モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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何だかんだでここまで来ました。

人によっては今回の話は大きく好みが別れるかと思います。


第15話 モモンガへの嫉妬…

ーーーーーー

翌日の昼頃。

漆黒の剣とンフィーレア達は荷物だけをまとめ、まだ出発せずにいた。昨晩、突如として強大な敵が現れたと言い真っ暗な森の中へと消えた漆黒の騎士…モモンガを待ち続けていたのだ。

 

 

「どうだ、ルクルット?」

 

 

『漆黒の剣』リーダーのペテルが野伏職を持つルクルットに問い掛けた。しかし、彼の返答は首を横に振るのみだった。

 

 

「ダメだ。来る気配が感じられない。」

 

「そうか…」

 

「モモンガ氏…無事であると良いのであるが。」

 

 

皆が無事を祈る中、最も彼を心配してたのはニニャだった。彼は杖を握りしめながらモモンガが向かった森の方向を泣きそうな顔でずっと眺めていた。

 

 

(あの時…私がもっと早く行動していれば…モモンガの補助くらいは出来てたかもしれなかったのに…。)

 

 

自分はあの時に言われた彼の言葉を含めた様々な出来事で頭が一杯になり、咄嗟の判断と行動が出来なかった。そのせいで強大なモンスターへ向かっていく彼の後ろ姿をただ眺めることしかしか出来なかった。

 

彼は明らかに純戦士タイプ。これまでの戦いを見ていても類稀なる強さを持っている事は明白だ。しかし、厄介な魔法を行使する敵となると彼だけでは危険過ぎる。 

 

あの時、自分がちゃんとしていれば、戦闘の補助は出来ていたかもしれない。そう考えると悔やんでも悔やみきれない念に駆られてしまう。

 

 

「バレアレさん…残念ですが、そろそろ。」

 

「…わかりました。」

 

 

ペテルは悔しそうに顔を歪ませる。皆も彼の気持ちは痛いほど分かる。出来ることならここに残って彼の帰還を待ちたいところなのだが、同じ場所に長居する事はモンスターや盗賊と遭遇する危険性が高くなってしまう。それを理解している為、言い出すことは出来なかった。リーダーである彼がその苦渋の決断をしなければならない。

 

ンフィーレアも理解はしてくれているが内心納得はしていない様子だった。彼からしても薬師として目指すべきポーションの完成形であり、(いただき)とも言える物を与えてくれた人を見捨てるようなマネはしたくはない。

 

 

「……じゃあ皆、出発しー」

 

「ッ!ま、待て!森の奥から何か近づいて来る!人間じゃあり得ねえ速さだ!!」

 

 

 

ルクルットの言葉に皆は一斉に武器を構え臨戦態勢に入る。その瞬間、何かが森の奥から飛び出して来た。皆がその出て来た存在を警戒し見据えると、それは皆が心から待っていた漆黒の騎士だった。

 

 

「「モモンガさん!!??」」

 

「申し訳ありません、皆さん。大分お待たせし…ぶおっほ!?」

 

 

モモンガの言葉を待たずに誰よりも真っ先にニニャが彼の堅い鎧の胸元へ飛び込んで行った。いきなりの行動だったが、モモンガは何とか両腕で彼を落とさないようその両腕でしっかりとキャッチした。

 

 

「…ニニャさん?」

 

「良かった…モモンガさんが無事で……本当に良かったぁ〜!」

 

 

涙を鼻水でグシャグシャに濡れた顔を上げるニニャにモモンガは「すみませんでした」と伝え、ただ静かに彼の頭を撫でた。

 

遅れて他のメンバーも彼に駆け寄って来た。どうやら思った以上に心配を掛けてしまった様子で、モモンガは心の底から申し訳ないと思ってしまった。

 

 

(まさかついさっきまで…吸血鬼の花嫁達と行為に及んでたなんて…言えるわけないよなぁ。)

 

 

昨晩のあの時、モモンガの『淫夢魔の呪印』の情欲メーターが限界値まで迫っていた為、仕方なく大急ぎで森まで駆け出してしまった。もしあの場に居続けていたら、間違いなく同性であるニニャを襲っていただろう。

