42.国王からの依頼
ウィリアム王子殿下の容態が落ち着いた後、私とお父様は、国王陛下に別室に呼ばれた。部屋には三人しかいない。
小さな部屋に少人数向けのテーブルセット、それだけの部屋だ。
「今から話すことは他言無用で頼む」
まず、陛下が口にした口止めの言葉で私たちは、改めて気が引き締まる。
……私とお父様にだけって何の話だろう……。
「デイジー、自白剤を作ることは可能か?」
国王陛下が私にお尋ねになる。
「……じはく、ざい?」
聴き慣れない単語に、私は首を傾げる。
そこへ、お父様が私にもわかりやすいように説明してくれた。
「質問されたことに、正直にしゃべりたくなってしまうようになる薬のことだよ」
国王陛下がおっしゃるには、今回王子殿下に毒をもった犯人には、だいたい目星が立っているのだけれど、いつも決定的な証拠がなくて、トカゲの尻尾切り止まり。黒幕である真犯人を捕らえられないでいるらしい。
今回は遅効性の毒だったから間に合ったものの、強い即効性の毒を使われた場合には間に合わないかもしれない。
なので、王子殿下の身の安全のために、目星をつけている人に自白剤を使って捕まえてしまいたいと、そういうことだった。
……『じはくざい』という名前ではないけど、確かそんなのあったような気がするなあ。
「いただいた錬金術の本には、似たようなものがあった気がしますが、多分材料が揃えられません」
私は、現状答えられる範囲内で回答をした。
その答えに、国王陛下は、うん、と答えた。
「確かに、すぐに回答ができるものでもあるまい。自宅へ帰り、確認してから返事をしてくれれば良い」
そう言ってくださった。
「それはそうと、今日の礼をせねばと思ってな。確認してくれ」
国王陛下は胸ポケットから、綺麗な薄紫色の布でできた小さな袋を私の前に差し出す。
「失礼します」
そう言ってお父様が私に代わって、私の前に置かれた袋を恭しく手に取り、私に見えるようにその中身を掌の上にのせる。
……そこにあったのは白金貨一枚であった。
お父様がひゅっと息を飲む。
私は、見たこともない硬貨を興味深くまじまじと見つめるばかりだ。
「陛下、ポーション代としては、流石にこれはいささかいただきすぎではないかと……」
お父様の額には一筋冷や汗が伝い落ちる。
お父様の言葉に、いや、と国王陛下は首を振る。
「それは、今日のポーションをその価格と算定して支払うものではない。一国の王が、我が子の命を救ってもらったことに対して支払う礼金と思ってくれ」
そこまでおっしゃられたものを断るのは、失礼にあたる。
「ありがたく頂戴いたします」
そう礼を言い、お父様は、白金貨を布の袋にしまうと、お父様の胸ポケットにしまって私にこうおっしゃった。
「さすがにこの大金をデイジーに持たせるのは危険だからね。父様が安全なところにしまうまでは預からせてもらうよ」
私は、相変わらずその貨幣の価値を分からずにいたが、とても大変な金額だということは感じた。なので、お父様には素直にうん、と頷いた。
そして、私にはもう一つ気がかりなことがあった。王子殿下が一命をとりとめたとは言っても、まだ、犯人は見つかってはいない。まだ、殿下は本当に安全ではないのだ。
「陛下、多大なご好意に感謝いたします。だからというわけではありませんが、王子殿下がご無事であったとはいえ、万が一ということもございます。私は今日お持ちした『強力毒消ポーション』をもう一本持ってきておりますので、お受け取りください……不要となることを願いますが……」
そう言って私は陛下の御前に『強力毒消ポーション』を差し出した。
陛下は目を伏せて私に礼をおっしゃる。
「心遣い、感謝する」
その後、私とお父様は部屋から退出して、王城から自宅へ馬車で帰途に着いたのだった。
◆
帰宅後、私は国王陛下に依頼された『じはくざい』なるものを、『錬金術教本』をめくって探していた。
「……しゃべりたくなる薬、ねえ……」
どこかにそのようなものがあった気がするのだが、いざ探すとなかなか見つからない。
「だいたい、そんな名前じゃなかったはずなのよね」
うーん、とうなって、私は本の上に突っ伏してしまう。
私は、突っ伏しながらぶつぶつと呟く。
「しゃべりたくなる、しゃべりたくなる、しゃべりたくなる、しゃべりたくなる、……しゃべりたくナール……あ!」
名前を思い出した!
『しゃべりたくナール』だ!
私は急いでそのページを探した。すると、程なくして該当のページが見つかった。
『おしゃべりキノコ』と『ドンナ草の根』。この二つと水と魔石があればできる!
私はそれをメモに取ると、急いでお父様を探しに部屋を出た。
屋敷の中を探すと、お父様は居間のソファに腰掛けていた。
私は早足で近寄り、早速報告をした。
「お父様、見つかりました!『しゃべりたくナール』という薬です!『おしゃべりキノコ』と『ドンナ草の根』があれば作れます!」
興奮して報告する私を、お父様は膝をポンポンと叩いて、「おいで」と言う。私は、言われるがままにお父様のお膝に腰を下ろした。
「デイジー、よく聞いて。そのお薬を使われて、殿下に毒を盛ったと喋ってしまうと、どうなると思う?」
私を膝に置き、抱っこしながらお父様がゆっくりと尋ねる。
「……多分捕まってしまいますよね」
そう答えて、あ、と思った。気がついた。
『この薬は誰かが幸せになって終わる薬じゃない』と。
「お父様、この薬は、王子殿下は御身が安全になるかもしれません。でも、殿下を害そうとした人は、捕まって……罰せられるのですね」
お父様の瞳をじっと見つめて、私は尋ねた。
「そういうことになるね。……おそらく死を賜るか、良くて永久に幽閉だろう」
こくん、と私は頷く。
「そうなるとわかっても、デイジーはそれを作れるかい?……無理なら、作れないと言ってもいいんだよ。お父様が、ちゃんとなんとか陛下に申し上げるから」
私の作った薬によって、陛下から死を賜るかもしれない人がいる……。私には、とても衝撃的なことだった。
でも、その時、甘いパンを献上した時の殿下の無邪気な笑顔を思い出した。あの罪もない私と同い年の殿下を害そうとする人がどこかにいる。……それは嫌だ。
だって、国王陛下の子供に生まれたからってだけで、あんな辛い思いを何度もするなんて可哀想。そして、何も罪がないのに死んでしまうかもしれないなんて。
「お父様。私は、薬を作ります……殿下の笑顔を、守りたいです。それによって誰かが罪に問われることになるとしても」
そう答えて、私はきゅっと口を引き結ぶ。
「そうか」
と、お父様は私をギュッと抱きしめて、私の体に顔を埋めた。
今日はどう表現しようか迷って、アップが遅くなりました。こういうのは難しいです。