スパイは政府高官と接触する任務を帯びることもめずらしくない。その政府高官が高度の専門知識をもつ人物で、権力者たちとも親密な仲であるという場合もあれば、冷酷非道な犯罪者という裏の顔をもつ場合もある。
当然のことながら、そうした人物に接近する任務は困難をきわめる。よってスパイは目指すターゲットと直接、接触を試みるような真似はしない。
かならず、ほかの人物を介して知り合いになろうとする。まずはターゲットの知人と知り合いになり、それから当人を紹介してもらうほうがはるかに安全だからだ〉
インテリジェンスの世界での紹介にはリスクが伴う。紹介した者が相手とトラブルを起こした場合、紹介者が全責任を負わなくてはならないからだ。
完全に信頼できるレベルに至っていない人の仲介者になってはいけないというのもヒュミントの鉄則だ。信頼できる仲介者から政府高官や財界人を紹介してもらうと、そこから人脈が一気に広がる。
インテリジェンス・オフィサー(そのうち非合法活動に従事するのがスパイ)が、キャッシュ(現金)を好むというのもこの業界の常識だ。
〈スパイが現金を携行するもっとも重要な理由は、協力者候補の相手にぜったい勘定を支払わせないためだ。そして、どれほどその勘定が高くても、かならず現金で支払う。スパイがテーブルにクレジットカードを置く現場を目撃した人間はいないはずだ。
どれほどテクノロジーが進歩しようと、現金払いは象徴的なジェスチャーとなる。あなたが現金をたっぷりもっていて、カネに糸目をつけないことを相手に示すのだ。そのうえ相手は、あなたに借りができたような気分になる。
勘定を支払うというそれだけの状況でも、スパイは人間の本質的な性質を利用するのだ。相手が勘定を払ってくれれば、たいていの人間はありがたく思う。そして、たとえ本人の懐に余裕がなく、ふさわしい礼ができないとしても、違うかたちでお返しをしたいと思うのだ。
こうしてスパイは「お返し」というかたちで、望みの情報を入手する。あるいはお礼のかわりに、狙っていた重要人物に紹介してもらうこともある〉。