48.商業ギルドへ行こう
ある日、お仕事から帰ってきたお父様が、一通の封書を私に手渡した。見ると、封蝋は王家の紋章だった。
「陛下からだよ。この国の商業ギルドは国の監督下にあるから、便宜をはかれるだろうとおっしゃって、国王陛下が推薦状を書いてくださったんだよ」
うーん、そういえば前回お会いした時は、何となく気まずい雰囲気でのお別れになってしまったし……。お礼状と一緒に、少し目新しい贈り物をして喜んでいただきたいなあ。
そう思って、厨房にいるであろうミィナの元へ足を運んだ。
「ねえミィナ。あなたのこの間のデニッシュの新作、陛下への贈り物にしたいのだけれど、作れるとしたらいつになるかしら?」
自分の『デニッシュ』を『陛下に贈る』と聞いて、びっくりしてミィナのしっぽがぶわっと毛が逆だって太くなる。
「はわわわわ……陛下にですか!『デニッシュ』を作る作業を優先してお仕事しても宜しいのでしたら、最短で明後日の朝にはできます」
そう言って、彼女の上司である料理長のボブに視線をやる。
「私とマリアでフォローしますから、その日程で大丈夫ですよ、お嬢様」
どんと胸を叩いて、任せてください!と言ってくれるボブ。隣でマリアも頷いている。
「みんなありがとう!じゃあ、よろしくね!」
その後、「数はお幾つ用意しましょうか?」とミィナに確認されたので、「ご家族五人分の五個以上で、作りやすい個数でお願いするわ」と、ミィナにお任せしてみることにした。
翌々日、準備してもらった『デニッシュ』は、五人分各二個ずつの十個。この間のカスタードクリームの上にりんごと桃を飾ったものだ。それと私がしたためた礼状を持ってお父様に出勤して貰った。
その日帰ってきたお父様曰く、陛下にとてもお喜びいただけたそうだ。
うん、良かった!
◆
そして、平日のある日、休暇を取得してくれたお父様と一緒に、商業ギルドへ事前に挨拶に行くことにした。
私は、よそ行きのワンピースを着て、髪をお下げに結い、髪飾りとして以前助けた商人さんから頂いたアクアマリンとペリドットの髪飾りをつけて行くことにした。
商業ギルドは、街の中央通りに大きく構えた高くそびえる建物だった。
一階から最上階まで全部が、商業ギルドのために使っているというのだから凄い。まあ、この国で商売をしている全ての店を統括しているのだから、当たり前といえば当たり前なのだろうか。
私たちは、建物の一階の入口から入ってすぐ側にある、受付カウンターへ向かう。
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょう」
受付の女性が尋ねてくる。
お父様が私を抱き上げた。すると、受付嬢にも見やすい高さに私の顔が移動する。
「プレスラリア子爵と娘のデイジーです。娘が、先々この街で店を構えようとしていまして。その事前のご挨拶に伺いました」
そう言って、王家の封蝋の押された推薦状を受付嬢に差し出す。
「まあ、国王陛下からのご推薦で開業ですか。上の者に取り次ぎますので、そちらのソファでお待ちください」
受付嬢は推薦状を父に返して、一礼をしてからその場を立ち去った。
しばらくソファで待っていると、先程の受付嬢が戻ってきて、ソファに座った私たちの元へやってくる。
「プレスラリア子爵とデイジー様、ギルド長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
そう言って、ある扉の前まで案内される。その扉は開くと、数人が入れるほどのただの箱にしか見えなかった。
「この小部屋の中に入るのですか?」
私はこの小部屋になど入ってどうするのかと疑問に思って受付嬢へ尋ねた。
「お嬢様は『昇降機』は初めてでしたか」
よくある反応なのだろうか、受付嬢はにこりと微笑むと、慣れた様子で説明してくれる。
「私どもの建物は高いので、魔道具の『昇降機』を使って階の上下を移動できるようにしているんです。魔石で動いているんですよ」
受付嬢は説明しながら、身振り手振りで私たちを中へ誘導し、『昇降機』を操作して動かす。ウイーンという音と共に上へ動いているというそれは、なんだが足元が少しふわっとする感じがして不思議な感覚がした。
「面会室はこちらです、どうぞ」
『昇降機』を下りると、いくつか扉があるうちのひとつに案内される。受付嬢がノックをしてから扉を開けて、私たちに中へはいるように促してくる。
部屋の中へ入ると、恰幅の良い壮年の男性が立ち上がって挨拶をしてくる。
「プレスラリア子爵とデイジーお嬢様、お初にお目にかかります。わざわざご足労頂いてありがとうご……」
と、男性の言葉が驚きで途切れる。
彼は、以前オルケニア草原に採取に行った時に助けた商人の男性、その人だった。