【竹信 三恵子】「10万円」給付金、なぜか「もらえなかった人たち」のヤバすぎる真実 ベーシックインカムの「落とし穴」が…
浮かび上がった「定額給付金」の問題点
新型コロナウイルス感染症の緊急経済対策として行われた「特別定額給付金」が、8月末に申請期限を迎えた。
「すべての国民が対象」とされていたはずが… photo by GettyImages
1回限りとはいえ、「日本に住んでいるすべての人」に「一律10万円」を支給するという特性から、この給付金は、「政府がすべての人に必要最低限の生活を保障する収入を無条件に支給する究極の安全ネット」とされる「ベーシックインカム」(BI)への一歩と評価する声も多い。
ところが、そんな「安全ネット」が、路上生活者など最も困窮している層には極めて適用されにくかったことが、コロナ被害者の支援団体の活動などから明らかになった。
そこからはBIのいくつかの死角があぶり出されてくる。
「住民票がない」最困窮者を排除…
「このまま放置されば死んでしまう」。8月19日、参議院議員会館で開かれた「『新型コロナ災害緊急アクション』第2次活動報告会と緊急政府交渉」の会場に、瀬戸大作事務局長の声が響いた。
2020年8月19日、新型コロナ緊急アクションの対政府交渉(「レイバーネット日本」提供)
同アクションは、「反貧困ネットワーク」「つくろい東京ファンド」「移住者と連帯する全国ネットワーク」など生活困窮問題に取り組んできた団体が、コロナ禍による被害者を支えようと結成したネットワークだ。
「特別定額給付金」については4月、「すべての国民が対象」(当時の安倍首相)と発表された。だが、同アクションへの相談では、深刻な窮迫状態なのに給付金を受けられない人々が相次いだ。
支給要件が、「すべての国民」に加え「住民基本台帳に掲載された人」とされたため、都会に働きにきて失業し、長期の路上生活のまま住民票が抹消されていたり、どうすれば住民票がみつかるかがわからなくなったりした路上生活者には支給されないからだ。
コロナの拡大の下で仕事を打ち切られて家賃が払えずに住まいを失った人々からも多数の相談が来ている。そうした人々は、携帯電話の料金が払えなくなるなどして情報に接する機会が閉ざされ、給付金の存在を知らなかったり、現住所が決まらなくても申請できるのかどうかについての問い合わせもできなかったりしていた。
「住民票がない」「制度を知らない」「住まいがないのにどう申請していいかわからない」などが壁になり、「すべての人に一律に支給」されるはずの制度に、もっとも過酷な経済弱者がリーチできない事態が起きていたことになる。
ベーシックインカムの「死角」
原因のひとつは、2000年代から激しさを増してきた公務員削減で福祉行政が極端に弱まっていたことにある。つまり、コロナ以前から多くの自治体で、困窮者が給付にアクセスするために不可欠な「人的支援」が機能しにくい状態に追い込まれていたということだ。
「アクセスくらい自己責任でしょ」と思う人もいるかもしれない。だが、コロナ禍の下では、「自己責任」を発揮したくてもできない状況が展開している。
7月、同アクションの瀬戸事務局長の支援に同行した。その携帯にひっきりなしにかかってくるSOS電話に対応し、そのつど車で相談者のもとに駆け付ける支援方法だ。
ここでは、「所持金が60円」「もう100円しか手持ちがない」という30~50代の働き盛りの人たちに次々と出遭った。いずれも不安定な派遣労働者として働き、コロナ禍で契約を打ち切られたり、業界での仕事そのものがまったくなくなったりして収入が途絶え、家賃も払えなくなった人たちだった。
政府のコロナ感染対策によってネットカフェなどの寝場所を追い出され、東京都心の路上で待ち合わせた派遣労働者もいた。携帯電話代が払えないため相談自体ができず、公共機関にたどりついて電話を借りた人もいた。
所持金をはたいて何とか福祉窓口に出かけたものの、相談者がいっぱいで「今日中には対応できない」と言われ、同アクションの相談電話を紹介された人もいた。
ベーシックインカム(BI)については、「現金の一律給付によって公的福祉サービスは不要になるので財源は公務員の削減でまかなえばいい」とする意見が少なくない。だが一連のできごとは、「現金の一律給付」がもっともそれを必要とする最困窮者に届くには、公的な人的支援の充実が不可欠なことを示唆している。
BIの第一の死角がここにある。
「一律給付」から外される人々
一方、同アクションへの相談では、生活保護を受けに行ったら、無料低額宿泊施設に入ってからでないと支給できないと言われた例も少なくない。その中には、相部屋への入居を求められ、感染か生活保護かで悩む例も目立った。
ベーシックインカム(BI)のような一律現金給付には、こうした行政の押し付けを避け、現金を使って当事者が好きな住まいを選べる利点がある。
定額給付金が持つそんな長所を生かしたいと、8月の政府交渉集会で同アクションは、役所や支援者が住んでいる場所を把握・確認すれば、住民票なしでも給付金を支給できるよう要請した。「住民票がなければ住んでいない」わけではないからだ。
だが、政府側は「二重給付の恐れがあるので住民票要件は外せない」と回答した。
貧困問題に取り組んできた小野順子弁護士は、「戸籍がないために住民票が作れず特別定額給付金を支給されない方の相談を受けているが、同じ自治体で生活保護を20年間利用されている。住民票がないから二重給付というのはありえない」と話す。
実は、「二重給付の恐れ」があっても支給を認めた例がないわけではない。
たとえば、DVから逃げていて住民票を実際の住居に移せないでいる場合には、今の仮の住所でも定額給付金を申請・支給できるという柔軟な方策が取られている。ここでは、夫などが先に給付金を取得して二重給付になった場合は、後で非当事者に返還を求めるという方針が出された。
