【20年4月版】暗号資産マーケットレポート

目次

  • 前提
  • 投資対象として監視している銘柄三選
  • 投資対象から外しているコイン
  • 投資対象外だが空売り対象外でもあるコイン
  • DeFiの利用について
  • 総論

前提

今月から月に一本のペースで暗号資産市場の概観を行います。
内容は主に筆者が監視対象としている銘柄の紹介と注目している動向です。筆者はデイトレードのような短期トレードは基本的にはせず、ファンダメンタルズ分析をベースにして週単位・月単位で売買することがほとんどです。また、各種アルトコインには注目しているものの、ポートフォリオのほとんどがBTCとETHとステーブルコイン(USDC, DAI)で占められており、それ以外のコインのシェアはどの時期でも25%以下であることが基本です。
本シリーズをご覧頂くにあたって、これらは全て筆者の個人的な分析であり投資アドバイスではない点、また暗号資産市場全体が大きく下落したり上昇したりする際には個別の銘柄分析が持つ意味は大きく損なわれる点は予めご了承下さい。

本レポートでは暗号資産トレードにおいて筆者が現時点で監視しているコインと投資対象外としているコインとその理由を列挙します。COVID-19の影響もあり、暗号資産のみならず既存金融市場も大きな下落を見せており、「落ちてくるナイフは掴むな」という格言がある通り、下落トレンドにある銘柄を買いから入ることは推奨されません。
本レポートでは空売りが可能な銘柄や下落トレンドにおいてもある程度の価格算出ができる銘柄を紹介しています。ただし、周知の通り暗号資産はBitcoinやEthereumでさえ理論的な価値の裏付けや金融工学を用いた適正価格の算出はできませんので、ここで紹介する方法も全て仮説でしかない点に注意して下さい。
※本レポートで監視対象として紹介しているMKR, KNC, BNBのうち筆者は現在BNBを少量保有している他、BTC, ETH, USDCを保有しています。

投資対象として監視している銘柄三選

MakerDAO(MKR)

下落前は$600以上で取引されていましたが、MakerDAO全体が債務超過に至ったこともあり、他の銘柄以上の下落を見せ、一時は$200を割り込む展開を見せました。
*レポート:MakerDAOのシステム変更のメカニズム概観 USDC導入とパラメータ操作の威力
https://hashhub-research.com/articles/2020-03-17-makerdao-recent-update
MKRはDAIの発行手数料として徴収されるMKRがバーンされることで擬似的に配当を実現している点に投資妙味があります。発行されるDAIが多ければ多いほど、徴収される手数料が多くなり、バーンされるMKRが多くなることで、MKRの希少価値が高まります。逆に今回のように債務超過を解消するために新規にMKRが発行されるとMKRの価値は希釈し、価値は低下します。
考え方はシンプルです。バーンされるMKRの数量を左右する要素を列挙してみます。
多ければ多いほどMKRのバーンが多くなる要素
  • DAI/SAIの発行量
  • DAI/SAIの発行手数料
多ければ多いほどMKRのバーンが少なくなる要素
  • DAI Saving Rate(ユーザーがDAIをデポジットすることで得られる利回り)
実際の数値を使って考えてみましょう。
DAIは担保資産としてETHやBATを使う場合、年間手数料(Stability Fee)は0.5%ですが、USDCを使う場合は20%です。また、現在DSRは0%になっています。これらのパラメータはMKRホルダーによって自由に変更が可能で、頻繁に変わる点に注意して下さい。しかもここで紹介するMKRの価格算出は、これらの変化の激しいパラメータに依存しているため、根拠となる数値が安定していません。しかし、冒頭でも述べたとおり暗号資産に価格の裏付けは存在しないため、たとえ仮説レベルであっても、指針の一つとして機能し得ます。
上の表で合計利益(現在の発行済DAIとSAIが1年後に償還された場合にMakerDAOが受け取る手数料=バーンされるMKRの合計額)を米国債の利回りで割ることで現在価値を算出し、その現在価値と現在の時価総額の比率で割安度合いを計算しています。1を超えると割安ですが、暗号資産は極めてリスキーな商品であるため、リスクプレミアムを織り込む必要があります。どの程度のリスク(1年でどの程度のリターンが見込めるならリスキーな商品にも手を出す気になれるか)を織り込むからは個人の判断に寄りますが、少なくとも年間で30%の利回りを見込むのが普通でしょう。
MKRの場合、「その他のパラメータが一切変化しない場合」、MKRの時価総額が1.4倍になれば理論的な現在価値と同じ値になりますから、あとは「これがミスプライスだとしたら、どの程度の期間でそれが収束するか」を予想します。
バーン型のコインの場合、価値算出が比較的やりやすく、且つDAIは多くのDAppsで使われており、ユースケースは盤石だと判断できます。また、債務超過も最大で5億円程度であり、価格下落後のMKRの時価総額の2%に過ぎませんでした。
また、その時点でSAIとDAIの発行量の下落は30%でした。
筆者はMakerDAOの存在感の大きさ、サポーターの多さ、DAIの発行量、柔軟なパラメータ構造から考えて、$250以下はリスクを見込んでも割安であると判断し、最低で$130程度まで下がることを見込みながら、分散して買い集めていき、先日$300程度で売却しました。
$300で売却したのは、それが適正価格であるからではなく、COVID-19の影響で現金需要が増し、ETHとMKRを含む市場全体が再度下落する可能性を把握した上で、不要なエクスポージャーを持つことを嫌ったためです。
これ以外に、MKRオークション参加のためにDAIの需要が上がり価格が急騰した際には、CompoundとUniswapに預けていた100DAIを104.5~107.5のレートでUSDCに交換しました。