 

そうなればもう色んな意味でモモンガの異世界ライフは詰んだも同然だ。最悪、第10位階の『記憶操作(コントロール・アムネジア)』を使えばチャンスはあるだろうが、まだ試してもいない魔法である為、信用は出来ない。

 

しかし、花嫁たちとの行為の甲斐もあって様々な発見はあった。

 

先ず、彼女達の『吸血』という基本スキルには、『体力回復』と『眷属作成』の2つの効果がある。行為中、彼女達は快楽と情欲もあってモモンガに何度も吸血してきた。だがその際、眷属作成の効果は発揮せずに、体力回復の他に『精力吸収』の効果も現れたのだ。

 

 

(『精力吸収』はユグドラシルにもあったスキルだ。確か…スタミナ回復力の低下効果、だったか?そんな効果が現れた事は正直嬉しい誤算ではあった。)

 

 

その効果のお陰でモモンガの情欲暴走をたった一晩(実際は昼までヤってました)で終わらせることが出来た。花嫁たちを12人も召喚し全員と相手したというのもあるだろうが。

 

 

(全身噛み痕だらけだったから上級治療薬(ハイ・ヒーリングポーション)を念の為に全身に掛けたけど…痕残って無いよね?)

 

 

合流する前に鏡を見て何度もチェックしたから大丈夫だと思う。見たところメンバー達は誰一人噛み痕に気付いたなんて素振りは見られない。

 

 

(結構噛まれたよなぁ〜……ん?噛み痕?……ッ!?)

 

 

ここに来てモモンガはとんでもない現象が起きていた事に今更ながら気付いた。

 

 

(『上位物理無効化Ⅲ』を無視してたって事になるんじゃないのか!?!?)

 

 

モモンガの常時発動型スキルの一つである『上位物理無効化Ⅲ』はレベル60以下の攻撃を文字通り無効化するというものだ。吸血鬼の花嫁のレベルは15である為、普通なら彼女達の攻撃は通る事はない。だが、行為の最中、彼女達は当たり前の様に牙を立てきたし普通に血も出たきた。

 

 

(まさかこれも淫夢魔の指輪による効果とでも言うのか…)

 

 

だとすると非常に危険だ。効果を受けてる最中のモモンガは無防備でどんな弱い攻撃をも貫かれてしまう可能性が高い。それが効果が発動する度に起こるのか、それとも特定の相手にのみ発動するのか、はたまたそのどちらもなのか。

 

 

(疑問は尽きないが……うーん、やはり行為をする際は必ず安全を確保する必要があるな。)

 

 

行為自体はやる前提になっている事を当の本人はなんの疑問も抱いていないが、果たして暴走状態でそんな余裕があるのかと言われれば素直に頷けない。本当に他のことに気をかける余裕がないのだ。だから、前もって暴走する前に行為をする必要があるとモモンガは改めて自身の性欲コントロールをしっかりしようと心に決めた。

 

 

(でも…指輪をつけた状態じゃないと意味ないし。指輪を着けていると普通の異性相手じゃ全く反応しないし……今、それが出来る相手はエンリと吸血鬼の花嫁だけ、か。)

 

 

効率的に一番いいのは吸血鬼の花嫁達だが、『下位アンデッド創造』は1日20体までしか召喚出来ない。昨晩も偵察要員に既に8体出してい為、残りの12体分全てを彼女達に費やした。が、それは今思えば早計だったのかもしれない。

 

回数制限のあるスキルはいつ何が起きるか分からないこの世界では、囮役や補助役、偵察役に前衛役など、本職が魔法詠唱者である後衛のモモンガからしたら貴重な能力だ。下位能力だとしても、たった一体分のストックが有るか無いかで危機を脱する事が出来ることか否かはユグドラシル時代から何度も経験している。

 

 

(無闇に呼び出すべきではない、か。)

 

 

別に花嫁たちが嫌いなわけでは決して無いが、何が脅威となるか不明な世界でスキルも使えない無防備な状態となるのは危険過ぎる。

 

