29.小さな殿下達の試食会
とうとう国王陛下への献上の日が来た。
私が嬉しいのは、こういう時はワンピースが姉様のお下がりではなくて自分用の新品になることだ。今日は、アップルグリーンの髪に合わせて、それより淡いグリーンのシフォンワンピースを着ている。髪の毛には瞳の色のアクアマリンで形作られた小さな花のヘアピンをつけている。
「お嬢様、可愛らしく出来ましたよ」
着付けてくれたケイトが目を細めて褒めてくれる。
気分は上々。
今日は、頑張ろう!
紐でしっかり括った三本のワインは、重たいのでお父様に持ってもらい、パンは新品の籠の中に詰めて布をかぶせ、私が持っていく。
二人で馬車に乗って王城へ向かった。
◆
謁見は、城のかなり奥にある小さめの一室で行われるようだった。献上と言っても、仰々しく他の貴族にも見られるような環境で行うのではない。まだ幼い私への配慮なのかな?
侍従に部屋に案内されてお父様と二人、ワインとパンの入った籠をテーブルの上に置き、陛下がいらっしゃるのを待つ。
やがて、国王陛下と王妃殿下、陛下と共に第一王子殿下と王女殿下と思しき子供が侍女を伴って部屋へやってきた。そして、【鑑定】持ちのハインリヒもあとから入室する。
「大勢で押しかけて済まないね。今日は礼儀とかいいからね。気楽にしてくれ」
国王陛下は部屋に入ると直ぐに着席を促した。
「『ふんわりパン』があると言ったら、ウィリアムが食べたいと言いだして聞かなくって……」
王子殿下の居住まいを正しながら、王妃様も少し苦笑いだ。
「だって母様、パンがふんわりだなんて聞いたことないもの!僕はすぐにでも食べてみたいんだ!」
そう言って、幼く口をとがらせてお母様に抗議したあと、殿下が私の方に向き直る。
「君がパンを作ったっていうデイジー?」
ニコニコと笑って、エメラルド色の瞳がじっと私を見てくる。
「はい。今すぐご試食なさいますか?」
王子殿下に笑顔で尋ねながら、国王陛下と王妃殿下に視線を向ける。勝手に渡す訳にはいかないからだ。
国王陛下は、視線でハインリヒに指示を出す。
私はテーブルの上に置いたパンの入った籠の上に被せた布地を取り去る。
ハインリヒは籠の中のパンを一つずつじっくりと確認し、最後に陛下に頭を下げた。
要は、『体に害をなすものは入っていない』ということだろう。
「デイジー、私の息子のために、今ひとつ頂いてもいいかい?」
「はい、でしたら、こちらの四つのうちのいずれかを召し上がっていただければと……」
そう言って私は籠の中のパンのうち、例の『甘いパン』を指し示す。
「ウィリアム、どれをいただこうか?」
陛下は、籠に向かって身を乗り出す王子の体を支えてやっている。
「僕、これがいい!」
むんずとパンを一個掴んだ。
「……わ。パンがむにってしてる」
殿下は、驚いた顔をして、パンをじっと見る。
そして、パクリ、と一口かぶりつく。
ぷにゅっとパンの脇からジャムとカスタードクリームが少しはみ出して、殿下の口の端にくっついた。
その顔は非常に子供らしく愛らしい。
……が、侍女が慌ててハンカチを出してきて、殿下の口元を拭った。
「わー!柔らかくてとろとろのクリームが入っていたよ、父様!」
口に入れたものを咀嚼し、こくんと飲み込んでから、殿下ははしゃいで陛下に報告する。
「美味しいかい?ウィリアム」
もう一口目をかぶりつきに行く王子殿下の頭を優しく撫で、殿下の様子を目を細めて見守りながら陛下が尋ねる。
王子殿下はうんうん、と頷きながら、パンに夢中になっていた。
そこに、もう一人の小さい方がぽつりと呟いた。
「……くりぃむ」
王妃殿下のお召し物の裾を、くいっと引っ張って、舌足らずな口調でおねだりをする。
「デイジーさん、マーガレットも欲しいと言うので、ひとつ頂くわね」
王妃殿下が、小さな殿下方の要望に困った顔をしながら私に告げる。
私は、ただマーガレット王女殿下の舌っ足らずなご所望の様子が可愛らしくて、ただただにっこり笑って「はい」と答えた。
王妃殿下は、『甘いパン』を一つ手に取って、小さな欠片をちぎる。
「まあ、本当に柔らかいのね」
そのパンをちぎる時の手の感触に、瞳を瞬かせる。
小さな切片には端すぎてクリームが付かなかったらしく、小さな切片へ大きな方から中のジャムとクリームを掬いとり、王女殿下のお口に入れてあげている。
王女殿下は、あむあむ、とゆっくり咀嚼して、こっくんと喉を動かす。
「くりぃむ、あまぁ……」
にまぁっと、嬉しそうに表情を崩して笑う殿下はとっても可愛らしかった。
殿下方の様子に、甘いパンも加えてよかった!と私は心から嬉しくなった。
すっかり部屋の中心は小さな殿下方になっている。
そこに、陛下がすまなそうに私達親子に話題を向ける。
「この、『ふんわりパン』といい、ワインといい、珍しいものをありがとう。お礼と言ってはなんだけど、デイジーは今欲しいものとか何かないのかい?」
……うーん、あるにはあるんだけどなあ。
試しにお伺いしてみちゃう?
「実は『遠心分離機』という器具を探しておりまして……」
「『えんしんぶんりき』?聞いたことの無い名だな」
陛下は首を捻る。
「では、もしどなたかが販売している店や、作成可能な職人をご存知だという情報がありましたら、私に教えて頂けますととても嬉しく思います」
……やっぱりダメだよね。実は私も探して見つからなかったんだから。
「ちなみにデイジー。その『えんしんぶんりき』とやらでは何が出来るのだ?」
陛下は、その未知の機械の使い道が気になったようだ。
「牛などの乳を、成分の濃いクリームという部分と、残った薄い部分に分けることが出来るのです。そのクリームを砂糖を入れて泡立てると、『クレーム・シャンティ』というとても濃厚で滑らかなデザートができると本に書いてありまして……。食べてみたいなあ、と」
最後は、ちょっと食い意地が張っているような自分の発言が恥ずかしくなって、頬が赤くなってしまった。
「なるほどなるほど、それは確かに賞味してみたいものだ、なあ、妃よ」
「そうですわねえ、どんなデザートなのでしょう」
王妃様も、陛下の言葉に答えるように頷かれる。
「少し、配下のものに探させてみよう」
少々待っていてくれ、と仰ってくださった。
その後は、結局小さな殿下方が食べ終わるまでしばらく雑談をし、解散となった。
後日、陛下からはお手紙でワインとパンのお礼をお手紙で頂いた。ワインについては、お礼の言葉と共に、それぞれ異なる味わいや香りについての感想が綴られていた。陛下と王妃殿下は、おふたりでそれぞれの好みや評価を語り合うことで、楽しい時間を過ごせたそうだ。
……贈り物を喜んでいただけてよかった!
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