KyberNetwork(KNC)

以前配信したレポートはこちら。
*レポート:KNCの投資判断 隠れ優良銘柄の可能性があるKyber Networkの近況
 https://hashhub-research.com/articles/2020-01-06-analysis-knc
*レポート:トークンを交換するプロトコルである KyberNetwork の概要・仕組み・エコシステム
https://hashhub-research.com/articles/2019-04-18-kybernetwork-overview
このレポートの配信後に価格を大きく上げ約3倍になりました。現在は市場とともに価格を下げていますが、それでも以前よりは高い水準にあり、過去のレポートの配信時には同程度の価格であったZRXの3倍前後で推移しています(時価総額はZRXの方がまだ大きいです)。
KNCはバーン型の分かりやすいトークンモデルを採用しています。詳細は上のレポートで解説していますが、トレード毎に手数料が徴収され、その75%がバーンされることがKNCの価値になっています(新しいトークンモデルになってこの数値は自由に変更できるようになりましたが、分析に耐えるデータがないため旧来のものを使います)。

https://tracker.kyber.network/#/fees
KNCもMKR同様にバーン構造を持つコインで、且つトークンの理論的な価格の算出はシンプルです。重ねて申し上げますが、こちらも仮説に過ぎませんのでトレードの際には目安程度にしか使っていません。最も重要なのはプロジェクトの将来性です。
KyberNetworkやUniswapは価格が大きく動く際に取引量が多くなりますから、実は価格暴落時にKNCのバーン量は通常の何倍にもなりました(上のURL参照)。KyberNetworkの場合、市場の乱高下はポジティブですが、重要なのは価格が暴落した結果、取引量が先細っていくリスクです。より具体的にはEthereum上のERC20トークンの取引量です。
「現在は取引量が下落しているが、また上がるだろうし、Ethereum上のトークン交換も再び盛り上がるだろう」と自分は考えているのに市場価格が下がっているのであれば、それはミスプライスかもしれません。
上の表では現在価値/時価総額は2.8となっています。つまり180%程度の上昇が見込めるということです(こちらも不安定な根拠を基にしています)。この数値、MKRは1.4であったのに、KNCでは2.8です。KNCの方が割安なのでしょうか?
株式にもPER(株価収益率)が一桁前半のものもあれば、数十のものもあるように、この数値だけが割安・割高を決めるわけではありません。
価格にはリスクプレミアムや期待度が織り込まれるためです。MKRとKNCの場合でも様々な解釈が可能ですが、MKRの方が期待度が高い、KNCの方が大きなリスクプレミアムが織り込まれていると考えられます。
ZRXは投資対象とはしていないのでここでは細かい数字は紹介しませんが、ZRXはリレイヤーやステーカーの収益率をベースに現在価値を考えた場合、極めて大きな期待度を織り込んで市場で取引されています。言い換えるとZRXを保有することによって得られる収益に比べて、ZRXの時価総額が極めて高いということです。