素直に自身の軽率な行動に反省しつつ、メンバー達と感動(?)の再開を果たしたモモンガは、カルネ村へ向けて出発した。

 

 

「モモンガさんが本当に無事で良かったです!」

 

「俺たちモモンガさんの無事を信じてたぜ!」

 

「本当に…ご心配おかけしてしまい申し訳ありません。」

 

「確かに心配しましたけど……あの時の行動は、僕たちを巻き込ませない為の…モモンガさんなりの優しさだったんですよね?…皆分かってますよ。」

 

「え?……いや、まぁ…」

 

 

ニニャの言葉に皆は尊敬の眼差しで頷いていたが、モモンガは心の中で首を傾げた。

 

あの夜、モモンガが(ニニャ)を巻き込まないよう森の中へ必死に駆け出した際、咄嗟に思いついた理由を叫んでいた。だが、本当に無我夢中だった為、どんな理由を叫んで森の中へ入って行ったのか全く覚えていなかったのだ。

 

彼らが言っているのはその理由の事だろう。不味いどうしようと冷汗をかきながら必死に思い出そうとしていると、ルクルットから思わぬ助け舟が出てきて。

 

 

「しっかし、野伏の俺でも気付かない強大なモンスターをモモンガさんは瞬時に気付くなんてなぁ!」

 

 

まさに救いの一言。

あの時叫んでいた言葉をハッキリ思い出した。

 

 

「偶々ですよ。ですが、気付かて良かったです。あれ()は本当に強大でした。」

 

「因みにどのようなモンスターだったのですか?」

 

「…瞳が特徴的なモンスターでしたね。」

 

「瞳が?……モモンガさんは大丈夫だったんですか?」

 

「えぇ、まぁ。……結構噛まれましたけど。」

 

「「噛まれたんですか!?」」

 

「はい。あー、でも、ポーションを使ったので事なきを得ました。」

 

「準備万端であったと言うわけであるな。流石はモモンガ氏である。そのモンスターを倒したのであるか?」

 

「え、えぇ。何とか体力は持ちましたし…モンスターも消滅しました。」

 

「おぉ、流石であるな。」

 

「モンスターは1体でしたか?」

 

「あー…いえ、12体いました。魅力的な…あ、強敵でした。」

 

(魅力的?……《魅力(チャーム)》を扱ったって事かな?つまりそのモンスターは魔法が扱える知性が高いモンスター。)

 

 

絶妙に会話が成り立っている事に奇跡を感じた。それに、モモンガ自身嘘はついていない。

 

 

「いや〜!普通なら信じられねぇよ!そんなヤベェ奴らを、しかも12体をたった1人で倒しちまうなんてよぉ!」

 

「モモンガさんが言うと嘘に聞こえないから不思議です。本当に心から尊敬しますよ。」

 

「うむ!モモンガ氏は間違いなく、オリハルコン…いや、アダマンタイト級に匹敵する実力を持っているのである!」

 

「でも、モモンガさん。無理は禁物ですよ。」

 

 

和気藹々な雰囲気で進む彼らを荷馬車に乗っていたンフィーレアは眺めていた。そして、その視線は自然とモモンガで止まった。

 

 

(やっぱり凄いな、モモンガさんは。)

 

 

正直男として少し嫉妬する所がある。例え薬師としての道を自ら選んでいても、英雄譚に出てくるような存在を前にすると自分もそんな力が欲しいと少しだけ思ってしまう。だが、アレは自分には過剰すぎるモノだとすぐに諦めた。

 

 

(あれはモモンガさんだから扱えるんだろうな。……でも何だが不思議だなぁ、まるで扱えて当たり前みたいな(・・・・・・・・)。)

 

 

そんな変な違和感を覚えるンフィーレアだったが、特に気にするでもないとその疑問はすぐに頭の片隅へと消えていった。今はそれ以上の事で彼の頭の中は一杯だった。

 

それを考えるだけで頬が赤くなる。

 

 

(もう直ぐエンリに会える。数ヶ月ぶりだけど元気かな?)

