三権分立の否定 市民を向かぬ香港長官
2020年9月16日 08時01分
香港の林鄭月娥行政長官が「香港に三権分立はない」と明言した。風前の灯(ともしび)となった自治を死守しようとする香港市民に背を向け、「一国二制度」を葬り去る中国の強硬策を後押しするものだ。
香港の「高度な自治」を認めた一九八四年の中英共同声明には、香港が「行政権、立法権、司法権を有する」と明記された。
林鄭氏は一日の記者会見で「行政、立法、司法の三機関は互いに協力するが、最終的には行政長官を通じて中国政府に責任を負う」と強調した。
九七年の香港返還以降、三権が相互に監視する分立を、行政長官が公に否定したのは初めてである。中国政府も七日に長官の見解を「支持する」とした。
長官の発言は、香港では中国政府の意向を受けて施政を行う長官が、司法、立法権に優越するとの考えを示したものだ。三権分立を「西側の民主主義」と批判する中国の習近平政権に迎合した発言と批判されても仕方ない。
長官発言は、九月の新学期に香港の高校の教科書から三権分立の記述が削除される改訂があったことを受けたものである。
これまで、香港の学校では三権分立の原則が教えられてきた。司法長官らも香港社会には三権分立があると述べてきた。
立法会(議会)の民主派議員が「長官は突如、新しい解釈を持ち出した」と反発し、司法や立法による行政の監督機能低下に懸念を示したのは当然である。
中国が香港の自由を抑圧する国家安全維持法の施行を強行した際、動揺する香港市民に向け、林鄭氏は「市民の権利が失われることはない」と述べた。
しかし、六日に予定された立法会選挙がコロナ感染拡大を理由に延期され、市民の政治参加の機会は奪われた。延期反対デモに参加した市民ら約二百九十人が拘束されるなど、自由に政治的な意思を表明する権利も、目に見えて失われているのが実情だ。
雨傘運動は市民の一票で長官を選べる選挙の実現が目的であった。香港の強い民意は、長官が単なる中央政府の代弁者であることなど求めていないといえる。
香港からの報道によると、六日のデモに参加した女性は「民意をくみ取るためにも立法会選挙をやるべきだ」と訴えた。香港の「高度な自治」は五十年間不変の約束である。香港トップは市民に顔を向け、その声にこそ耳を澄ませるべきである。
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