Binance Coin(BNB)

BNBもバーン型のコインですが、最大で初期発行量の50%がバーンされる上限設定型です。BNBコインは世界最大の取引所であり圧倒的なプロダクトクオリティを提供するBinanceとCEOのCZに対する信頼によって成り立っているコインです
現物市場で圧倒的な取引高を有する上に、パートナーシップによる各国の法定通貨対応、Binance Future, Binance Marginによるデリバティブ市場での台頭、取引所インフラを提供するBinance Cloudの開発、戦略的なM&AとBinanceの凄さは枚挙に暇がありません。
とはいえ、投資対象としてBNBを見るのは、結局のところ最初に述べたCZへのトラストに他ならず、CZならばBinanceの株主価値のみならず、BNBホルダー価値も向上させてくれるだろうという期待値に過ぎません。
取引所は、PoloniexやBittrexがトップに立ったり、デリバティブではbitFlyer FXが大きなシェアを占めたこともありましたが、現在はBinanceがあらゆる面で優位に立っており、この牙城は簡単に崩れそうにはありません。そのようなリスクを織り込んだとしても投資妙味のある銘柄と言えます。
またBNBは長い時間軸で価格が大きく上下してきたので、数週間から数ヶ月のスパンで売り買いする銘柄としても向いていました。筆者はICOや数ドル時代からの保有はできていませんが、$10~$33, $13~$23のようなレンジで時間を分散させながら売り買いしました。現在も価格下落時に取得したBNBを少量所有しています。
*レポート:世界の暗号通貨取引所の10つのトレンドと最新動向 (2020年上半期版)
https://hashhub-research.com/articles/2020-03-23-10trends-exchange
*レポート:取引所Binanceの開発者イニシアチブBinance Xの概要・考察 取引所はサードパーティーの開発者といかに協業できるか
https://hashhub-research.com/articles/2019-12-26-binance-x
*レポート:世界最大の暗号通貨取引所Binanceの世界展開戦略の考察
https://hashhub-research.com/articles/2020-02-21-binance-strategy

投資対象から外しているコイン

通貨系

決済手段としてもSoVとしてもBitcoinとEthereumをアウトパフォームするものの登場を想像できません。個人的に興味を持っているプロジェクトはいくつかありますが、投資対象として厳しいと思われます。Litecoin, Monero, Zcash, DASH, Grin, BEAMなどが該当します。

Ethereum以外のスマートコントラクト系

EOSやTezosはICOで多額の資金を集めており、資本力の強いプロジェクトですから生存力は高いです。また、XTZは去年末から今年の2月にかけて$1以下から継続的に価格を伸ばし$3を超えるまでになりホルダーに大きな利益をもたらしています。
筆者はこれに乗れていませんが、Ethereumが圧倒的な存在感を示す中、注目されるスマートコントラクトプラットフォームがあるとすれば恐らくコンソーシアム型のプライベートチェーンであり、その他のパブリックチェーンではないと判断しています。なぜなら、ホルダーが十分に分散されていないスマートコントラクトプラットフォームで企業のプロジェクトを動かすのは極めてリスキーであり、適切な座組を行えるのであればコンソーシアム型の方に合理性があるためです。
とはいえ、暗号資産市場全体が上昇する過程で比較的時価総額の低いコインがETHをアウトパフォームする可能性は当然あります。しかし、下落リスクを考えると期待値としては投資対象外という判断です。
*レポート:俯瞰して見るEthereumとその他のブロックチェーンの競争 PoSの移行、Ethereum2.0の難しさ
https://hashhub-research.com/articles/2019-10-17-battle-of-smartcontract-platform