 

 

祖母と父共に薬師の家系であったンフィーレアは、父の友人がいるカルネ村によく薬草取りへ父と一緒に出掛けていた。その頃に彼はエンリと出会った。一目惚れだった。その思いは10年以上経った今でも変わらない。

 

両親を不慮の事故で亡くして以降、ンフィーレアは祖母の様な一流の薬師になろうと若くしてその道を選び、見事にその才能を開花させた。両親を失った分、早く立派に働ける様になろうと必死になって努力した結果であった。

 

しかし、そのお陰でエンリと直接会う機会がめっきり減ってしまった。出来る事なら彼女の居るカルネ村に移り住みたいのだが、経済的・社会的問題のためそれが出来ずにいた。だから、少しでも機会があれば、その度に何かしらの建前を付けて彼女に会いに行っていた。

 

だが、それだけだった。

彼は未だにその想いを彼女へ伝えられずにいた。

 

誰よりも親しく、誰よりも好意を抱き…そして、誰よりも愛し合いたい。そんな想いばかりが募る一方だった。言葉にして伝えなければ彼女に伝わらないのは分かってる。何度も何度も伝えようと思った…だが出来なかった。

あと一歩の勇気が出なかったのだ。

 

拒絶されるのが怖かった。

嫌われたくない。

 

彼女のいる村は辺境にあるため、若い男性と出会う事もあまり無いだろうという余裕もあったのかもしれない。だから「次こそは」「今度こそは」と何度も奮い立たせるように自身の心を騙しては逃げ続けてきたのだ。

 

 

(一体何度そう思った?…そうやって結局、何も出来ずに終わりじゃないか。)

 

 

馬の手綱を握る手に力が入る。

勇気も意気地も無い自分が情けない。

 

けど、今回ばかりは今までとは違う。

 

 

(皆のために強大な敵に立ち向かって行ったモモンガさん……あなたのお陰で本物の勇気が湧いてきました!)

 

 

ほぼ全てにおいて自分よりも遥かに優れた存在の勇敢な姿を見てから、ンフィーレアは少しだけ変わった。

 

 

「皆さん、そろそろカルネ村に着く頃ですよ。」

 

 

モモンガの言葉に漆黒の剣のメンバーから安堵の表情が出てくる。

 

 

「え?本当ですか?良かった…!」

 

「あ、そう言えばバレアレさん。村に幼馴染みがいるって言ってましたよね?アレっすか?…もしかして恋人っすか?」

 

 

ルクルットがニヤニヤしながら聞いて来るが、ンフィーレアは慌てて直ぐにそれを否定した。

 

 

「ち、違いますよ!僕と彼女はただの友人なだけです!」

 

「ルクルット…」

 

「うげぇ!そ、そんな怖い目で見ないでくれよニニャ〜。そうだったら応援したいなぁ〜ってー」

 

「余計な御世話だ、全く。申し訳ありません、バレアレさん。」

 

「い、いえいえ…はははは。」

 

 

取り敢えず、依頼主を無事に薬草採取の場所に近い村へ届ける事は出来た。

依頼の1/3は達成出来たことになる。

 

 

「よし、もう一息だ!」

 

「「おう!」」

 

 

漆黒の剣のメンバーは更に気合を入れる中、ンフィーレアだけが少しだけ違和感を感じていた。

 

 

(あれ?…な、何でモモンガさんは…もう直ぐカルネ村に着くことを…知ってたんだろう?)