DV被害者には元の住民票があり、路上生活者にはそれがない(または、見つけられない)点が異なるとの見方はできる。だがそこには、世論や政治判断の影も見て取れる。
DV被害者については「全国女性シェルターネット」などによる女性団体の粘り強い支援活動が各地で展開され、中・上流家庭での被害者も少なくない中、その保護には社会的な合意が形成されてきたからだ。
裏を返せば、「守るべき人」という社会的合意が形成され切っていないがゆえに過酷な位置に置かれている人々ほど、「一律給付」から外される恐れがあるとも言える。その結果、深刻な困窮者は「一律給付」に含まれにくくなる。それがBIの第2の死角だ。
在留資格がない「外国人」の苦闘
こうした排除にもっとも逢いやすく、今回のコロナ禍で極めて困難な立場に立たされているのが、在留資格のない外国人だ。
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在留資格があれば住民票を作ることでき、今回の給付金も受けられる。だが、「緊急アクション」が一般の人からの寄付を財源に生活困窮者向けに設けた「新型コロナ緊急支え合い基金」では、そこから漏れて困窮する、在留資格なしの外国人が、支給件数の8割近くを占めた。
1980年代以来、日本政府は、さまざまな方法で外国人労働力を導入してきた。留学生バイト、日系2世の配偶者や日系3世、技能実習生、国家戦略特区の家事支援人材など、いずれも「帰国が前提」なのは共通している。だが、人間である限り、住んでいれば「生活」が生まれ、家族もできることがある。
地方自治法は10条で「市町村の区域内に住所を有する者は、当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする」とされ、「住民」は、「その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利」を有するとされている。
これにもとづき、かつては外国人でも住んでいる実績があれば住民票をつくって「住所を有する者」になり、医療や社会保障など「役務の提供」を受けることが一般的だった。
ところが2012年に「在留カード」の制度ができてから、住んでいる実績があっても、たまたま仕事が途切れた時期に就労ビザが切れたりすると「仕事もないのにビザは出せない」として在留資格がなくなり、その結果、在留カードを持てず、それを理由に住民票をつくれない人が相次ぐようになった。
これらの外国人労働者たちは、いずれも日本の経済を支えるために呼び込まれ、働いてきた人たちだ。
「移住者と連帯する全国ネットワーク」の稲葉奈々子・上智大教授によると、その結果、日本に住み続けて子どもは大学まで行っているのに、親は在留資格がないまま医療や社会保障から排除され、こっそり働き続けざるをえない層が生み出されてきたという。
DVの例からもわかるように、「一律給付」には、除外されてしまいがちな困窮者を包摂する政治の判断や、それを促す人々の社会活動が必要だ。だが、それが意識されているとは言えない。BIの第3の死角である。
「ケースワーカー」の業務の外部委託案まで…
そんな中で、今回の政府交渉では、「住民票がない困窮者には別途、支援方法を考えていくしかないかも…」という政府関係者のつぶやきも出た。
だが現状では、そんな支援策に本腰が入っているとは言えない。それどころか、「ベーシックインカム(BI)があれば生活保護やケースワーカーはいらないので公務員削減や財政の節約に役立つ」という声が広がっている。
最近では、政府の「未来投資会議」議員で民営化の推進論者でもある竹中平蔵・東洋大学教授が「BIを導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それらを財源にすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる。生活保護をなくすのは強者の論理だと反論する人がいるが、それは違う。BIは事前に全員が最低限の生活ができるよう保証するので、現在のような生活保護制度はいらなくなる」(7月17日付「週刊エコノミスト」デジタル版インタビュー)とBIに前向きな姿勢を打ち出し、話題になった。
だが、生活保護制度は、ケースワーカーという公務員が受給者の家庭まで訪問して相談に乗るという人的支援を伴う制度だ。
その機能は先に述べたように公務員削減によって弱まり続け、基準を大きく超える100人以上の受給者を一人で担当したり、有期の非正規が担ったりしている。2019年12月には、「生活保護におけるケースワーク業務の外部委託化」に関する政府方針が閣議決定で示され、2021年度中に外部委託化へ向けた検討の結論を出すとまでされている。
そんな中で、自治体窓口はコロナ禍での被害者の殺到で対応しきれず、同アクションのような民間人の手弁当による支援に過重な負担で「支援崩壊」(稲葉剛・「つくろい東京ファンド」代表理事)さえ起きかかっているという。
もしBIを理由に行政サービスがさらに削られ、それが富裕層も受けられるBIの財源に回るようなことになれば、最貧困層はBIの不支給と行政による支えの剥奪という、踏んだり蹴ったりの状況になりかねない。これでは、「貧困層救済」の名の下の、持てる側に有利な逆進的制度の導入にならないか。
「本当に深刻な困窮者に届かない特別定額給付金」は、そこに誰もがアクセスできるための基本的な行政サービス、つまり「ベーシックサービス(BS)」の保障、最貧困層を「一律」の外に追いやらない政治判断と社会的合意、といった基本的な取り組みの重要性を、改めて私たちに問いかけている。
「現金の一律給付」に安心する前に、すべきことはたくさんある。