46.しゃべりたくナールを作ろう
私は、国の騎士さんたちとの採取を終え、自宅に帰ってきた。
と、その時、厨房へ向かうミィナとすれ違った。
「おかえりなさい、デイジーお嬢様」
ミィナは、お辞儀をして迎えてくれた。
気持ちが落ち着くまでの間、我が家の客として扱っていたミィナは、『デニッシュ』作りを一緒にしてからというもの、暇さえあれば厨房へ見学に入り浸り、その結果、彼女は我が家の厨房で使用人として働くという選択をしたのだ。部屋も空いていた使用人用の部屋に移り、今は使用人として見習いから始めて厨房で働いている。
ちなみに、私がアトリエを開く時までにしっかりボブとマリアから学んで、将来は私の元で調理人として働きたいと言ってくれている。私は料理が出来ないからとってもありがたい!
今のところ、私についてきてくれるのは、マーカスとミィナ。それとリーフ。今度、三人で将来のアトリエについて、お話したいな。
そして、私は、ミィナと別れ、自室に着替えに行く。そして、『しゃべりたくナール』を作るために、実験室に移動したのだった。ちなみに、普通の令嬢であれば着替えは侍女に手伝ってもらうものだが、私の場合独立することが前提にあるので、訓練を兼ねて極力自分のことは自分でするようにしている。
実験室に入る。
『おしゃべりキノコ』と『ドンナ草の根』。二つの素材を並べ、作る手順を考える。
前に、『強力解毒ポーション』を作った時のように、素材ごとにエキスを抽出してから混ぜてみることにした。
そもそも、素材全部をまとめて放り込んでいた今までの方法は、運良く上手くいっていただけで、ちょっと雑だったのかなと、前回の件で反省していたのだ。
まずは、『おしゃべりキノコ』。
みじん切りにして、少なめの水と一緒にビーカーに入れて加熱する。
【喋りたがりエキス???】
分類:薬品のもと
品質:低品質ーーー
詳細:成分の抽出が出来ていない。
少したつと、ビーカーのガラス面に小さな気泡が付き始め、だんだんその気泡が大きくなってくる。
そして、気泡がポコりポコりと水面に昇っていくようになってきた。
【喋りたがりエキス】
分類:薬品のもと
品質:低品質ー
詳細:成分が少し溶けだし始めている。
じゃあ、この温度で保てるように、加熱器を調整して……と。
【喋りたがりエキス】
分類:薬品のもと
品質:高品質
詳細:成分が十分溶けだしている。
しばらく加熱を続けると、エキスをちゃんと取り出すことが出来た!
次は、『ドンナ草の根』をみじん切りにして、水と一緒にビーカーに入れる。
【誘惑エキス???】
分類:薬品のもと
品質:低品質ーーー
詳細:成分の抽出が出来ていない。
もう少したつと、気泡が大きくなってきた。そして、想定通り沸騰前まで行っても状態は変わらない。
根っこが素材の場合は、沸騰しないと成分が溶けだしにくいのだろうか?私は、今後の参考のために、ノートにメモをする。
そうこうしていると、沸騰が始まった。
ボコボコと気泡が泡立つ中、ドンナ草の根のみじん切りが踊っている。
よし、沸騰させても大丈夫!
ならこのまま続けて……。
【誘惑エキス】
分類:薬品のもと
品質:高品質
詳細:成分は十分抽出されている。
しばらく煮込むと、エキスをちゃんと取り出すことが出来た。
じゃあ、手順の最後、魔石を使ってふたつのエキスを反応させる。
喋りたがりエキスの中に魔石を入れ、だいぶ冷めてきた誘惑エキスを加える。
そして、丁寧にかき混ぜていく。
【しゃべりたくナール?】
分類:薬品
品質:低品質ーーー
詳細:複数の成分同士が反応できていない。
そのままの温度であまり反応に進行が見られないので、慎重に加温していく。
やはり、沸騰前であれば品質の低下は見られないので、そこまで上げて、その温度をキープする。
【しゃべりたくナール】
分類:薬品
品質:低品質ーー
詳細:複数の成分同士が反応し始めている。
うん、このままいけばいけるはず……。
私は、棒でゆっくりかき回していく。
すると。
【しゃべりたくナール】
分類:薬品
品質:高品質
詳細:飲んだ量に応じた一定時間、飲まされた相手を好意的に感じ、素直になってしまう薬。悪用してはいけない。
……『悪用してはいけない』
そう、そういう薬を私は作った。
錬金術とは、そういう使い手の判断によっては悪いものにもなるモノを作れてしまう立場なのだと改めて思い知らされた。私は、このことは絶対心のどこかにきちんと留めておこうと思った。
◆
『しゃべりたくナール』は、お父様を通じて国王陛下へ渡してもらった。
程なくして、有力貴族が王家に対する殺人未遂容疑で捕まったと、王都中が騒ぎになった。
事件の黒幕は、とある侯爵とその娘。一夫一妻を貫く王に、自分の娘を側へ送ろうとしても断られ、ならば跡継ぎがいなくなればと王子殿下の殺害を目論んだ。また、娘は娘で、寵愛を受ける王妃殿下憎さのあまり、王妃殿下に毒を盛らせたことがあったということが判明した。
その家は貴族籍を剥奪され領地は召し上げ、そして、黒幕の二名は死罪を賜った。
◆
私は、その噂もまだ静まらぬ頃、国王陛下にお父様と共に王城へ呼ばれた。
密会用サイズの小さな部屋へ案内される。陛下は、その部屋の窓辺にたっておられた。
「此度は、まだ幼いそなたを、国の醜い争いに巻き込んで済まなかったと思う。だが、おかげで、私は愛する家族の安全を得られた。……心から感謝する、デイジー」
陛下が立っている窓からは、明るい日が差し込み、美しい花が咲き乱れる庭で散歩をする、王妃殿下と小さな両殿下が楽しそうに笑っているのが見える。その笑い声が、この部屋の中にも漏れ聞こえる。とても、幸福そうな笑い声が。
陛下は私に向き直っておっしゃった。
「全てそなたの作ってくれた薬のおかげだ。デイジー、私に可能なことであればなんでも望みを叶えよう。そなたは何を望む?」
「……二度とこのような薬を作ることをお命じならないとお約束ください。そして、私は、一介の錬金術師として準備が出来次第、独立しようと思います。それをお許しください」
私は静かに陛下に回答した。
「……わかった。そなたのアトリエの開設にあたっては、できる限りの便宜を図ろう。代金も、家族の安全を得られたことに値する額を後ほど送ろう」
「……ありがとうございます」
そうして、私は、この事件で少し大人になり、自立するための準備を始めるのだった。
デイジーの錬金術師としての立場と、現代の化学者、物理学者を重ねてみました。薬になるけれど毒にもなる。便利になるけれど、兵器にもなる。難しいですよね。上手く表現出来ていればと思います。
……次からは、アトリエ開設に向けた前向きな話になる予定です!