 

 

ンフィーレアの胸に形容し難い不安が徐々に溢れ出て来る。何に対してかは分からない…だが、「どうが違って欲しい」と、そう思わずにはいられなかった。

 

 

ーーーーーーーー

漆黒の剣一行らは漸く目的の薬草が取れる森に一番近い村であるカルネ村に到着した。到着したと言っても、牧草地が敷かれた場所にあまり頼り無い木の柵が立てられた場所を通り過ぎただけで、村人達がいる所まではあと少しだけ距離がある。

 

 

「この辺は牧草地か。……うん、モンスター特有のニオイも荒らされた形跡も無いな。」

 

 

ルクルットの言葉にモモンガは少しだけ頷いた。どうやら南の地の支配者としての役目をハムスケはちゃんと果たしているようだ。

 

 

(メッセージでやり取りはしてるけど、たまには2人に会いたいなぁ。)

 

 

今度2人を拠点に誘ってお茶を飲みながら談笑でもしよう。そう決めたモモンガは心の中のメモに書き残した。

 

 

「あとどのくらいで村人達のいる所へ着きますかね?」

 

「それはー」

 

「それはこの先に小さな小川が流れている場所があるんですが、そこに架けられた橋を渡れば直ぐに村人達のいる所へ着きますよ。荷馬車もそこで止める事にしましょう。確か、モルガーさんの家に最近使われてない空いた馬小屋があるので、そこを使わせて頂きましょう。」

 

「なるほど。あれ?…モモンガさんって、カルネ村を知ってるんですか?」

 

 

ペテルの言葉に対し、モモンガは「そう言えば言ってませんでしたね」と思い出したように話を始めた。自分は放浪の旅の途中でこの村に立ち寄り1週間近くお世話になっていたこと等を彼らに説明した。

 

 

「そうだったんですか。まさかカルネ村を知ってる人がもう1人居たなんて…なかなか無い偶然ですね、バレアレさん!」

 

「……」

 

「バレアレさん?」

 

「え?…あ、は、はい!そうですね、凄いな〜…ハハハ…。」

 

 

心無しか元気が無いし、なんだがぎこちない。目元は前髪で殆ど隠れてしまっているが、何となく顔色が悪い気がする。心配になったモモンガは彼に声を掛けた。

 

 

「大丈夫ですか、バレアレさん?あと少しですけど…ここでちょっと休みー」

 

「い、いえいえ!大丈夫ですよ!」

 

「そ、そうですか。」

 

「い、いや〜!前来た時と変わらないなぁ〜……」

 

 

明らかに動揺している。しかしその理由が分からない。下手に詮索しても不快な想いをさせるだけかもしれないので、モモンガ達は敢えてここはそっとしておく事にした。

 

実は、かく言うモモンガも多分彼とは違う意味で少し動揺している。

 

 

(久し振りにエンリに会える。)

 

 

そう彼女に会えるのだ。

それが道中モモンガは楽しみで仕方なかった。

農家として一番忙しい時期であった為、会うことすらままならなかったが、実は昨日その作業を終えたとの連絡があったのだ。その時の彼女の声は本当に嬉しそうだったし、俺も嬉しかった。

 

 

(早く会って抱き締めたいなぁ〜)

 

 

モモンガの足は軽やかで知らないうちに早足になってしまう。先ほどからンフィーレアが此方をチラチラ見ているが何故だろうか。

 

そうこうしている内に一行は民家が点々と建ち並ぶ場所へ辿り着いた。

 

以前と変わらない景色にモモンガは安心した。

 

そこへ数人の村人達がやって来た。

 

 

「おぉ!モモンガさん!」

 

「お久しぶりですなぁ!」

 

「お久しぶりです、皆さん。大事ありませんでしたか?」

 

「えぇ、モモンガさんのお陰ですよ。」

 

 

モモンガを見るや笑顔で出迎えてくれた村人達に、モモンガは兜を外して笑顔を向けた。何だか故郷に帰ってきたような安心感がある。やっぱり村人達が自分に与えてくれた『温かみ』は大きかったと改めて実感する。

 

モモンガは今日は冒険者の仕事で漆黒の剣とンフィーレアと一緒に薬草を取りに来た旨を説明した。

 

 

「なんとそうでしたか。どうも、バレアレさん。お久しぶりです。荷馬車は私の使っていない馬小屋がありますので其処へ。」

 

「ど、どうも、ありがとうございます、モルガーさん。あ、あのぉ…エンリはー」

 

「おかえりなさい!!!!」

 

 

