第19話 いよいよ最終検定フライト


 季節は夏から秋に変わり、そして秋から冬に移り変わった。季節が変わると同時に、空の青も濃い色から、透明感のある淡い色に様相を変えていく。冬になると色彩がなくなって、なにもかもが灰色の風景の中に、閉じこめられているようだった。


 今年最後の活動となる、12月の那覇基地航空祭が終わってから数日後。実桜は武知2佐たちと一緒に、隊舎のブリーフィングルームにいた。

 武知2佐たちが、いつもより真剣な顔をしているのは、実桜の最終検定フライトについて、話し合っているからだ。そして実桜は緊張しながら、みんなの話を聞いていた。


「江波。師匠のおまえから見て、藤咲の技術はどうだ?」

「そうですね――」


 武知2佐に訊かれた江波1尉は、実桜を見て少し考えたあと口を開いた。


「まだちょっと未熟なところはありますけれど、じゅうぶん合格点だと思いますよ。だから最終検定フライトを受けてもいいと思います」


 江波1尉の意見を聞いた武知2佐は頷くと、次は晴真のほうを向いて彼に意見を求めた。


「俺も江波さんと同じ意見です。藤咲は琉青と、デュアルソロも飛べるようになってきましたし、検定を受ける資格はありますよ」


 朝倉3佐・飯島1尉・森村2尉の3人も、実桜に最終検定フライトを受ける資格があると、異口同音に武知2佐に言ってくれた。残るは隊長の武知2佐だけである。実桜はさらに緊張しながら、武知2佐が話すのを待った。


「全員同じ意見のようだな。それじゃあ――」

「あのっ! 全員同じ意見っていうことは――もしかして武知2佐もですか!?」


 実桜は思わず口を挟んでしまった。割りこまれて苦笑する、武知2佐に気づいた実桜は、顔を赤くして彼に謝った。


「ああ、そうだ。俺もみんなと同じ意見だよ。おまえの技術なら、最終検定フライトに合格できるだろう。最終検定はまだ少し先になるが、それまで気を緩めないで訓練に励むんだぞ」

「はいっ! 訓練も最終検定フライトも、気を引き締めて頑張ります!」


 ブリーフィングが終わり、武知2佐たちが退室していく。椅子から立ち上がった実桜は、向かい側の席に視線を動かした。向かい側の席には、いつも彼が座っているのだけれど、今日は誰も座っていないのだ。じっと空席を見つめる実桜に、気づいた江波1尉が声をかけた。


「おう、藤咲。誰もいない席をじっと見つめてどうしたんだ? そこっていつも神矢が座ってる席だよな。……はっはーん、分かったぞ。神矢がいないから寂しいんだな?」


「えっ!? ちっ――違います! あれです! 鬼の居ぬ間に洗濯ですよ! 意地悪な人がいないから、のびのびできて嬉しいんですっ!」


「琉青がいなくて寂しいのか? それなら藤咲が寂しがってるぞって、琉青にラインしておくよ。あいつ、すぐに帰ってくるかもな」


「だから違うって言ってるじゃないですか! 2人ともからかわないでください!」


 実桜が抗議すると、江波1尉と晴真は笑いながら出て行った。最近は晴真もからかってくるから、まったく困ったものだ。

 そう――琉青は松島基地にいない。F‐15戦闘機の操縦訓練を受けるために、琉青は宮崎県の新田原基地へ行っているのである。


 ブルーインパルスの任期は3年だ。後任パイロットの育成を終えて、最後の展示飛行――ラストアクロを飛んだあとは、前にいた部隊に戻ることになる。部隊に戻ったとき、機体の操縦に困らないように、定期的に他の基地へ出張して、操縦訓練を受けるというわけだ。


 確か琉青は現在2年目だから、あと1年ブルーインパルスで飛ぶことになる。聞いた話によると琉青は、小松基地の飛行教導群――アグレッサーから、ぜひ来てくれないかと誘われていて、彼も行くつもりでいるらしい。後任パイロットの選抜も進んでいるらしく、来年には部隊にやって来るそうだ。


(神矢さん、元気にしてるのかな――)


 羊雲が浮かぶ空を見上げた実桜は、遥か遠く離れた宮崎県にいる琉青が、いまなにをしているのか思いを巡らせた。

 琉青の毒舌が懐かしく思える。それになぜだろう――心にぽっかりと大きな穴が空いたみたいだ。琉青がいない寂しさを感じていることに、実桜はまったく気づいていなかった。


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