政策のみならず、人事・体制においても、安倍政権の「継承」は歴然だ。7年8カ月に及んだ長期政権の行き詰まりを打破し、傷ついた民主主義の土台を立て直すことができるか、前途は険しいと言うほかない。
■暫定色払拭するには
菅新内閣がきのう発足した。閣僚20人のうち8人が再任、3人が横滑り。行政改革に熱心な河野太郎防衛相の行革相への起用や、菅氏が旗をふる行政のデジタル化を主導するデジタル相の新設などに「菅カラー」はうかがえるものの、全体としてみれば、「安倍改造内閣」といってもおかしくない陣容だ。
安倍氏の盟友として政権の屋台骨を支えた麻生太郎副総理兼財務相も再任された。森友問題で公文書改ざんという前代未聞の不祥事を起こしながら、政治責任にほおかむりを続けた麻生氏をナンバー2としてそのまま処遇する。政権運営の安定を優先し、政治の信頼回復は二の次というわけだ。
組閣に先立つ自民党の役員人事では、二階俊博幹事長の再任など、総裁選で菅氏を支持した5派閥のベテランが主要ポストを分け合った。菅氏は自らが無派閥であることを強調し、人事で派閥の要望は受けないと明言してきたが、論功行賞や派閥均衡への配慮は明らかである。
結局のところ、安倍政権下の主流派が、トップの顔をすげかえて、その権力構造の維持を図ったというのが、今回の首相交代ではないのか。
約8年ぶりの新しい首相の誕生だというのに、高揚感にはほど遠い。女性閣僚は2人だけ。初入閣も待機組が目立つ。経験重視の手堅い人選といえば聞こえはいいが、政治のダイナミズムは感じられない。菅氏の自民党総裁としての任期は、安倍氏の残りの来年9月まで。「暫定色」を払拭(ふっしょく)したければ、内外の諸課題に対し、確実に結果を出すほかあるまい。
■見えぬ国家ビジョン
新政権にとって、当面の最重要課題がコロナ禍への対応であることは間違いない。感染拡大の勢いはやや衰えているとはいえ、インフルエンザとの同時流行が懸念される秋冬に向け、万全の備えを急がねばならない。
感染防止と経済活動の両立という難題も続く。国民の幅広い理解と協力を得るには、首相が先頭に立って、丁寧な説明や情報開示に努めることが不可欠である。官房長官会見でしばしばみられた、木で鼻をくくったような対応では、到底共感は得られないと心得るべきだ。
突然の首相辞任を受けた、いわばリリーフ登板であったとしても、首相となった以上、菅氏には日本が直面する難題に正面から挑む重い責任がある。
気がかりなのは、総裁選の論戦から、菅氏が思い描く経済社会の将来ビジョンが明確に伝わってこなかったことだ。菅氏は「自助、共助、公助。そして絆」と繰り返したが、その三つのあるべきバランスをどう考え、それを実現するために何が必要なのかは語られなかった。
役所の縦割り、既得権益、悪(あ)しき先例主義を排して、規制改革を進めるとも強調したが、それはいわば手段であり、それによって何を実現しようとしているのかは具体的ではない。
少子高齢化が進むなか、どうやって社会保障制度の持続可能性を維持するのか、負担と給付のあり方をどう考えるか。世界に目を向ければ、米中の覇権争いが激しさを増している。国際社会の安定のために、両国と関係が深い日本に何ができるか。菅氏の考えを早く聞きたい。
■解散よりコロナ対応
安倍政治の下でゆがめられた政策決定のあり方や国会の空洞化も、この機会に正されねばならない。問題の多い安倍氏の政治手法まで「継承」されてはたまらない。
新内閣で「官邸官僚」の多くも残留が決まった。菅氏としては、引き続き強力に官邸主導を進めるつもりなのだろう。
しかし、安倍政権下では、各省庁の官僚の専門性が軽視され、官邸への忖度(そんたく)がはびこったとされる。菅氏は先日、政権の決めた政策の方向性に反対する省庁の幹部は「異動してもらう」と明言した。忖度を生む原因と指摘される内閣人事局についても問題はないとの認識だ。これでは、国民よりも官邸をみる官僚が増えないか心配だ。
菅氏はまた、日本の首相は諸外国に比べ、国会に拘束される時間が著しく長いとして、首相の国会出席は「大事なところに限定すべきだ」とも述べた。説明責任を軽視し、国会論戦から逃げ回った安倍氏の振る舞いが繰り返されないか。
閣僚や与党内からは、新政権への世論の期待が冷めないうちに衆院の早期解散に踏み切るべきだとの声がでている。自民党内の派閥の合従連衡で首相に決まった菅氏が、国民に直接信任を求めることは一概に否定できない。しかし、今、求められるのはコロナの終息に政府の総力を注ぐことだ。その優先順位を見誤ってはいけない。
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