ンフィーレアが何か話そうとしていた時だった。少し離れた所から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。モモンガはその声の聞こえた方向へ振り向くと、いつの間にか小走りにその方向へ向かっていた。

 

そして、その声の主は直ぐに見えた。

目に涙を浮かべながら駆け寄って来る。

 

 

「ッ!?え、エンー」

 

「エンリッ!!!!」

 

 

背後から声が聞こえたがそんな事に構っていられない。今は両腕を広げながら此方に飛び込んできた彼女を全身で抱き留めるのに夢中だった。

 

 

「おかえりなさい……モモンガさん…ッ!」

 

「ただいま…エンリ…!」

 

 

力強く…でも壊さないよう優しく抱擁した。久し振りの彼女の温もりや匂い、鼓動を全身で感じたかった。それはエンリも同じだったらしく、力一杯モモンガを抱き締めていた。鎧越しだがそれでも構わない。

 

今はとにかく一番近くで互いを感じたかった。

 

そんな熱い2人の抱擁を漆黒の剣のメンバー達は「おぉ〜」と何やら感動した様子で此方を見ていた。ペテルは頬を赤く染め、ルクルットは「ヒュー!」と口笛を吹き、ニニャは慌てて両手で顔を隠すが指の隙間を空けて此方を見ており、ダインは「そうであったか」と微笑まし気に見守っていた。

 

だが、そんな光景をただ茫然と眺めていた人物が1人だけいた。

 

 

「え……?」

 

 

ンフィーレアは握っていた手綱を落とした事に気付かぬまま、長年想いを寄せていた幼馴染みが、尊敬し憧れていた男と幸せそうに抱擁している光景をただ眺めていた。

 

彼の中でドロドロした感情が湧き出て来る。

 

 

ーーーーーーーー

 

ーーえ?…何で…どういうこと?ーー

 

先に出て来た心の言葉がコレだった。

信じられなかったし今だって信じたく無い。

けど、今自分の視界の中にそれは映っていた。

 

エンリがモモンガさんと抱擁している。

 

ここに来る前にモモンガさんがカルネ村に何日かお世話になっていたと言う話は聞いていた。その時から胸騒ぎは感じていたが、それは無いだろうと思った。いや、そう願っていたの方が正しいかもしれない。

 

村の人達も2人が熱く抱擁する姿を見て嬉しそうに眺めていた。

 

 

「エンリがモモンガさんと恋仲になっていたのを知ったのはほんの数日前なんだよ。確かに彼が此処に来て2、3日で2人とも凄い仲良くなったなぁとは思ってたけどねぇ……いや〜兎に角、めでたいよ。」

 

「この村の若者は少ないからねぇ。エンリちゃんはもう17だけど、中々そういう出会いがないから……けど、もう安心だねぇ。それもお互い両想いなら尚更だよ。」

 

 

村人達は純粋に2人が恋仲である事をめでたく思っていた。更に話に耳を傾けると、どうやらエンリはトブの大森林でモンスターに襲われた所をモモンガさんが助けてくれたらしい。そして、そこから2人は段々と距離が縮まったらしい。

 

その後も何か言っていたが頭に入ってこなかった。ただただ終わりのない強いショックに全身が蝕まれていく感覚に襲われていた。

 

 

「エン…リ…」

 

 

気が付くと彼女の名を呼んでいた。

でも彼女は気付かない。

 

漸く抱擁を少しだけ解いたかと思ったら、2人は互いを愛おし気に見つめ合いを始めた。エンリは頬を赤く染めながら凄く幸せそうな笑顔を彼に向けていた。

 

自分の片手が自然と太ももに伸びていくと皮膚が真っ赤になる程力強く抓った。

 

夢なら醒めて欲しかった。

けど、目の前に映るそれは夢じゃ無い。

 

彼を愛おし気に見つめながら笑顔を向ける彼女を見ていると、太ももを抓る力が更に強くなる。

 

 

(何で…そんな顔を彼に見せてるの?)

