第4話 ブルーインパルスのエース
駐機場には綺麗に磨かれたT‐4が並んでいて、朝の光を浴びて眩しく光っている。空自の飛行部隊では、敵に視認されるのを防ぐため、こんなふうに機体を磨くことはない。
だけれどブルーインパルスは、みんなに見てもらうために空を飛ぶ。なので地上と空で綺麗に見せるために、機体を徹底的に磨くのだ。整備員に挨拶をした実桜は、6番機のところに向かった。
「6番機のドルフィンさん。これから3年間よろしくね」
実桜は6番機のT‐4に話しかけた。機体番号825のT‐4は、実桜の翼となる空の相棒。いまはまだ操縦桿を握ることはできないけれど、いずれは自分で操縦することになるのだ。
ひょっとしたら勇輝も、この機体に乗っていたのかもしれない――。そんなことを思いながら、感慨深く6番機を眺めていると、実桜は江波1尉に声をかけられた。
「よろしくなのは6番機だけじゃないぞ。俺が1年間マンツーマンで鍛えてやるからな!」
「はい! 1年間よろしくお願いします!」
「おっ? 元気になったみたいだな! それじゃあ外部点検を始めるぞ!」
「はい!」
江波1尉のあとに続いた実桜は、彼と一緒に6番機の外部点検をはじめた。拳で胴体を軽く叩き、異常な音が聞こえないか確認したり、タイヤの空気がしっかり入っているかなどを確認する。
整備に不満があって、実桜たちは点検をしているわけではない。自分の手で触れて、自分の目で見て確かめるという大事な役割が、パイロットに与えられているからなのだ。
外部点検を終えた江波1尉が前席に座り、実桜は後席に乗りこんだ。整備員とハンドシグナルで交信しながら、江波1尉がエンジンをスタートさせて、離陸前に行なう機体の点検を始めた。
実桜も後席のコンソールを確認する。機器の設定OK。エルロン・フラップ・ラダーの三舵は異常なし。ハンドグリップも緩んでいない。いつ離陸しても大丈夫だ。
「ヒィィーン」と独特の高いエンジン音が駐機場に鳴り響き、垂直尾翼のストロボライトが星のように明滅する。空に高く昇っていくのは、ジェット噴流に押し出されたスモークだ。敬礼する整備員に見送られながら、縦一列に並んだ6機のT‐4は、1番機から順番に滑走路へ走っていった。
『ワン、スモーク。ゴーベスト、プッシュアップ。ハンドレット、ナウ!』
『フォー、オーケー!』
武知2佐のコールに飯島1尉が快活に答える。最初に離陸するのは1番機から4番機だ。人差し指から小指までが並んだような、フィンガーチップ隊形を組んだ4機は、滑走しながら菱形のダイヤモンド隊形に変えた。
隊形を変えた4機は、車輪とフラップを下ろしたままの、ダイヤモンド・テイクオフ&ダーティーターンで離陸していった。飛んでいく4機を追いかけていると、前席に座る江波1尉がバイザーを上げて、実桜のほうを振り向いた。
「余裕があったら、神矢のアクロバットを見ておけよ。あいつは『ブルーインパルスのエース』って言われてるからな。おまえはいずれ、神矢とデュアルソロを飛ぶことになるんだから、早いうちからあいつの飛行をよく見て、覚えておいたほうがいいぞ」
「ブルーインパルスのエース――」
まるで琉青にライバル心を抱いているかのように、江波1尉の表情と声には、力が入っているような気がした。
実桜は琉青が乗る5番機のほうに目を向ける。どうやら琉青も実桜を見ていたようだ。実桜と視線が重なり合うと、琉青は素早く視線を外して前を向いた。
バイザーを下ろした江波1尉が前を向いた。――初めてのアクロバット訓練がいよいよ始まるのだ。
緊張と興奮で高鳴る、実桜の鼓動と同調するように、響き渡る6番機のエンジン音が高くなっていく。管制官から離陸許可が出て、実桜は後席のハンドグリップを、ぎゅっと握り締めた。
『ファイブ、スモーク・オン。ローアングル・キューバン・テイクオフ、レッツゴー』
『シックス、スモーク・オン! ロールオン・テイクオフ、レッツゴー!』
冷静沈着な琉青の声と、意気軒昂な江波1尉の声が、イヤフォンを通じて実桜の耳に響く。続いて5番機が走り出して、少し遅れて6番機も、まさに弓から放たれた矢のごとく、真っ直ぐに滑走路を走り出した。
5番機は低空飛行からの半宙返り、6番機は車輪を下げたままのバレルロールで、同時にダブルテイクオフする。バレルロールをする6番機と一緒に、身体が浮かんだその瞬間、快晴の青に染まった大空が、実桜の視界いっぱいに広がった。