20.ふんわりパンを作ろう
国王陛下から贈られてきたのは、『錬金術教本』の上・中・下巻。それに加えて、『錬金術で美味しい食卓』の計四冊。
成長期の六歳女子がまず興味を持つのはどれでしょう。
……やっぱり美味しいもの!
『ふんわりパン』兄様も姉様もきっと喜ぶだろうなあ。名前を聞くだけでも美味しそう。ふんわりパンの応用で『デニッシュ』なんてものもある。バターがじわりとするパンってどんなんなんだろう!
私たちの食べているパンって、小麦粉からパン種を練って、自然に放置して発酵したパンが普通のものなんだけれど、あんまりふんわりとはしていない。というよりほぼぺたんこで、実はあんまり美味しくない。もし名前の通り『ふんわり』だったらきっと家族みんなが喜ぶはず!
まずは、先日妖精さんに教えてもらったブラックベリーの自生地に新鮮な実を取りに行った。
【ブラックベリー】
分類:食材・食べ物
品質:高品質
詳細:まさに食べ頃。ジューシーで甘い。
妖精さんの教えてくれた果物はさすがに品質がいい!
そして、厨房からはちみつを貰ってくる。
【はちみつ】
分類:食材・食べ物
品質:良質+
詳細:様々な野の花の蜜を集めて作った蜂さんの努力の結晶。優しい味わい。
ブラックベリーと同じ重さのお水を、煮沸消毒した瓶に入れて、蜂蜜はスプーンに二杯くらい。
瓶に蓋をして、錬金発酵を促しながら、瓶を優しく振る。
【酵母???】
分類:食材?
品質:低品質
詳細:ブラックベリーの浮かんだ蜂蜜水。ただそれだけ。
……ま、まだそうよね。
さらに錬金発酵を促していると、だんだんと泡が浮かんでくる。
【酵母】
分類:食材
品質:低品質+
詳細:ブラックベリーの浮かんだ酵母になろうとしている。
もっと発酵を促すと、しゅわしゅわな液ができた。
【酵母】
分類:食材
品質:良質
詳細:ブラックベリーの酵母。完全に発酵が終わっている。
これを綺麗な布で濾して液だけにする。
そして、種つぎをする事でもっと強い酵母に仕上げていく。
今作った酵母液を瓶に入れ、少し水を加える。蜂蜜はさっきより若干少ないくらい。そして、最初と同じ量のブラックベリーを入れる。そして蓋をする。
あとの要領は一緒だ。
【酵母】
分類:食材
品質:良質+
詳細:ブラックベリーの酵母液。また発酵が始まった。
……ふりふり。
【酵母】
分類:食材
品質:良質+++
詳細:ブラックベリーの酵母液。あともう少しって感じ。
……ふりふり。
【酵母】
分類:食材
品質:高品質
詳細:ブラックベリーの酵母液。種つぎによって高い発酵力を誇る。
ここで止めて、綺麗な布で濾して液だけにする。
できた!あとは、これを元にパンにするだけだ!
私は酵母液の入った瓶を持って、厨房へ向かった。
「こんにちは、ボブ」
厨房へ入りながら、中にいた料理長のボブに挨拶をする。
「おや、お嬢様こんにちは。今度は厨房に何の用ですかい?」
気さくに用事を尋ねてきてくれる。
「今度はこの魔法の液で、『ふんわりパン』を作ろうと思うの。少し厨房を貸してくれるかしら?」
私は、酵母液の入った瓶をボブに掲げて見せてお願いする。
「……パンが、『ふんわり』ですか?せっかくなので私も見せて頂いていいでしょうか?」
「私もみたいですわ!」
ボブに加えて厨房担当のマリアも見たいと言ってきた。
厨房の勝手はわからないし、むしろ居てくれた方がありがたい。
「うん、勿論いいわ!じゃあ場所を借りるわね。後でパンを焼けるようにオーブンを温めておいてくれるかしら」
「はい、勿論です!」
ボブとマリアは快く手伝いを引き受けてくれた。
ボウルに、小麦粉、蜂蜜、塩少々を入れてよく混ぜる。
そして、酵母液とお湯を入れて、粉と水分をまとめていく。
この辺の分量は、『錬金術で美味しい食卓』の記載通りにきっちり。
「台が高くて大変でしょう」
気づいたら、マリアが背伸びしている私のためにそっと足台を差し出してくれた。嬉しい。
「ありがとう、マリア」
私はにっこり笑って、マリアにお礼を言った。
頑張ってパン生地を捏ね、台にたたきつけてさらに捏ねると、生地がツルリとしてくる。
ここでバターを加えて捏ね、馴染ませる。
丸くまとめた生地をしばらく暖かいところで自然発酵させる。
(本当は錬金発酵で急ぎたいけど、ボブとマリアのために我慢)
【パン生地】
分類:食材
品質:高品質
詳細:発酵は十分。次にガス抜きしよう。
あれ。【鑑定】が手順のガイドをしてくれている……。
ボブとマリアは、生地の今まで見た事の無い膨らみ方を見て、びっくりしている。
鑑定さんの言う通りに、ガス抜きして、八個に切り分けて丸めた。濡れ布巾を被せて少し休ませて……。
「さあ、これを焼くわ!」
オーブンに入れるのはボブにお願いした。オーブンの使い方はさすがによく分からない。
「焼いたらもっと膨らむから、間をあけて置いてね」
そうお願いすると、まだ膨らむのかと二人はびっくりしていた。
……そして、生地は二倍に膨らみ、綺麗なキツネ色に仕上がったところで、ボブがオーブンから取り出してくれた。
「試食しましょう!」
二人は恐縮していたが、私から一個ずつ渡して、三人で一個ずつ、焼きたてのパンを手に取った。
パリッとパンを半分に割る。すると、ふんわりフルーティーなアルコールの香りが漂った。
「ふんわりだけじゃなく、とてもいい香りです」
マリアがうっとりしている。
一口パンにかぶりつくと、その香りが口内いっぱいに広がった。
「これは美味い!こんなの食べたら今までのパンなんて食べられなくなりますよ!」
ボブは大興奮だ。
『ふんわりパン』は大成功!
残りの五個のパンは、温め直して今夜の我が家の食卓に上がることになった。
◆
「今日のこれは……パンなのかい?」
まずお父様が丸いパンを手に取って首を捻った。
「はい、錬金術を使って作った『ふんわりパン』です。とっても美味しいので食べてみてください」
私の言葉に、家族みんながパンを口にする。
「「美味しい!ふわふわだ!」」
まず叫んだのは、子供の兄様と姉様だ。
「まあ、香りもとってもいいわ。何かのフルーツのような香りのような気がするけれど……」
お母様が首をかしげている。
「ふっくらさせる液体の材料に、ブラックベリーを使ったので、その香りだと思います」
私がその疑問に答えた。
「うん、これは美味しいね。このパン以外食べたく無くなるな」
お父様も満足気だ。
「僕も(私も)このパンじゃなきゃヤダ!」
兄様と姉様が合唱する。
やっぱり、「もうこれ以外食べられないね」、ってことになって、私は酵母作り、パンは私がボブとマリアに教えて、あとの工程はやってもらうことにした。
我が家のパンは、ふんわりパンが定番になった。
天然酵母は時間をかければできるんですけどね。錬金術で作ってみました。
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