 

 

僕には一度だってそんな笑顔を見せてくれなかったのに。

 

 

「え、エンリ……エンリッ!」

 

 

思わず声が張ってしまった。

兎に角それ以上彼にこの笑顔を見せて欲しくなかった。こっちにも向けて欲しかった。だけど…

 

 

「え?…あら!ンフィーじゃない!久し振りね、何ヶ月振り?」

 

「う、うん……よ、4ヶ月ぶり…かな?ハ…ハハハ…。」

 

 

彼女が僕に向けた笑顔は…僕が知るいつもの笑顔(・・・・・・)だった。さっきのモモンガさんに向けた好意を抱く相手に向けた笑顔じゃない…そんな感情など微塵も入っていない『久し振りに会った友人に向ける笑顔』だ。

 

故意でも悪意があるわけでもない…本当にいつも通りの反応。

 

それが返って凄く辛くなった。

 

僕との挨拶をそこそこに彼女の顔は再びモモンガさんへと向けられた。

 

ほら…その笑顔だよ……その笑顔を…

 

 

「僕にも向けて欲しかった……」

 

 

漆黒の剣の方達は2人の元へ歩み寄り、モモンガさんが一人ひとりを紹介していた。和気藹々と仲睦まじいその雰囲気はいつもなら自分もその中に入っていたかもしれない。だが、今はそんな気持ちにはとてもじゃないがなれない。

 

彼女も村人達もいつも通りに優しく親切に接してくれる。

 

それがとても辛くて辛くて仕方なかった。

 

普段なら1秒でも長く居たかったカルネ村が酷く居心地が悪く感じる。

早く用事を済ませて帰りたい。

 

その後、早速薬草取りに向けて出発した。

 

移動する際もエンリはモモンガさんと手を繋いでいた。

 

そんな風に繋ぎたかった彼女の手だったが、自分はいつも手を伸ばそうとしても直ぐに手を引っ込めてしまっていた。手を握ることすらまともに出来ない自分と比べて、モモンガさんは当たり前のように彼女の手を握っている。

 

仲睦まじく歩く2人の後ろ姿を荷馬車から眺めた。

 

こういう時、この前髪が有り難く思える。

 

目を凝らさないと自分の視線がどこに向かっているのかバレないからだ。

 

村人達や漆黒の剣の方達から何度か話し掛けられるが、自分は「あーうん」や「そうですね」といった抜けた返事しか出来なかった。

 

少しでも2人の姿をその視界に捉えたかった。

 

自分の視線は段々とモモンガさんへと向けて行くと…ドス黒い感情が腹の奥底から溢れ出て来る感覚に襲われた。

 

ダメだ…こんな感情をあの人に向けるのは間違ってる。

間違っていると分かっていても…この感情を彼に向けてしまう。

 

そんな自分勝手で、恩知らずで、惨めで情けない自分がとてもー

 

 

(気持ち悪い…)

 

 

薬草採取は3日を予定していたが適当な理由を付けて2日にした。

 

とにかく早く用事を済ませて帰りたかった。

 

 

ーーーーーーー

薬草採取は没頭できるから良い。

嫌なことを一時的にだが忘れさせてくれる。

 

この日の薬草採取は日暮時でやめた。

暗くなった森は例え浅い所でも危険だ。

 

今日は村に帰って…明日の昼前には仕事を終えたい。

 

村へ戻るとエンリの両親がいつもと変わらず(・・・・・・・・)僕を暖かく迎えてくれた。

 

「今日もウチで泊まって行くかい?」と何時もなら言って来る。自分はそれを「はい!」と答えて彼女の家に厄介になる。2人きりになると他愛ない話を眠くなるまで続けた。その時自分はいつも此処ぞという所で緊張して言い出せずに過ごして来た。その緊張と嬉しさがとても幸せだった。

 

でも…今日は違う。

 

僕は言われるかどうかも分からない内にー

 

 

「すみません…今日はモルガーさんの家に厄介になる事になったんです。」

 

 

エンリの両親は「そうなのか?」と少し困惑していたが、すぐに納得してくれた。此処へ来た時はいつもエンリの家に泊まっていたから珍しいと思ったんだろう。

 

