1尉に、飯島1尉が冷めた視線を向けた。
「気合いを入れて飛ぶのはいいけどさ、サンライズのときに、1人だけ違った方向に飛んでいくなよ。おまえはよく空回りするからな」
「おいおいおいっ! 人のやる気に水を差すようなことを言うなよっ!」
江波1尉と飯島1尉の愉快な会話が、実桜たちを笑顔にさせた。互いに小突き合う2人を先頭に歩いて行くと、6機のT‐4が並んでいるのが見えた。
いつもよりも光り輝いているのは、整備員たちが気合いを入れて、機体を磨いてくれたからだろう。訓練再開を喜んでいるのは、実桜たちパイロットだけではないのだ。
実桜たちを乗せたT‐4は、訓練空域を目指して離陸した。訓練空域が近づいてきたそのときだ。6番機が左右に大きく揺れ動いた。気象班がプリブリーフィングで、今日は少し風が強いと言っていたから、きっと風の影響で機体が揺れたのだろう。
『ふぅー。いまのは揺れが大きかったな。大丈夫だったか?』
江波1尉に無事かどうか訊かれたけれど、実桜は答えられなかった。
ハンドグリップを握る手が震えはじめて、その震えは全身に広がっていく。冷や汗をかいているのに、身体は燃えているように熱い。そして実桜の呼吸は荒く速くなっていった。
『――戻ってください』
『えっ……? なんだって?』
『早く――早く基地に戻ってください!! 早く戻らないと墜落しちゃいます!! わたしは墜ちたくない!! あのときみたいな目に遭いたくないのっ!! お願いだから早く戻って!! 墜ちるのはいや! 墜ちるのはいやああぁっ!!』
『藤咲!? 機体はちょっと揺れただけで、墜ちないから大丈夫だよ! とにかく落ち着け!』
落ち着けと言われても、実桜は狂ったように叫び続けた。江波1尉に実桜の異変を伝えられて、訓練は危険だと判断した武知2佐が、基地に戻るようにと全員に指示を出す。
基地に戻るころには、実桜のパニックは収まっていたけれど、身体の震えはとまらなかった。自分の身に起きた異変で、呆然とする実桜のところに、血相を変えた琉青が走ってきた。
「おい! いったいどうしたんだよ! いきなり叫びだして――なにがあったんだ!?」
「分からない……分からないんですっ……! 機体が揺れたらいきなり怖くなって……! そしたら頭の中がぐちゃぐちゃになって……! ううっ……うううっ!」
涙があふれて止まらない。崩れるように両膝をついた実桜は、背中を丸めて泣き叫んだ。
蹲って泣き続ける実桜に、琉青も武知2佐たちも、彼女にかける慰めの言葉が見つからない。聞こえる音は悲痛な実桜の嗚咽だけで、それはいつまでも響き渡っていた。