DAG系

DAG系はByteBall, Hedera Hashgraph, IOTAなどがありますが、いずれも分散性に大きな課題があり、事実上のコンソーシアム型チェーンであるため、パブリックチェーンとして使用する意味を見出せません。ここを克服するプロジェクトが出てきた時点で再考すれば良いでしょう。
そもそもブロックチェーンがネイティブコインを内蔵しなければならない理由は、パブリックチェーンを継続的に存続させるために、経済的インセンティブを作り出す必要があるためです。複数の企業による独占的な利用を想定しているのであれば、ブロックチェーンを使ったプロジェクトとのシナジー効果があるため、コインなしで参加企業がコストを負担する方が効率的です。

投資対象外だが空売り対象外でもあるコイン

Bitcoinフォーク系

Bitcoin CashやBitcoin SVはBitcoin]フォーク系です。Bitcoinのユーザーベースを受け継いでおり、大口投資家も含まれているため、価格操作による買い圧力が自然発生的な売り圧力を上回る可能性が、他のコインと比べた場合に大きくなりやすく、価格が吹き上がる現象が定期的に見られるため空売りの対象とはしていません。

中華系

単純に中国語での情報収集ができないためです。当然ながら自分があまり理解していない銘柄や情報の入手が圧倒的に不利な銘柄は買うことも売ることもありません。

空売りするときの注意

暗号資産市場には「どう考えても死んでいるようにしか見えない銘柄」がたくさんあり、空売りする環境が整っているものもありますが、これらの銘柄は中~大規模の資本を持つトレーダーの操作対象になっていることがあり、特にポジティブなニュースがなくても価格が吹き上がることがあります。故に想像するよりは簡単な戦略ではありません。
例えば、IOTAは特に進捗が見られず、ネットワークが停止する不具合もあり、パブリックブロックチェーンとしてのメリットを活かした運用はなされていませんが、価格がゼロに近づいていく気配はありません。
アルトコインの空売りは期待値の高い方法だとは思いますが、レバレッジを1.5倍以下に抑えたり、ポートフォリオを分散させたりしてポジションを作るのが賢明です。暗号資産市場全体が上がるときに損失を発生させたくない場合は、BTC建てで空売りするのも手法の一つです。ただし、この場合、アルトコインが20%下落してもBTCも20%下落すれば利益は出ません。
また、FTXにはアルトコインをまとめたインデックスがいくつかありますが、FTXが提供しているLeveraged tokenは通常のマージントレードにおける空売りとは異なる注意点がいくつもあるため、金融商品の内容を理解していない場合は触るべきではありません。Binanceも「ユーザーが理解していない」という理由からFTXのLeveraged tokenの取り扱いを停止しています。

DeFiの利用について

筆者はDeFiを追い続けているものの利用しているサービスはかなり保守的です。具体的には、MakerDAOのDSRデポジットとCompoundレンディング, Uniswap流動性提供です。Ethereum上で取引を行う際は、1inch.exchangeを使うこともあります。
新しいプロダクトを触るために少額で試すことはありますが、大きな金額を使うことはありません。リスクとリターンが割に合わないケースがほとんどです。例えば新興のレンディングプラットフォームで10%高い利回りが示されていても、1000万円をリスクに晒しながら預けたところで100万円の違いにしかなりません。これは割に合いません。

総論

本レポートでは、筆者が個人的に注目している銘柄や投資対象とはしていない銘柄、投資の際の注意点等を共有しました。
個別の銘柄についての筆者の姿勢は基本的に全て記述しましたが、直近のイベントとして予想されるのはやはりCOVID-19に関連する長期的な不況が確定したと市場で認識されたときにBitcoinの価格がどう動くかでしょう。このまま持ちこたえたり、あるいは総供給量が制限されていることがポジティブに捉えられ上昇したりすると新しいアセットとしてのBTCは大きく飛躍することになりますが、現金需要が高まり、不必要なポートフォリオ整理の一環として暗号資産全体が投げ売られる可能性もまだあります。
筆者自身は専用のウォレットに保管している長期保有用のBTCとETHは引き続き放置し、状況に応じて速やかに売却する姿勢を取っています。