モルガーさんの家に向かう途中、手を繋いでいる2人とすれ違った。

 

情けなく僕は顔を逸らしてしまった。

だが、2人はその行為自体何も気にせず「おやすみ」と言ってくれた。

 

僕は…何も発さずに小さく頷いた。

 

苛々していた。

エンリが僕以外の誰かと好意的に親しくしている所を見たくなかった。

 

ちょっとした…仕返しのつもりだったんだ。

でもやった後で直ぐに後悔の念が押し寄せてくる。

 

 

「バレアレさん」

 

 

声を掛けられるとは思ってなかった僕はビクッと肩が跳ねてしまい、ビクビクと身を縮こませるような姿勢で振り返った。

 

そこにはモモンガさんがいた。

 

またドス黒い感情が出てしまう。

ダメだと思っていても、理不尽だと分かっていても…。

 

 

「今日はなんだか体調があまり宜しくない様子でしたので、明日の薬草採取は我々に任せて貴方はどうか休んでいて下さい。」

 

「え、あ、いや…そ、その…」

 

「大丈夫です。薬草の種類は覚えましたので!それにダインさんもいますし。」

 

 

本当にこの人はすごい。

勝てない…純粋な強さでも、人格でも、優しさでも、精神面でも…この人に勝てる要素が何一つ見つからない。

 

あんなあからさまな態度を取ったちっぽけな自分を本気で心配してくれている。後ろにいるエンリも心配そうに見ている。

 

僕はこの2人をどうしたいのだろう?

怒りたいのか、泣き喚きたいのか、嫉妬してるのか、恨んでいるのか…色んな嫌な感情がゴチャゴチャして気持ち悪くなって吐き気もして来る。

 

彼の提案に対する答えだが考える余裕もない為、僕は素っ気なく「いいです」としか言えなかった。

 

 

「そ、そうですか?…でも無理はしないでくださいね。」

 

「あ…ありがとうございます。」

 

 

僕は足早にその場を去った。

そして、ある程度離れてから振り返ると、2人が仲良くエンリの家に入って行くのを見てしまった。

 

フラフラした足取りで僕はモルガーさんの家には向かわずに、その馬小屋に置いていた荷馬車の荷台で寝る事にした。

 

とにかく今は1人になりたい。

 

毛布に包まりながら今日一日の気持ちの整理をしようと思った。

 

モモンガさんに対するこの感情…コレは『嫉妬』だ。彼は僕にないもの多くの魅力を持っている。そしてエンリに対しては『怒り』に近いものがある。彼女とは長い幼馴染みの付き合いなのに僕の内に秘めた想いなど微塵も感じていない。

 

あぁ…なんで理不尽で我儘な感情なんだろう。

 

 

(分かってる。ちゃんと言葉で伝えなかったから彼女は僕の想いに気付かなかった。意気地の無い僕の責任なんだ。誰のせいでも無い……僕はまだ…スタートラインにすら立っていなかったんだ。)

 

 

彼は…モモンガさんはエンリの命の恩人であり、村の救世主である事も聞いている。

 

自分なんかよりもずっと立派な人だ。

彼女が惚れるのも無理はない。

 

 

(ダメだ……益々訳が分からなくなる。)

 

 

時間は真夜中だが僕は少し外を散歩する事にした。森へ通じる境界付近でウロウロしていれば自然と心が落ち着くんじゃないかと思った。月明かりのみで照らされた薄暗い世界は、もう少し森の奥へ入ろうものを容赦なく迷わせるだろう。

 

自分はそんな林と森の中間あたりの場所でウロウロしていると、奥から人の気配がした。自分は咄嗟に近くの木の茂みの影へ身を寄せた。その気配は気のせいではなく、明らかに人の声がしていた。

 

僕は恐る恐る…その方向へ顔を覗かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ……見るんじゃなかった




後半からはずっとンフィー視点でした。
NTR耐性が無い人には少し辛かったのかもしれません。

こういったシチュエーションも初挑戦でしたが如何だったでしょうか?

感想のほどお待ちしております。

次はR-18版を投稿後となります。

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